第91話 お忍びの旅

「エイラ・・・そう名乗ってくれ。イデア──俺の妻に仕えてくれて・・・本当に有り難う」


「・・・!エイラ・・・それが・・・私の名・・・ですね。有り難うございます」


エイラが嬉しそうに言う。


<ニンゲンと影人が、戦いを放棄しました。影人は、ニンゲンの陣営に入りました>


システムメッセージが流れる。


エイラは、1礼すると、風の様に去る。

仲間への報告だろうか。


俺は、丘に吹く風を感じつつ。


カゲ、でも、イデア、でもなく、現実リアルの名前があったんじゃね?とか。

そもそも、転生後に名前あったんじゃね?とか。

今更の様に考えていた。


--


「御主人様」


夜。

寝室。


今は、現実リアル

供子そなたと2人。

現実リアルでこの呼称をするのは、珍しい。


「どうした?」


供子は、まっすぐに俺を見ると、


「『カゲ』──いえ、エイラの事、有難う御座いました」


「実際、影人が味方になるのは助かるし──妻の大事な友人だしな」


供子は、俺の胸に頭を預け、


「20年前も、それからずっと、御主人様と一緒にいれて、本当に救われています。貴方は、私の存在意義・・・望外の望み、こうして妻となる事もできました」


「俺も──イデアには、ずっと助けられていた。かけがえないの無い存在だ」


今思えば、ずっと、淡い恋愛感情があったと思う。

イデアとして接していた頃も。

その後、カゲとして接していた頃も。

そして、供子として、10年、ずっと接していた間も。

それに気づかなかったのは・・・俺の未熟さ故。


イデアは、カゲは、供子は、ずっと俺に好意を抱いてくれていたらしい。

俺にそれを巧妙に隠していたのは・・・恐らく・・・


六王達を出し抜き、俺の側に残ったという罪悪感。


他の六王と違い、俺に恋愛感情があったとはいえ・・・

人類の勝利の為に散った六王とは異なる行為。


だから・・・引け目が、あったのだろう。


「ご主人様・・・一生、お仕えします」


「よろしくな・・・イデア」


じっとりと温かい、供子の背中に、腕を回した。


--


共通領域。

来るのは初めてだ。


1人でお忍びの旅。

仲間にばれると、止められるから。



実際には、影人やイデアが、気配を潜めている。


此処に来たのは、見物──ではない。

・・・いや、見物目的もあるんだけど。


知人に会う・・・それが目的だ。


ぬるり


深い瘴気。

気配察知を狂わせる霧。

濃い、濃密な魔力。


意図して出した物では無いのだろう。

滲み出ているのだ。

その存在が放つ・・・圧倒的な・・・存在感。


「久しぶりだね、シルビア」


懐かしいその声は・・・賢王アークセージ、フィロ。

11年前に死んだ・・・親友。


「驚いているね。これでも賢王アークセージと呼ばれた存在・・・君の動向の把握くらいできる、よ」


流れるような、美しい声。


フィロが俺の動きを探っている・・・その情報を得て。

影人を使い、巧妙に情報を流したのだ。

俺がお忍びで共通領域を散策する、と。


「驚いたよ。本当に・・・フィロなんだな」


くすり


俺の言葉に、フィロが微笑みを浮かべる。


「提案が有る、シルビア」


フィロが、そう切り出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る