第4話 ロストボーイフレンド2

振り下ろされた狂気を孕んだ刃は私の肉を抉り、辺りは鮮血で拡がった。


なんて事は無く、倒れこんだあたしの顔の右側の床へと刺さった。


高鳴る鼓動と対をなすように冷え切った言葉で問いかける。私に覆いかぶさった工藤へ。


「何で?」

「分からない」

「刺さないの?」

「分からない」

「刺したんでしょ?6人も。やらないの」

「……分からないんだ」


意味なんて無いような問答を繰り返す。私の顔に生温い水がかかる……工藤の涙だ。


「さっきから分からないって何」

「君を殺せないんだ」

「何で」

「それが分からない。けれど何か苦しい」


彼の苦しみながらも涙を流す姿を見て、私の心に電気が流れた。


あっコレやられた。


私、ハマってる。こいつに。


訳が分からなかった。


けれども私の頰にも涙が伝った。


ホントに訳が分からない。けれども分かっちゃった。たぶん私、コイツの事が好きだ。間違いない。


言って欲しい。言え。言えよ。


工藤は嗚咽を混じらせて、今一番言って欲しい言葉を言った。


「死ねるくらいに貴方が好きなんだ」


言った!!


理解不能な理由で6人の少女を殺した男が人を好きになる理由は、やはり理解不能だった。


けれどもそれ以上に顔を染め胸を高鳴らせている自分自身が理解不能だ。間違いない。確固としたるものがあるのだ。私の心に。


「不思議ね。あたしもソレ思ってたところなんだ」


不思議。なんて言葉で片付けて良い訳が無い。けどイかれてるヤツと同じ考えを持ってた私もきっとイかれてたんだろう。それでいーんだ。私はイかれてしまったんだ。もしかしたら吊り橋効果?的なヤツなのかもしれない。けれどもやっぱりどうだっていいんだ。……だってこんなにも。


こんなにも胸が疼く。死ねる。何なら今刺されて殺されたっていい。だって死ねるくらいにこの人が、工藤が好きなんだもの。


工藤の顔を見つめる。やっぱり泣きぼくろがとてもキュートだった。





深夜の公園。砂場、滑り台、ブランコがある小さなどこにでもある公園。そこに私と工藤はいる。工藤はゴスロリ女装のままだった。


あの後、二人で泣き疲れ。そして少し笑いあった。……そして工藤が自首をすると言った。私は止めようとしなかった。


「人、6人殺したって死刑?」

「分からない。未成年だから無いんじゃなかったけ?あれどうだっけ?分からないや……まぁどっちにしろ自首するけど」


工藤は晴れやかな顔だった。……たぶんこんなん殺された人の家族とかマスコミとか見たら大いに荒れるんだろう。それくらいの晴れやかさだ。


工藤はポケットからタバコを取り出し火をつける。白い煙が薄暗い電灯の中で踊っている。


「罪を償う、何年経っても」

「やっぱりサイコパスの言ってる事は訳が分からない」


工藤を見つめる。やはり私は貴方が好きだ。


「私、待たないかもよ」

「いーよ。別に」

「えっ……酷っ」

「どっちが」


笑い合う。


「いいんだ、本当に。なんかもう。知れたからいいんだ、愛ってヤツを」


工藤は私に微笑みを向ける。やめてよ、私を殺す気?


私も鞄からタバコを一本取り出し、口に咥える。工藤を見つめる。唇を突き出す。工藤は察したのか自分のタバコを私のタバコへと近づける。


シガレットキス。これが私達のキス。工藤のタバコから私のタバコへオレンジ色の火が移るのが、私達の愛なんだ。そう思った。


「好き」「私も」


「ねぇ……もし。もしだよ。もしも私が工藤がまた帰ってきても工藤のことを好きだったら。そしたらキスしよ、マジの」

「いいよ。そうしよう。」


ママゴトみたいな愛の確認をして、一時間後。工藤は自首をしに警察へ向かった。ゴスロリ姿で向かった彼は全然カッコヨクもカワイクも無く?ただ間抜けだった。


取り残された私は二本めのタバコを吸おうとしたが、ライターを持ってない事を思い出した。少し泣いた。


不意に空を見上げた。星が輝いてた。私の涙は終わりを告げた。奇麗だなと。


私は私の人生史上最大の愛を人生史上最速で失った。ロストボーイフレンド。


その後、私は工藤と再会した。……なんて事は無く、普通の地元の私立大学に行き、地元で有名、国内でもそこそこ名の知られている大手企業に営業として入社。そこの5つ上の先輩とできちゃった結婚をした。その彼との間にあったのは本当の愛がどうかなんて、私は言わない。


けれども本当の愛がどんなもんかはもう既に知ってしまっている。

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ロストボーイフレンド 長月 有樹 @fukulama

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