5章

僕のアレを吸い尽くす熟練のミセス

「1ヶ月・・・かぁ。」


この世界は現在進行形で絶賛魔王に脅かされ中。というわけでもないので、特に急ぐ話でもないんだけど妙に長い足止めをくらう事になった。


宿の部屋で1人、手の中で結構な勢いで光るボールをコロコロ転がしながら、時間をもてあます。


『ただ魔力を無尽蔵に垂れ流すというのも良くない事だ。いざという時のために制御出来るように訓練するべきだ』


とセタさんに言われて持たされた、例の魔力を検知するボール。僕のために検知の精度を相当に落としてもらった特注品らしいが、それでも結構な勢いで光る。


ちなみに、よしえさんとマキノさんが持ってもほとんど光らなかった。やはり僕のこの状態は異常らしい。


僕自身が意識していない間にでもどんどん勝手に放出される魔力とやらについて、制御がどうこう言われても正直全然意味がわからない。だってそんな練習してないもの。そんな教育受けてないもの。


セタさんの説明から想像するに、おそらく僕自身の体の構造が異世界の人達と違い、その構造の違いの部分で僕の体にはたくさん魔力が溜め込まれる。という事だったので、異世界人・・・というか僕が元いた世界の住人ならたぶん誰でも同じようになるのだろう。


せめてこれで魔法でも使えたなら、異世界魔法無双の始まりだったのに、どうして魔法が使えないのか。ただ、この世界には魔法でなくとも魔力を使って代用できる道具が豊富にありそうなので、道具使いとしてなら無双できるかもしれない。少し異世界ライフに希望が持ててきた。


例えば、僕の体のこの魔力とやらを完全に自由に制御できるとしたら、魔力を使って走る乗り物なんかをかなり自在に操れるのではないか。とんでもないスピードを出す事も。



しかし。それにしても問題はその制御とやらが一向に上手く出来そうにない事。ただ手の中で光るボールを見つめるだけの簡単なお仕事です。



どうしたもんかと1人悩んでいると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


「はいどうぞ~。」


「お!頑張ってるか?調子はどうや?」


よしえさんがやってきた。


「ん~~。良いのか悪いのかもよくわかりませんよ。出力を上げる訓練じゃなくて下げる訓練ですからね。たぶん、普通の人は逆なんじゃないですか?」


「まぁせやろなぁ。考えようによったら贅沢な話ではあるな。ある意味究極の形がそこにはあるわけやしなぁ。」


過ぎたるは及ばざるがごとし。フルアクセルでしか走れないF1では街乗りには使い勝手が悪過ぎる。


「それに、これまでこんな事考えた事も無かったのに、急に言われても全然わかりません。やる気が無いってわけじゃないんですけど途方もなくて。」


僕がそんな風に弱音を吐くと、少し考えてからよしえさんが話し出した。



「そうやなぁ。説明が難しいんやけど、ようはイメージよ。イメージ。」


「イメージ?」


「そう。例えば、そこにある椅子を手で押せば、椅子は動くやろ?」


部屋の椅子を指差しながらよしえさんが言う。


「まぁそうですね。動きますよ。」


「ほな、次は水の中。水の中で手を動かしたら、水は動くわな。塊ではなくてもな。」


「・・・そうですね。抵抗がありますからね。流れも出来るし、動いていると思います。」


「じゃあさらに、今ここ。空中で手を動かしたら、そこにある空気が動くわな。目で見えへんけども。」


「そうですね。服なんかをパタパタやると涼しいですからね。見えないけど動いていると思います。」


「そういう、知ってる、わかってる現象の延長線上にあるわけよ。ただマー君がそれを知らんだけでな。」


よしえさんの言いたい事はなんとなくわかる。かなり哲学に聞こえるけど。


イメージとしては自転車の乗り方とかに近いのかもしれない。最初出来るようになるまでは練習が必要だけど、出来るようになったら逆に出来なかった頃が思い出せなくなるくらい日常に溶け込む。みたいな。


