隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている!

けんざぶろう

プロローグ

 魔王城、そこは、かつて人類との戦争において魔族最後の拠点とされていたが、結局この地に人間が踏み入る事は無かった未開の地。

 そんな悪の拠点とも呼べる場所に一人の男が書類に目を通しながら雑務をこなし溜息を吐く。


「つまんねぇな」


 頭から生えた角をいじりつつ、ボソッと呟いた、この男の名前はオルガ。

 彼はこの魔界の一番の権力者であり、不可能と言われていた魔族と人類との同盟に貢献し、平和へと導いた功績者。そして現在この魔界における魔王である。


「オルガ様が魔界を統治されてからは、魔界も平和になったんですから良い事じゃないですか」


 無駄に広い室内に凛とした声が響く。オルガは、声のする方に目を向けるとスーツを着込んだ眼鏡美人が少しだけ不機嫌そうにしているのが目に入った。


 彼女はオルガの側近で、名前はメルス。500年の間オルガを支え続けてきたのだが、彼のワガママのため苦労することも多く、いつも尻拭いをさせられていた。

 彼女が不機嫌そうに表情を歪めていたのは、500年という付き合いの中でオルガが独り言を言うと碌な事にならない事を知っているからである。そして案の定この予感は的中する。


「戦争してればよかった。平和になった世界がこんなにも退屈とは思わなかったぜ」


「何を言ってるんですか、魔族と人類との間に同盟を結ぶために率先して行動していたのはオルガ様じゃないですか。オルガ様も平和を望んでいたのでしょう」


「平和なんて望んでねぇよ。先代の魔王の遺言だったから一応同盟を持ち掛けたけどさ、まさかトントン拍子に話が進んで本当に人類と同盟を結ぶことになるとは思っていなかったぞ?そして、ここまで毎日が退屈になるとは、もっと思ってなかったし。本当に後悔しかねぇーよ……なあ、メルス、なんとかならねぇ?」


「知りませんよ、それより、こちらの書類にサインお願いします」


 心底どうでも良いといった表情で、メルスは追加の書類をオルガの座る無駄に大きいテーブルへと置いた。


「そこを何とかするのが、側近たるお前の役目だろ」


「相変わらず無茶をおっしゃる」


 オルガは書類にサインをして、メルスに付き返しつつ会話を継続させる。


「つーか人間たち何してんの?いろいろと魔族に恨みあるだろ。攻めてくればいいのに」


「今は、人間たちは魔族との戦争よりも、人間同士の戦争に明け暮れていますからね。当分は、魔族なんてどうでも良いんじゃありませんかね?」


「はぁッ!?人間同士の抗争?何であいつら、味方同士で殺しあってるわけ、意味わかんねぇんだけど?」


 何気なくメルスの発した言葉を聞いて、オルガは目を見開くと大声で叫ぶ。


「魔族と違い、人間は色々な感情で動きますからね。私にも彼らが何故争っているのか見当もつきません。本当に劣等種と言いますか、くだらないですよね。せっかく手に入れた平和だというのに何故争うのか」


「まったく、人間どもは我々と同盟を結んだ後も楽しく戦争してたとはな。俺を混ぜないで戦争とは、本当に許せん、よし、ちょっと奴ら皆殺しにしてくるから、留守を頼む」


 勢いよく席を立つオルガを、メルスは慌てて引き留める。


「ち…ちょっと待ってください!!我々と人類は同盟を結んでいるんですよ?そんな事したら即戦争になっちゃいますよ!!」


 慌てたメルスを一瞥すると、オルガは顎に手を当ててボソッと呟いた。


「即戦争か…………それ、いいな」


「よくないです!!」


 突拍子もないオルガの発想に、メルスはツッコミを入れる。

 これが冗談ならば、まだいいのだが、オルガの場合は、いたってマジである。そしてそれが、500年という年月を共にしてきたメルスには、彼が本気で人類を滅ぼそうと考えたことが誰よりも早く理解できたため、全力でオルガを引き留める。

しかし、当のオルガはメルスの言葉を無視して旅支度を始めた。


「――聞いてますか。オルガ様!!駄目です!!絶対に行かないでください。今まで培ってきた信頼関係が無かったことになってしまいます」


「良いじゃん別に。人間なんて滅ぼしちゃおうぜ」


 コレを本気で言っているからタチが悪いと、メルスは胃にどこか痛みを感じながら思いつつ、オルガを止めるに足る言葉を頭をフル回転させ必死に考える。


「人類が滅んでしまったらもう喧嘩する相手がいなくなってしまうんですよ?」


 メルスの発したその言葉で、オルガはピタリと動きを止めた。


「確かにそれは困るな」


「でしょう。だから考え直してくださいオルガ様」


「よし、半分だけ殺そう。それなら問題ないだろ」


「駄目ですって、本当に勘弁してください!!」


 再起動したオルガを、メルスは、もはや言葉ではなく、腰にしがみついて止める。


「何だよ、全殺しはしないって言ってるじゃん。何が不満なんだよ」


「不満とか、そう言う事ではなくてですね」


 メルスは、言葉で説得することは無理だと判断して譲歩する形で提案を上げる。


「オルガ様の気持ちは分かりました。ですが、今すぐに人間界へ行かれては魔界側としても色々と雑務が進みません。オルガ様が暴れられるだけの環境を私が整えますのでしばらくお待ちください」


「どれぐらいだ?」


「2年で何とか致します」


「長い、1週間で何とかしろ。それ以上は待てん」


「えッ!?1週間ですか!?」


 メルスは、国同士の争いに、人間に化けて加入することを考えていたが、それにしても根回しは必要である。人間の国の調査と地盤固めに半年。根回しに1年、保険の予備日として半年と考えて2年と答えたのだ。

 それを1週間でこなせとは頭がおかしいとしか言えない。だがここで無理と言えば今まで築いてきた人類との平和が破綻してしまう。そのため彼女が答える答えは、YESしか用意されていなかった。


「わ……分かりました1週間、1週間で何とかします!!」


 メルスの答えに、魔王オルガは満足そうな表情をしていたが、逆にメルスは絶望的な表情で、胃が痛むのを抑えながら、その日から1週間、馬車馬のごとく走り回った。

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