第90話 虚ろなる存在

「断られました」


「じゃあ帰れよ」


俺の所に来るのはおかしい。


「イデア様は言いました・・・イデア様は、シルビア様に仕えている・・・と。シルビア様・・・どうか・・・どうか私に・・・私達に、お慈悲を・・・!」


「じゃあ、俺も断る」


自殺されても寝覚めが悪いが。

イデアが断ったのなら、俺が断っても構わない筈だ。


「シルビア様は、拒否権が有りません」


「何で?!」


おかしい。


「・・・我々の世界──」


影人の世界の常識・・・?


「いえ、私の・・・いた世界、では・・・」


影人の世界?

それとも、生前の世界?

生前も影人なのだろうか?


「保証人制度という物がありまして」


?!


「主契約者は逃げても、保証人は拒否できない・・・そういう制度です」


うちの世界にもあったよ!

10年前の法整理で、速攻で消えたけど!


「即ち、シルビア様は、我々の主人となる必要が有ります・・・Q.E.D.」


「いや・・・あのな・・・」


どうしたものか・・・


「何でも致します・・・必要とあらば、この身体を差し出します・・・」


「いや、それは別に・・・」


カゲやトキ、ロリア・・・俺には勿体ない女性達。


「・・・そうですよね・・・イデア様、トキ様、ロリア様・・・皆さん、魅力的ですものね」


「何処まで俺の事を調べてるの?!」


可能なのか?!

まるで誰かが情報を流したみたいに・・・


・・・


・・・あ。


カゲ・・・


そういえば、此処に来る様に勧めたのも・・・カゲ・・・?


いや、カゲが俺を売る訳が無い。

・・・まあ、影人を味方につければ、有利になるのは確かなんだが。

だからといって、此処まで情報を流すとは。


・・・まさか。


「なあ、あんたの名前は?」


「私には・・・名前が有りません。私の名前は・・・魂は、イデア様に差し上げました」


・・・


2代目、イデア。

イデアにカゲの名を渡し、イデアを名乗り、イデアのギルドのギルドマスターであった・・・


生前、組織の代表だった。

生前、保証人制度等という、謎めいた制度があった。

カゲがあっさり情報を提供する相手。

俺に仕える事に躊躇いが無い者。


・・・


「あんた・・・LJOで死んだ、『イデア』か?」


「ご明察の通りです──ですが、その名前を背負うのは、もうお許し下さい」


そうか・・・


影人・・・


確かに、味方に引き入れれば、心強い。


勝負を仕掛け、勝利し、服従を要求すれば・・・

相手の種族は、自種族に隷属する関係となる。

この場合、相手種族の領域でも、力の低下が起きなくなる。

ただし、相手種族は自種族の命令に絶対服従、危害を加える事もできなくなる。


お互いに勝負を破棄すれば。

種族間は対等の関係となる。

これは、ただの同盟だ。


勝負で勝利した後、隷属以外の命令をすれば。

お互いに相手の領域では力の低下が起き、勝負や同盟もできなくなる。


「人類は、影人と同盟を組む事を提案する」


「・・・シルビア様?!」


「その上で、自主的に、俺の指示に従ってくれると助かる」


「・・・!そ、それなら是非!」


下手に隷属関係にするのはまずい。


・・・


LJOの頃、人の醜さは、たっぷり見たのだから。

隷属させた種族に、人類が何をするかなんて・・・分かり切っている。


「ただ、その対価・・・かな。あんたには、俺の命令を1つ聞いて欲しい」


「・・・はい」


名を持たぬ少女が、俺の目をまっすぐに見る。

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