「なんとなく、ボヤっとしたイメージはわかるんですけど、それを体に叩き込むってのが・・・。」


そういう感じのイメージと、それを自分がやるイメージとが結びつかない。


「で、ここに私参上!というわけよ。そんな悩める童貞を救ってあげよう!とやってきたわけやね。」


「ど、童貞は関係ないですよ!・・・あるんですか?」


「ないよ。」


一瞬信じかけた。



「さて。こんな人外の体質持ちのマー君と、私みたいな女神が出会って冒険するのも、1つの運命みたいなもんやと思うわ。」


そう言って、僕と向き合って僕の両手を持つよしえさん。パーマネントミセスなのにちょっとだけドキドキした。


「これまでに何回か、私の魔力が尽きそうな時にマー君に触れると不思議なパワーで回復してたわけやけども、あれもマー君の体質のおかげやったわけや。」


あの白く発光して回復した時の事だろう。


「で、それともう1つ。私みたいな女神の特徴の1つである『周りの環境から魔力を取り込める』という力のおかげでもあるわけや。」


初耳の技能。そんな事出来るのかよしえさん。だから、魔力もマキノさんよりは多かったのだろうか。そもそも、よしえさんは自分の話をしなさすぎる。意外と秘密主義。


「魔力を放出するマー君と、魔力を取り込む私。この出会いは神が定めし運命やねこれは。」


妙に真顔で言うよしえさん。冗談なのかどうなのかよくわからない。



「で、何が言いたいかというと、要は、これから私がマー君の魔力を強めに取り込むねん。そうすると、マー君の体の中に『魔力の流れ』を感じると思うから、その感じを覚えてもらう。というわけや。」


あぁなるほど。これはわかりやすそうだ。そして、僕とよしえさんのコンビでしか出来そうにない学習方法でもある。


「ほないくで?目をつぶって、集中してや。マー君の魔力の量やと結構いっても大丈夫そうやし、わかりやすい方がいいやろからな。ギューンといくで?」


「はい!よろしくお願いします!」


目を閉じてよしえさんの手の感触に集中する。


「ほな・・・。いくよ・・・。」


ふ。っとよしえさんの手が暖かくなったような気がして、しばらくすると今度は逆に僕の手が少し冷たくなったような気がした。


それと同時に、背中から腕、腕から手のひらに向けて血液ではない何かがギューンと吸われるような感覚があった。


「う・・・うおぉあぁ!なんか吸われてますよぉぉぉ!」


ビックリして目を開けると、そこにいたのはよしえさんではなくシャイニングさんだった。僕の魔力を吸い上げたから変身したのだろうか。


「大丈夫です・・・。落ち着いて、その流れがどういうものなのかを感覚で感じるのです。」


僕の体を駆け巡る、これまで知らなかった何かの流れ。心臓の辺りを中心に、つま先から指先までを何かが流れ、それがシャイニングさんの元へと流れていく。


「ふわぁぁあぁ・・・。」


未知の体験過ぎて変な声でた。というか、これ本当に吸いまくって大丈夫なんだろうか。枯れ果てたりしないだろうか。


「・・・どうですか?少しわかりました?」


「はい!何かこう・・・。なんか!なんか出ます!凄い出ます!」


言葉で説明しにくいが、感覚で理解できた。『知ってる現象の延長線上』とは上手く言ったもんだなと思った。


「はい。ではこれでストップにしますよ。」


そう言ってシャイニングさんは僕から魔力を吸うのをやめた。しばらくすると、また黒い光に包まれてよしえさんに戻った。



「・・・ふぅ。どうやった?なんとなくわかった?」


「はい!」


「ほな、今の魔力の流れをゆるやかにするイメージでボールを持ってみよか。」


そう言って僕にボールを渡すよしえさん。


「では・・・。いきます。」


ボールに触れている手のひらに対して、さっき感じた流れをゆるやかに・・・。遅くするイメージで・・・。



そのまま2分ほど集中していると、ふ。っとボールの光が少し弱くなった。その後すぐにまた光ったけど、確かに少しだけ弱くなった。


「お!おおぉぉぉ!見ました?見ました今の!」


「やるやん!出来た出来た!・・・まぁ、最初にもちょっとマー君が言うてたけど、普通は逆なんやけどね。閉じる練習ってのはあまりないと思うわ。」


そう言って嬉しそうに笑うよしえさん。


「ありがとうございます!」


「いえいえ。どういたしまして。お役にたててよかったわ。ほな、こっからは1人でなるべく頑張って。また困ったら遠慮なく相談してくれたらいいけど、あくまで本人の感覚の問題やからな。自分と向き合うのが大事やと思うわ。」


「はい!わかりました!頑張ります!」


「ほな、私はマー君からほとばしる若いアレを大量に吸い尽くして元気になったから、ちょっとマキノちゃんとショピングにでも行ってくるわな~。」


ほとばしる若いアレてなんやねん。



それから1日ボールとにらめっこして、ほとばしる若いアレを少しだけ我慢出来るようになった。いざという時困らないためにも、もっと我慢出来るように練習しないといけない。頑張ろう。

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