外出

 魔界の様に常に空に雲がかかっている事もなく、久々の魔王オルガの外出は晴天に見舞われた。しかし天候とは対照的に、不眠不休で1週間働き詰めだったメルスの表情は暗い。フラフラになりながらオルガの後をついて歩く。


「久しぶりに人間界に来たが、絶好の虐殺日和だな。メルス、紛争地帯は何処だ、我々も第三勢力として加入しようじゃないか」


「何言ってるんですか、ダメに決まってるでしょう」


 疲れていて、精神的に参っているという条件も重なったため、この時のメルスは言葉を飾らずにオルガの言葉を真っ向から否定した。


「何故だ。戦争に混ざって暴れられるんじゃなかったのか?」


 オルガはメルスに対して鋭い視線と共に殺気を飛ばす。その視線は、何故1週間の間に戦争に混ざる工作をしなかったのかとメルスに問いかけていた。 返答次第では、オルガが独断で行動して人間界を滅茶苦茶にしてしまうであろう事が容易に想像できたため、慌ててメルスは言葉を返す。


「初めは、私も人間どもの戦争に混ざっていただこうと、思っていたのですが、流石に1週間では、色々と準備不足で不可能だと判断しました。ですが、ご安心ください。きちんと、別の相手をご用意いたしました」


「別の相手?」


オルガの殺気が、小さくなった事に安堵して、メルスは言葉を続けた。


「ええ、オルガ様は勇者と呼ばれる存在を知っていますか」


「知ってはいるが、あまり詳しくは知らないな。多少強いだけの人間という認識しかないが、それで合っているか?」


「ええ、その認識で間違いないです。今から行く場所は、その勇者の末裔達(まつえいたち)の住んでいる村です」


 ここまで言えば、オルガも大体の察しがついたのだろう。 言葉を言い終えると、オルガの纏っていた殺気が完全に消えた。そう、今回オルガの為に用意した生贄は勇者である。

 メルスは、人類との戦争時、あくまで参謀だったため言伝でしか勇者の存在を知らない。 だが、聞くところによれば、バイコーンより早く駆け、オーガの様な腕力を持ち、魔術は魔術師が束になっても敵わないと言われていた。

 まあ、本当に噂通りだとしたら、多少は満足出来るだろうと踏んで、今回このような辺境の地へと、わざわざオルガを連れ出したわけである。


「達、という事は勇者の血を引く者は複数いるのか?確かに楽しそうではあるが、本気でやった場合は村が巻き添えを喰らって消失してしまうかもしれない。構わないか?」


「ええ、構いませんよ。村は、周囲3国に囲まれているにもかかわらず、完全に独立しているらしいので、村を破壊しつくしても問題ありません」


「そうかそうか、それなら良かった。じゃあ村へ向かうとするか」


「ちょっと待ってくださいオルガ様」


先ほどまでとは違い、上機嫌で歩き出したオルガを止める。


「どうした?何か問題でもあったのか」


「オルガ様、流石に魔族の恰好のままでは色々と問題があります。人間として接触した方が何かと都合がいいので、一応、擬人化してください」


「分かっている。俺だってソレぐらいの分別はあるからな」


 オルガが擬人化をする様子を見ながら、絶対に分かってなかっただろうなと思いつつも、指摘すれば面倒になるのは目に見えているので、メルスは、言葉には出さずに自身も擬人化する。 そして擬人化し終えたメルスはオルガから視線が向けられている事に気が付いた。


「オルガ様、どうかしましたか?」


「普通に尻尾と羽が無いお前を見て、新鮮だなと思ってな」


「それを言うなら、私だって角の生えていないオルガ様を見るのは初めてなので新鮮ですよ」


 というか、擬人化したオルガ様は、格好良さはそのままに、威圧感だけが薄れているので、少しだけとっつきやすそうになっている。 できれば職務中は日ごろから擬人化していてほしい、仕事がやりやすくなりそうだ。


「何だろうな、お前のその表情を見ているとメチャメチャ拷問したくなるんだけど、人間に見えるからなのか?メルス、ちょっとだけやっていいか?」


 そう言って、オルガは腰に差していた剣を抜く。 ダメだ!!中身はやっぱりいつものオルガ様だ。油断ならない。


「絶対やめて下さい。職務に支障が出てしまいます」


 メルスのマジなトーンの声に、少しだけ残念そうな顔をしてオルガは剣をしまった。


「少しだけ残念だが、行くとしようか」


 メルスは今まで500年間もよくこんな上司と仕事をしていて命を落とさなかったなと、不思議に思いながらオルガの後をついて歩き出した。

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