変わらぬ世界2

 外へ出てオルガさんは半径1メートルほどの円を地面に描くと、その円の中心で偉そうに腕を組む。


「さて、この円の外へ俺を出せば合格としよう。もちろん武器も魔法も使っていい、どうせお前じゃ俺に傷1つ付ける事は出来ないだろうからな」


 その自信過剰な言葉に少しだけ苛立ちを覚える。 いくら初めのころ不覚をとったとはいえ流石に舐めすぎだ。


「その条件では流石に簡単すぎないですか? 正直、私をバカにしているとしか思えないんですけど」


「有利と考えているなら、それでいいじゃねぇか。言葉ではなく行動で俺を納得させてみろ、ガキ」


 その言葉を開始の合図ととらえて、瞬間的に魔力で体を強化して一瞬にして距離を詰め、一応の加減をして殴りつける。


 加減はしたと言ってもスケルトン程度ならば、瞬時に骨が砕け散るほどの攻撃である。 拳を振りぬいた瞬間オルガさんに対して、やりすぎたと自身で少しだけ後悔する。


「ガキの癖に加減をしたな?」


 強化したハズの拳を、いとも簡単に防がれるとギロリと睨みつけられた瞬間、頬に衝撃が走る。 ミシィィ、という私の頬の骨が砕ける音と共に視界が何回も反転して地面に叩きつけられる。


「俺に加減をするとは、良い度胸だガキ、ちょっと強くなったくらいで浮かれるなよ。次に手を抜いたら殺すぞ」


 ドクドクと鼻から、口から、とめどなく血が流れる。 攻撃のモーションすら見えなかった。 おかしい、私は強くなったはずだ。 それこそ数年間も、睡眠もとらずに死に物狂いで、あの空間を生き抜いた。 なのにオルガさんの攻撃すら認識できないのは何故だ? そんなの認められる訳が無い。 私の努力が無駄だと、あざ笑われているようで頭に血が上る。


「こんなの認められるか」


 心の底からドス黒い感情が溢れる中、体に治癒をかける。 出血は止まったが、あの攻撃を軽く流されたことによる精神的ダメージは大きい。


「三重スペル、強化、強化ッ、強化ッッ!!」


 身体を強化魔術の重ね掛けをする。 瞬間、体中から力が溢れ、強さの次元を1つ超えたような感覚を覚える。 それもそうだろう、通常強化の重ね掛けは2つが限界と言われている。 だが私はあの空間で3重に身体を強化することに成功した。 身体能力は言うまでもなく爆発的に上がり。 軽く腕を振るうだけでも衝撃波で敵が吹き飛ぶほどである。


「付属魔法、爆炎!!」


 今回は更に武器に、属性魔法を付属する。 これは攻撃を防がれたとしても、刃物に触れただけでも炎が対象を焼き尽くす魔法で、本来は盾や鎧を着た者へダメージ貫通を目的とした技である。 威力が強すぎるために、生身の人間に使うような魔法ではなく、使ったら皮膚がただれ消し炭になるほどの危険な攻撃である。


「とっておきだぁぁあああ!!」


 暴力的とも言っていいほどの攻撃をオルガさんに仕掛ける。 周囲の音を置き去りにするほどの速度で、短剣を背後からオルガさんに突き立てる。


「少しだけだがマシになったな」


 絶対的な自信があった私の攻撃が、オルガさんの親指と人差し指でつまむように防がれる。


「……えっ?」


 世界が止まったような気がした。 私の強化した攻撃がこのような形で防がれるとは考えてもみなかった。 そもそも付属魔法は? 何故発動していない。


「今のが奥の手か、期待外れだな。 弱すぎる」


 足払いされて、地面に再び倒れ込むと、そのまま頭を踏みつけられた。 訳が分からない、ただ円の外へと押し出すだけなのに何故? 強さの桁が違いすぎる。


「ガキ。お前に指輪を貸していたよな、アレの効果を覚えているか?」 


 足で踏みつけたままオルガさんは言葉を投げかけてくる。 指輪の効果? 何でそんな事を今聞くのだろうか?


「睡眠をとる必要が無い、気絶ができない効果を持つ指輪と聞いていますが」


「そうだ、そしてもう1つ初めに言っていなかったが効果があるんだ。なんだと思う?」


「肉体の弱体化ですか?」


「それはお前の願望だろ? 努力しても俺に対して何もできなかったからか? 見苦しいぞ。最初に言っただろ? アレは普段は拷問用の指輪だと」


 確かに言っていた気がする。 だがそれが何だというのだろうか?


「質問を変えよう、拷問する側にとって退屈な事は何だと思う」


「……分からないです」


「それはな、反応が返ってこなくなる事だ。 懺悔する声や苦痛に歪む表情が無くなることはつまらないからな。 さて、それで話に戻るんだが、この指輪のもう1つの効果は装着した時の記憶のロードだ。 指輪を付けてから後の記憶をすべて無くせば、初々しい反応で拷問出来るからな」


 拷問のレクチャーをされたところで私にはピンとこない。 それと現状と一体何の関係があるのだろうか?


「今回の指輪は少し特別製でな、通常なら魔力を流して記憶を消すんだが、装備した者を異空間に送った瞬間に効果は発動する」


 異空間に送った瞬間? まさか!?


「気が付いたかガキ? たかだか1回あの空間を体験したところでお前みたいな雑魚は強くなれないからな、これから繰り返し繰り返しあの空間を体験してもらう」


「や、やめて下さい!! やっと。やっと出られたんです!! 何でもしますッ!! もう一人ぼっちは嫌だぁッッ!!」


 あの孤独を思い出す。 精神がかき乱され狂いそうになった日々を。 餓え死にしないために必死に魔力をエネルギーに変えた日々を。 四六時中魔物と戦い死にかけた日々を。


「良い声で鳴くなよ。心地よすぎて躊躇ってしまうだろ。 数十回経験同じように組み伏せて。そのたび同じ声で鳴いてくれるから本当にカワイイ奴だなお前は」


「数十回…?」


 あの空間を脱出する前の出口での光を思い出す。 あの時アレが出口と疑わなくまるで知っていたような気がしたのは、アレが初めてではなかったからだったのか。


「うぁぁあああああああああああああああぁぁあぁッッ!!!!!」


 必死に体をよじり、体を強化して起き上がろうとするが、オルガさんの私を踏みつけた足はビクともしない。


「それじゃあ、サヨナラだ。また次も弱いままでいてくれて、俺に心地いい鳴き声をプレゼントしてくれることを期待しているぜ」


 そして少女は、再びその場からいなくなる。 数年の孤独に耐え無自覚のまま繰り返す、弱い自分を強くするために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る