そして未来へ
涙が溢れた。
目の前が滲んで、手紙が見えない。
キミがいなきゃ、雨の日を楽しむことなんて出来ない。
それなのにキミは、そんなことを言うの?
私が絶望に暮れていると、ふと彼の傘が目に入った。
薄い緑色の地に黄色のドット柄の入った、なんとも形容しがたい独特な傘だ。
でも、彼の存在はここにしかない。
私は彼の生きていた証であるこの傘をそっと抱きしめ、涙をひとつこぼした。
◆◆◆
現在、私はとある会社に勤めている。
そしてめでたく、入社2年目を迎えた。ということはつまり、私も遂にセンパイになるんだ…!という喜びと楽しみ、そして緊張が私の脳内を占めていた。
しかしそんな私の心持ちと相反するように、入社式は生憎の雨。
私にとっては恵みの雨、ピカピカ晴れているよりも楽しく――そして寂しい雨の日だが、しかしそれはあくまで私の感覚がズレているだけで、世間一般的には雨とは忌み嫌われるものだ。
きっと新入社員たちは憂鬱に思いながら通勤したんだろうなぁ、と思いながら入社式の始まりを待った。
「……えー、今回は3人がこの会社の仲間になる。先輩として皆、丁重に扱うんだぞ。いじめたらダメだぞ!」
上司の大して面白くない話で入社式が始まった。
「じゃあ……奥井君から!自分の名前と自己アピール、それから……好きな物とか、なにか一言!」
そんな上司の無茶振りにちょっぴり驚いた新入社員たち。
しかし、ひとりひとり戸惑いを見せつつも一生懸命自己紹介をしていき――私にもあんなキラキラした時期はあったのかなぁとぼんやり考えていると、ふと聞き覚えのある声が聞こえた。
いや、そんなはずない、彼は――、頭の中では否定しつつ、しかしそれが本当であって欲しいという相反するふたつの思いがゆるぎ合い、せめぎ合った。
それがもし私の追い求めてきたものならば、そこには彼がいるはずだ。がしかし、もしそれが私の追い求めていただけの虚像で、偶像で、そこには見ず知らずの人が立っていたら?これが私の勘違いだったら?――もしそうだったら、私はもう二度と立ち上がれないだろう。
未来に向かって歩み出せたのに、立ち上がれたのに、もう頑張れなくなる。
いつぞやのように、天秤にかける。
目を閉じて、耳を塞いで、今この瞬間を切り離してしまうのか、それとも――このまま顔を上げて、耳を澄まして、彼の存在を確かめるのか。
ゆら、ゆら、ゆらら……と揺れる天秤は、しかしいつぞやほどの時間はかからなかった。
見よう、仮にそこに違う人が立っていたら……その時考えよう、今は確かめたい、僅かな可能性だとしても。
私は決心し、しかし恐る恐る顔を上げてその声の主を見――私は、言葉を失った。
彼特有の儚い笑顔を携えて、しかし凛と、ハッキリと、自身の存在を強く主張しながら彼はそこに立っていた。
あぁ、何故彼がこんなところに……あの時、さようならと、確かにそういったではないか。
彼の胸ぐらを掴んで問い詰めてやりたい気分だ。
でも……彼が、生きていた。
もう一度、私の元に戻ってきてくれた。
そう思うのは
私は彼の顔を凝視した――いつぞやのように。
彼は、少し深呼吸をしてから、言った。儚げに笑って。
「
雨の日に起きたひとつの奇跡、それは二度目の雨の日の奇跡。
雨の日の奇跡が、もう一度起きた。
――――雨の日の奇跡を、もう一度。
雨の日の奇跡を、もう一度。 夕闇蒼馬 @Yuyami-souma
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