35
早速聖域を元の広さまで大きくする作業に取り掛かった。
それと同時に、聖域に人が来ないように工夫する。
「人をワープさせるような魔法より、方向感覚を狂わせる魔法の方がいいわよね」
瞬間移動のような魔法は使ったことがないし、何が起きるか分からない。
それに、空間に干渉するような魔法は、規模は小さくてもテレーゼ様のような悲劇を起こしそうで怖い。
方向感覚を狂わせる手段を取るにしても、ずっと彷徨ってしまわないように気をつけないと……。
自然と王都に向かう仕掛けにしたい。
セインのような魔法に長けている人には効かないかもしれないが、大半の人は聖域に辿り着くことができないだろう。
「コハネ、無理はするなよ」
うーんと唸っていると、隣にいたエドが心配してくれた。
「ありがとう。大丈夫だよ。さっそく今からやってみるね」
以前より聖女としての能力は上がっている実感があるし、何とかなると思う。
私は手を組み、祈るようにして聖魔法を発動した。
聖域の拡大は問題なくできた。
あとは聖域に人が来ないような工夫だ。
『迷いの森』をイメージしながら、聖域の周囲に聖魔法をかけていく。
「見事だな……」
エドの呟きが聞こえた。
私は目を閉じているため見えないが、聖魔法が順調に掛かっていく様子を見守ってくれているようだ。
エドが見ている前で失敗はできない。
テレーゼ様にも負けないぞ! と気合を入れ直し、魔法で聖域を完成させていく。
しばらくして、少し戸惑うところがあったが、無事に思っていた通りに仕上げることができた。
感覚的にも、視覚的にも異常はない。満足のいく出来だ。
「エド、終わったよ! 聖域は元の大きさまで戻ったし、聖域を目指してやって来ても王都に戻るようにできたと思うわ。セインレベルの魔法使いが来たら見破られちゃうと思うけど……」
「お疲れさま。問題があれば俺たちが対応するさ。大半の人が辿り着けなくなっただけでも大きな違いだ」
キラキラな笑顔を向けられて癒された。
ああっ、疲れが吹き飛ぶ!
「うん! ありがとう。じゃあ、みんなのところに戻ろうか」
「そうだな」
みんなはもうお祝いの準備を進めてくれている。
私達も早く手伝わないといけない……というか、したい!
飾りつけとか、ごちそうの準備とか、お祝いの用意をするのは楽しい!
「エド、急がなきゃ!」
「コハネ、慌てて走ったら転ぶぞ」
「大丈夫!」
みんなが用意を終わらせてしまわないか無性に心配になり、私はエドの手を引いて大急ぎで戻ったのだった。
「あ。コハネ、団長! おかえりなさい!」
いつもの場所に戻ると、リックが笑顔で出迎えてくれた。
みんなは外の広場にお祝い会場を作っていた。
お酒を飲んではしゃぐだろうから、狭いところより外の方がいいと私も思う。
「コハネ、僕達で出来るところは準備したよ。でも、料理は下準備しかできていないんだ」
「ありがとう、リュシー。あとは任せて!」
「テーブルと食器はセッティングしました。味気なかったので花は摘んできましたが、飾りますか?」
パトリスはそう言いながら、ピンクの花をひとつ取ると私の髪につけた。
「似合いますよ」
「ふふっ、ありがとう。パトリスの方が似合いそう!」
私はそう言ってパトリスが持つ花束から一つ白い花を取り、パトリスの綺麗な桃色の髪につけた。
やっぱり麗人なパトリスには花が似合う。
「うん、素敵!」
「ありがとうございます。でも、髪につけておくのは恥ずかしいので、こちらに入れておきますね」
髪から花を取って、シャツの胸ポケットに移しているパトリスは優雅だった。
思わず見惚れていたら、リックとリュシーが何やらコソコソしているのが見えた。
「おれは副団長には綺麗だけれど毒がある花が似合うと思う。触ったら痺れる花とかさ」
「触ったら取れないくらいトゲが刺さる薔薇とか、食虫植物も似合いそう」
「あー……分かる……」
声をひそめているけど、私にはばっちり聞こえている。それに……。
「パトリック、リュシアン。私に用事ですか?」
「! い、いえ……何でもないです!」
「僕も……!」
パトリスに微笑みを向けられ、二人は逃げて行った。
その背中にパトリスが声をかける。
「あなた達、虫じゃなくてよかったですね。虫だったら、もうこの世にはいないかもしれませんね」
「「!」」
私も思わずビクッとしてしまった。
どういう意味なのか、聞かない方がいいと察した。
「では、コハネ。私も料理を手伝います。何をすればいいか、指示頂けますか?」
「う、うん!」
それから調理に取りかかってくれていたクレールと合流し、私は料理を始めた。
メニューは、みんなに希望を聞いたところ、私が聖域に来て初めて作ったものと同じものになった。
あの時とは違い、みんなでワイワイしながら料理をしたが、パトリスに指示をするときだけちょっと緊張したのは内緒だ。
準備が終わり、みんなで席に着く。
元の姿に戻ったから、みんなで同じ椅子に座っているし、ジョッキを持つ手も人のものだ。
最初の乾杯の時は、人に戻っているのはリックだけだったし、エドなんて樽に頭を突っ込んで飲んでいた。
あれは中々の衝撃映像だったなあ。
「じゃあ、乾杯の挨拶はコハネだな」
「え? また私なの!?」
リックに言われてショックを受けた。
みんなに注目されて話すのは、何度やっても緊張してしまう。
今度は他の人でお願いします!
