第59話 さらなる飛躍

(・・・シルビア殿・・・)


ロリアの、呆れるような声。

いや・・・だって、雰囲気は出てたろ?


「確かに、ワンの歌や踊りは素晴らしい・・・でも・・・素晴らし過ぎる」


トキが続ける。

良かった、説明が始まった。


「幼児向けのテレビ番組に出演している時は、気づきませんでした。元々、人気のある番組だったので、番組の人気だと思っていて・・・」


トキは、思い出すように、ぽつぽつ語る。


「番組の配役が世代交代し、ワンは、さらなる飛躍の為、努力しました。レイミーからワン、0から1に」


・・・ナンバーワン宣言じゃ無かった。


「しかし・・・ワンの実力は、私の想像を超えていました。特に、恋愛物の歌との相性が、群を抜いていました・・・視聴したスタッフが、音を盗んで自宅に持ち帰り・・・聞きながら餓死しました」


「・・・?!」


神曲・・・。

人には過ぎたる存在。


なるほど・・・


女神様が振舞ったお酒やジュース・・・あれの一滴で、容易に殺し合いは起きるだろう。

人間とは、弱いものだ。

なら・・・


神曲が世に出てしまえば、自制できぬものはそれを聞き続け・・・死に至るものや、何も手につかなくなるもの・・・悲劇は、容易に想像できる。


「せめて、自分の力を制御できる様になるまで・・・あの娘には、歌と踊りを禁じたんです。それが、残酷だとは知りながら」


トキは目を伏せ、祈る様に呟いた。


--


「駄目に決まっているでしょう」


トキ──加賀音かがね解子ときこは、淡々と、ただ事実を告げるように、告げた。


「・・・トキさん・・・何故・・・ですか?」


ユウタが、絞り出す様な声で尋ねる。


「これを世に出せば、何も出来なくなって死ぬ人がたくさん出るからです。以上」


トキは、半眼で告げる。


此処は、現実リアル、夢守商事の会議室の一室。

次回作の動画を、トキが確認したいと言い出したのだ。

トキ、俺、そしてギルドメンバーと、カゲ。

みんなで動画を見た。


「・・・確かに、俺達には思い入れが有るから、凄い作品に見えるが・・・果たして、世間一般には受け入れられるか、それは分からないぞ?」


「思い入れが無い私が、客観的に判断しました。みんな死にます。封印して下さい」


俺が探る様に言った言葉を、トキがばっさり切る。


「あの・・・あのねっ。解子さんは、私を知ってるから・・・それが思い入れになって、良い印象を受けているだけなの!この動画を投稿しても、大変な事にはならないよっ!」


「既に、1作目が大変な事になっています。この動画は投稿してはいけません。1作目も消して下さい」


1作目まで?!


トキは、恨むような目で、カゲを見ると、


「カゲさんは、この状況が分かっていた筈ですよね?」


カゲは、小首を傾げると、


「自主制作の映画とかって、ついつい、自画自賛してしまいがちですよね。割り引いて考えないと、がっかりしてしまいます」


それな。


「・・・とにかく、新しい動画は封印、前の動画も削除して下さい。このままでは、多くの死者が出ます」


「・・・それは流石に、大げさじゃないかなぁ・・・」


レイが苦笑い。


キッ


トキが、真剣な顔で睨む。

・・・仕方がないか。


「・・・分かった。動画は取り下げよう」


「「「「「?!」」」」」


レイ、ユウタ、エレノア、サクラ、カゲが目を見開く。


「みんな、すまない」


俺は、頭を下げた。


--


「・・・すみません、お待たせしました」


約束の時間より1時間、トキが待ち合わせ場所に来る。


トキは、黒髪、長髪の、仕事ができますオーラを纏った美人だ。

俺と同い年、30後半らしいが・・・20代だと言われても信じるくらい、若々しい。


身体つきは中性的な印象を与える。

胸も、僅かな起伏で、レイの方がまだ大きい。

声は、可愛らしい、女性らしい声。


先日は、少し改まったせいかと思っていたが。

今日もスーツ姿。

これが標準装備らしい。


「いや、俺が早く来ただけだ。気にするな」


トキのお願いを聞いた御礼、とのことで。

食事に誘われたのだ。

ちょっと意識してしまい、お洒落な服を選んだつもりだったんだが。

これじゃ、俺だけ浮かれてるみたいだな。


・・・俺だけ浮かれてるんだな。

3時間くらい早く来てしまった。


NLJO内では、ロリアのお陰で大分女性にも慣れたのだが。

現実リアルでは通常運転非モテ、かなり意識してしまう。


(すみません、私が現実こちらに肉体が有れば・・・)


いや、気にするな。

会話できるだけでも嬉しいよ。


「此処から、そう遠くない場所です」


そう言って、先導するように歩き始めるトキ。


(はぐれるといけないので、手を繋いで下さい)


お、そ、そうか。


すっと、トキの手を持つ。

トキは、こちらを見てキョトンとすると、柔らかい微笑を浮かべる。


・・・うわ、やっぱり可愛いな。


(え・・・オトメ・・・?)


ロリアが訝る。


ん・・・?


何故オトメの声が?!


動揺を抑え、トキに先導されて歩く。


ついた先は・・・高そうなホテル。


「・・・うわ、何だか凄い所だな・・・俺、場違いじゃないか?」


「・・・え?あ・・・ドレスコードは気にしないで下さい。私がお伝え忘れていたのが悪いので・・・そのままでも構わないですし、良ければスーツを用意しましょうか?」


「いや、普段牛丼屋で済ませている身としては、こんな所・・・別世界って感じで・・・」


俺の嘆きに、トキは変な顔をして。


「それは・・・何かの冗談でしょうか?」

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