変わらぬ世界

「おう、無事だったのかガキ」


 第一声を投げかけてきたオルガさんは、ボロボロの椅子に、偉そうに座りながら酒を飲んでいた。 久しぶりに見た光景は、何一つ変化していない。 というより変化していなさすぎる。 ボロボロの机も、壁も、何もかもが異空間へ行く前の状態だ。 私はあの世界で数年はいたはずである。 なぜこうも変化が無いのだろうか?


「どうした? そんな驚いた顔をして? 何か不思議な事でもあったか?」


「わッ私は……あの世界に数年は…だけど、周りは何も変わってない……何故でしょうかッ?」


 自分のうわずった声に驚く。 どうやら私は、久しぶりに会話することが相当肉体的な負担になっているらしい。 独り言は平気だったのに、どういうことなのだろうか自分でもさっぱり分からない。


 そんな私の気持ちを知ってか、知らずか、オルガさんは普通に言葉を返す。


「時間の流れが、あっちの世界は違うからに決まってんだろ? 俺からしてみたら、お前がいなくなって、3時間ほどしかたってねぇよ」


 3時間? 私の、数年の苦労がたった3時間?


「そッ…そんなにも違うのですか?」


「それより、お前、少し精神的に不安定だな」


 私が変な話し方をしていることに気が付いたのだろう。 オルガさんは、懐から茶色い小瓶を取り出すとこちらに向けて投げてよこした。


「飲め、精神異常を改善する秘薬だ」


「あぁありがとうございます」


 お礼を言って茶色い液体を一気に流し込む。 味は、吐き出しそうなほど不味かったが、一秒ごとに落ち着きを取り戻す感覚が実感できるほどに薬の効果は劇的だった。 そして、完全に平常を取り戻して気が付く。


 ――私、ほぼ裸じゃないか。


 数年間は、あちらの世界で魔物相手に戦い続けていたのだから服が破れているのは当然なのだが、裸を男の人に見られていたと思うと先ほどとは別の意味で挙動不審になる。 しかしながらオルガさんはそんな事は気にしないらしく、酒を飲むばかりで必要最低限私の方を見ようとしない。


「さて、冷静さを取り戻して自分がどんな格好をしているか気づいただろう、メルスに服を用意させてある。隣の部屋で魔法で体を浄化して、着替えてこい」


 死線を向けずに、オルガさんが投げかけてきた、その言葉を聞いて私は、より顔を赤らめると、急いで部屋から飛び出す。


「少しは落ち着いたか?」


 着替えて戻ってきてみても、オルガさんは何ら変わらない態度で酒をあおっていた。 ここまで相手にされないと女として悔しささえ覚えるが、よそよそしい態度をとられても私としては対処に困るので、もう何も考えないようにする。 私がしばらく無言でいるとオルガさんは落ち着きを取り戻したと判断したらしく酒の入ったグラスをテーブルに置くとゆっくりと立ち上がる。


「それじゃあ、落ち着いたところで表ヘ出ろ。 どの程度戦えるようになったのか、俺が直々に見てやる」


 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべるオルガさんは、何故か少しだけ楽しそうだった。

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