「今日は呪いが解けたお祝いですし、団長がいいんじゃないですか」
「! うん! 私もそう思う!」
パトリスの言葉に全力で頷く。
みんなの呪いが解けた大事なお祝いだから、エドにしっかりと決めて欲しい。
「では、俺がやろう」
あからさまに嫌がる私がおもしろかったのか、エドが笑みをこぼしながら頷いてくれた。
だが、スッと笑顔は消えて真剣な面持ちになった。
「……その前に、みんなに聞いて欲しいことがある。祝いの前に話すことはないかもしれないが聞いて欲しい」
みんなはきょとんとしているが、私は直感的にテレーゼ様の話をするのだと分かった。
パトリスも察したようで、表情は硬い。
私はリックとリュシー、そしてパトリスがどんな反応をするのか、心配で緊張してきた。
「俺達を呪ったあの魔獣が、王都に現れた原因はテレーゼにある」
「…………え?」
リックとリュシー、そしてパトリスは困惑している。
突然こんな告白を受けたのだから無理もない。
エドはゆっくりと三人に、テレーゼ様が元の世界に帰るために使った聖魔法により、魔獣が出現してしまったこと――。
そして、すべてを知っていながら、テレーゼ様を追及することも、誰かに話すこともなく黙っていたことを伝えた。
私とパトリスは静かにその様子を見守った。
「…………」
話を聞いた三人は呆然とした。
怒っている様子はない。ただただ困惑しているようだった。
何百年も経ってから、つらい事実を知ったのだ。
すぐに受け入れるのは難しいだろう。
今日無理にお祝いをせず、食事だけして日を改めた方がいいかもしれないと考えていると、クレールが口を開いた。
「つらい想いをして亡くなった仲間がいますから、テレーゼ様を許すことは難しいです」
「……ああ」
エドがクレールをまっすぐ見据え、頷く。
すると、クレールも真剣な眼差しでエドを見つめ返した。
「でも、テレーゼ様もつらかったでしょう」
クレールの言葉に、エドは目を見開いた。
何も言えずにいるエドに向かい、次はリュシーが話始めた。
「今も魔物の姿で苦しんでいたら、テレーゼ様を憎んだかもしれません。でも、今はコハネが僕らを幸せにしてくれたから……静かに事実として受け入れます」
「…………」
リュシーの言葉に、エドはまだ言葉が出ない。
すると、そんなエドを見て、リックが勢いよく立ち上がった。
私は、リックは怒ったのかと慌てたが……。
「おれはテレーゼ様より団長が許せませんよ! 一人で抱えてないで、おれ達に言って欲しかったです!」
怒りというより抗議だった。これにはクレールとリュシーも大きく頷いた。
エドを見る三人は怒っているような表情をしているが……温もりのある怒りだ。
それはちゃんとエドに伝わったようだ。
「……すまなかった」
そう謝るエドは、申し訳なさそうに微笑んでいたが、どこか嬉しそうに見えた。
「もう隠し事はなしですよ? 今回は特別に、森百周で許してあげます」
「たまにはいいこと言う」
リュシーの呟きに、リックが「たまに、って言うな」と怒っている。
漂っていた緊張感がなくなり、いつもの空気が戻って来た。
呪いの真相に聞いて、みんなはどう思うか心配だったけれど、大丈夫そうだ。
エドもホッとした様子だ。
「あ、しらっとした顔で聞いていた副団長は、この話を知っていたんでしょう? だったら団長と一緒に走ってくださいね!」
リックの言葉に、パトリスが目を丸くしている。
私は思わず笑ってしまった。
「仕方ないですね。団長に付き合いましょう」
「言いましたね! 絶対ですよ!」
ようやく反撃できたと喜んでいるリックとリュシー、クレールは見ながら、私はまたホッとした。
エドと同じように、色々なことを自分の胸の中にだけに秘めてきたパトリスも、これでやっと肩の荷が下りただろう。
