訓練5

「これで、やっとコイツを倒せる」


 魔神の攻撃をかわしつつ、メルスはボソリと呟いた。 今回メルスが訓練が始まって早々、魔神を倒さなかったのには理由がある。


 まあ単に、オルガ様から単独で魔神を倒すことは禁止されていたからなんだけど。


 何故、そのような一見無意味な事をさせたのかは、何となく察しが付く。 私が単独で倒してしまえば、その日のうちに訓練を終えてしまうが、それでは恐らく不都合が生じるのだろう。

 その不都合とは何か、簡単である。 恐らくオルガ様はこの訓練で私を中心とした仲間意識を人間どもに植え付けたかったのだと思われる。


 その仲間意識とは果たして訓練で必要なのかと私も最初は疑問に思ったが。 人間のあまりにも非力な能力、脆弱な精神力を、ここ2週間嫌というほど見てきたため、オルガ様のこの判断は正しかっただろうと断言できる。


 仲間意識とはすなわち一種の規律である。 中心になった物を取り巻く環境は会社にも酷似している。 つまるところ私がこの中心に立つことで、人間どもの不満を軽減させ、私の言う事なら従うような従順性をこの訓練で得たかったのだろう。


 もちろん、2週間程度で、しかも、ほぼ単独行動をとっていた私に簡単に人間に仲間意識を抱かせる事は通常ならば有り得ないだろう。 では、どのように取り入り中心となるのか。 簡単である。 疲労と、混乱した状況を利用するのだ。


 オルガ様が召喚された魔神は、私でも油断したら死んでしまう代物である。 そのような化物が相手なのだ、愚かな人間どもでも多少の危険性は細胞レベルで理解できるだろう。 当然、訓練開始時は戦おうとはせずに、逃げ回るだろう。 だが、日が過ぎていくうちに精神が磨り減り、一種の混乱状態に陥る。 そして冷静な判断ができなくなった愚かな人間は、本当に愚かな事に、あの化物に挑もうとするだろう、その時を狙う。


 本音を言えば、本当に挑んでくれて精神、肉体的にボロボロの状態のときに、助けてやることがベストなのだが、一撃でも喰らったら死んでしまうためこればかりは仕方が無いとあきらめる。


 代わりに、適度に体を傷つけ、苦戦している風を装い、私に補助魔法をかけさせることで更なる仲間意識を芽生えさせる。


「コレで私が倒せば、少なくとも仲間意識は自然と芽生える事だろう。全く、オルガ様も面倒くさいことをさせてくれる。さてそろそろ、とどめと行こうか」


 魔神の超暴力的ともいえる攻撃を避けつつ、魔力を一気に右手に集める。


「魔神の分際で私に傷を付けたことを誇りに思い、死ね」


 右手で軽く触れ一気に集めた魔力を開放する。


「ヴァアアアアアアアアッッ!!」


 魔神の体に落雷が、氷塊が、炎が、その他説明しがたい様々な現象が次々と魔神を襲い、魔神の強固な皮膚を削り取る。 奇声を発した魔神は次々に起こる現象によって面積が小さくなり、やがて完全に無くなった。


「しゅーりょー」


 魔神が消えた瞬間、どことなくやる気が感じられない、オルガ様の言葉が、静まり返った広場に響き渡った。

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