メルスの訓練3
「なんだ、同郷の者でしたか?」
思わぬ言葉を投げかけられたため、顔をあげて兵士の表情を見る。 ニコリと柔和な表情を浮かべた彼は、頷き肯定の意を示した。
「はい、1000年前の大戦時に参謀をしておりましたゴウガンと申します」
「ああ、なるほど。最近、別魔界から来たのですか?」
「いえ、私は200年前にこちらに来ましたので、最近というほどではありませんね」
なんともまあ、遠い所からご苦労な事だ。 別魔界とは文字通り次元を挟んだ別世界、移動するだけでも大量の魔力を消費する。 一般的な魔族では移動中に体が耐え切れずそのまま死んでしまうので、特別な理由が無いと、行こうとも思わない。
私が、別魔界に来る過程を思い出しつつ、あの時は苦労したと感慨深い気分に浸っていると、ゴウガンが再び声を掛けてきた。
「メルス様は、今はこの世界の魔王様に仕えていらっしゃったのですよね。失礼ですが、野心は、もう失われたのでしょうか?」
「どういう意味ですか?」
「いえ、我々を導いてくれたメルス様は、立派な魔王でした。別世界で余生を暮らすと、おっしゃった時には、てっきり侵略するための布陣と思っていたのですが……まさか本気で今の主君に仕えていたのではありますまい?」
ゴウガンと名乗る男に言われて僅かに考え込む。 確かにこの世界に来て初めの頃は野心を持っていた。 だが、それも1000年前の話である。 今はそんな気持ちは欠片も残っていない。
「どうでしたかね、ですが今はもう野心は無いですね。こちらの世界の魔王様は傍若無人で我儘ですが、立派な魔族です。類まれなる才能で、こちらの世界をまとめ上げられた。私は、彼に仕えられるだけで満足しています」
「そうですか。残念です。もしかしたら我々の手助けをしてくれると、少しながら期待はしたのですがね」
手助けと聞いてピンときた。 そういえばコイツ等はそういう種族だった。 そうなると、あの仕組みを作ったのも目の前のコイツと見て間違いないだろう。
「私はオルガ様の側近ですから、手伝いうことは出来ないですが、あの仕組みを作ったアナタ達は大したものだ。食事の為に戦争をするとは、周辺国の王族は、全て魔族にすり替わってるのでしょう?」
「お気づきでしたか。ええ、人間の肉を定期的に手に入れる環境を整えるのには苦労しましたよ。まあ、そのおかげで私達は餓える事はありません。愚かな人間様様ですな」
目の前の男はハハハと機嫌よさそうに笑う。 私も、状況が彼ら寄りなら一緒に笑っていただろうが、今はオルガ様の側近という立場であり賛同することは難しい。 だが同郷のよしみとして警告はしておいてやる。
「今回の事に、私は、とやかく言うつもりは無いですが。ここが別世界、オルガ様の領土という事を考えれば。アナタ達を滅ぼしに来るかもしれないですね。気を付けて下さい」
「メルス様は、こちらの世界の魔王に、告げ口などはなさらないでしょう」
私という存在を詳しく知っているのだろう。 そのような卑怯な手段はとらないとゴウガンは断言してきた。
「当然そんな事はしないですが。オルガ様は優秀です。告げ口しなくても自力で気が付かれるでしょう。そして、命令があるまで私は動かないですが、命令があれば、動きます。その時はアナタ達も覚悟をしておいて下さい」
「随分とこちらの魔王を高く評価しているのですね」
「私を倒した男ですからね」
「ふふふ、なるほど。分かりました。ですが私も引けない理由があります。もしも、こちらに攻めてこられた時には全力で殺しにかかりますので覚悟してください」
「楽しみにしていますよ。私とオルガ様を殺せるなら大したものです。その時にはその瞬間から魔王を名乗っても実力的には問題ないでしょうね」
「私達にとってはそんな役職必要ありませんよ。それでは私はこれで、久しぶりにお会いできてうれしかったですよ」
「私も同郷の者と話ができてよかったです。次は殺し合いましょう」
「ええ、その時が来るのを楽しみにしていますよ」
そう言って、彼は戦場へと戻っていった。
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