百周走ったらもっとすっきりするかもしれないし、がんばって欲しい。
「では、仕切り直して乾杯をしよう」
エドの挨拶を聞くため、私は姿勢を正した。
みんなも背筋を伸ばしてエドに目を向けた。
「俺達が呪われて、もうどれほどの月日が流れたか……。待ち望んでいた日が来たことをとても嬉しく思う。これもすべて、我らが聖女、コハネのおかげ――」
「団長、コハネが号泣してます」
「うー……」
エドの挨拶の途中だが、私は出だしから感極まってしまった。
実はさっきのテレーゼ様のことを話した時から涙を我慢していたのだが、聖域に来て、みんなと出会ってからのことが一気に頭に浮かんでしまい……もう無理!
下を向いて誤魔化していたのに、リックに告げ口されてしまった。
「コハネ、何でそんなに泣いてるの?」
「呪いが解けて、本当によかったなって思って……」
そう言って更に泣き出してしまった私を見て、みんなが微笑んでいる。
「コハネがこの聖域に来てくれた奇跡に感謝したい。コハネ、俺達の仲間になってくれてありがとう」
エドの言葉に続き、みんなも「ありがとう」と言ってくれる。
感謝したいのは私の方だ。
「みんな。この聖域に私の居場所をくれてありがとう。聖域に逃げてきた時は、こんな素敵な毎日を送ることができるなんて思わなかった。私、みんなのことが大好き! これからもよろしくね!」
途中でまた涙があふれて来たけれど、最後まで言うことができた。よかった……。
私の言葉を聞いて、みんなが照れくさそうにしている。
その様子がなんだか可愛くて思わず泣きながら笑ってしまった。
「コハネは言っていた通り、俺達を幸せにしてくれた」
エドにまっすぐに見つめられながらそう言われ、今度は私が照れてしまった。
ジュースを飲んで恥ずかしいのを誤魔化していると、みんなが私に向かって話し始めた。
「飯は美味いし、服も着れたし、暖かいベッドで眠れた! コハネのおかげで、おれは人間だったんだなって思い出したよ」
「僕はコハネのおかげで、自分にも色んな感覚があったこと知ったよ。眠っていたものを起こして貰ったって言うか……。初めて生きていて楽しいって思えた!」
「オレはずっと逃げていたことと向き合うことができたし、好きなことができる毎日に感謝している」
「私もコハネのおかげで肩の荷が下りました。こんなに気が楽になったのは、いつぶりでしょうか」
「みんな……」
こんなに感謝して貰えて嬉しい。余計に泣いてしまう。
喜びを隠せずにいる私に向かい、エドが笑いかけてくれた。
「俺は……こんなに穏やかな気持ちで暮らせる日が来るとは思っていなかった。コハネに負けないくらい、俺もコハネを幸せにする」
「!」
エドの言葉を聞いて、一気に顔が熱くなった。
プロポーズのようでびっくりした。
そういう意味ではないと分かっているのにドキドキしてしまう。
「団長だけじゃなくて、おれ達だっているからな!」
「僕もコハネを幸せにするからね!」
「ふふっ、ありがとう! …………ああっ!! 乾杯してないのにジュース飲んじゃった!」
照れ隠しでジュースを飲み干してしまい、空になったカップを見て愕然とする私を見て、みんなが大笑いした。
恥ずかしい……!
顔が熱くなるのを感じながら、もう一度ジュースを注いだ。
「では、コハネは一足先に飲み干したが……」
「エド、改めて言わないでよ~!」
再びみんなから笑いが起こる。
「俺達の解呪と、コハネ騎士団発足を祝して……乾杯!」
「乾杯!」
突然異世界に召喚され、一度はすべてを奪われた私だったけれど……。
これからも聖域に引きこもって、みんなと幸せに暮らします!
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