vsゴブリン その2
「グッ・・・!」
僕に見つかり、悔しそうな表情で剣を構えこちらに向かうゴブリン。逃げ切れたと思ったのだろう。
それに対し武器を構える僕。見たところゴブリンは相当の重症である。体のあちこちから出血し、そのまま手当てもしなければ何もしなくても死んでしまうだろうと思われた。
こいつなら僕にでも・・・。そう思い、剣の柄を強く握る。
こいつなら・・・。こいつなら・・・。
僕が大きく剣を振るい、奴の頭を真っ二つに割る。そんな事をイメージする。
僕が・・・。奴の頭を、剣で割る・・・。
命のやり取りの、その重さ。
両手の震えが止まらない。殺らなければ、殺られる。そんな事は頭ではわかっている。そして、相手はもはや虫の息。絶対的に僕の有利である。
なのに・・・。この、両手で握る凶器で相手を殺す。その勇気が出てこない。
僕の知るファンタジーは、こういうものではなかった。『こうげき』のコマンドを押せば、ズバっと切ってダメージが表示され、愉快なファンファーレと共にモンスターは死んだ。
そこに罪悪感や恐怖心などあろうはずもない。決められた作業方法に従って流れ作業的にモンスターを倒すのみだ。
もしくは、絶対的な強さの特殊能力を持ち、気合1つで敵が消し去られるような、そんな世界観の夢物語。作り話。
今僕が対峙しているのは、そこにある命。モンスターではあるが、確かに生きているのだ。
怖い。怖い。怖い。恐ろしくてたまらない。殺される事も恐ろしいが、殺す事もまた同じくらいに恐ろしい。
正直、すでに勝負になどならなかった。圧倒的に優位な立場にいるはずの僕が、両手どころか全身を震わせ、涙と鼻水でグシャグシャになった顔で立っているのだから。
想像していた世界と違う。僕の知ってる話と違う。
異世界冒険ファンタジー。チート能力で無双ハーレム。
何をバカな事を。元の世界でもし僕が日本刀を与えられても、おそらくチワワも殺せない。
そんな僕がなぜ、命の保障も無い世界で得体の知れないゴブリンを殺す事が出来るだろうか。
高鳴る胸の鼓動はもはや尋常ではなく、その音は耳から心臓がこぼれ落ちるのではないかと思うほどに大きくなった。
呼吸は荒く、浅く早く。剣は、握っているのではない。落ちないように支えているだけだ。
そしてついに時は来た。
僕が戦えない事に気づいたゴブリンは、その口の端を少し上げて笑うと、三日月の剣を持ち僕の方へと歩み寄る。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。あぁぁぁあぁぁあぁぁぁ!!!」
大きな声で叫び、剣を放り出し、ゴブリンに背を向け走り出した。
「よし・・・・!」
僕の叫びは最後まで声にはならなかった。
お腹の辺りに熱い何かを感じ目線を降ろせば、僕のお腹から三日月の形の剣先が生えていた。
僕のお腹に垂直に突き立てられたその剣は、刺さったままで90度回転し、水平になって無理やり引き抜かれた。
「がはっ・・・・!!」
お腹から。口から。僕の命がこぼれていく。際限なく、溢れていく。
僕の、命が。
「まさよしさん!!」
遠くで、シャイニングさんの声が聞こえる。さっきの叫びを聞いたのだろう。
ごめんね。僕、魔王を討伐できそうにないです。
遠のいていく意識の中で、最後に思ったのは『このまま倒れたらお腹にバイキン入るかな』だった。
死の間際まで、平和ボケだ。
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