34
聖域に戻って一晩休んだ私達は、翌日の朝から盛大にお祝いするための準備をしていた。
私はまず、魔力が回復したので、現在のこの狭小聖域を元の広さまで拡大することから始めようとしたのだが……。
「あれ? 人がいる」
今の狭い聖域の外側近くに人がいるため、聖域を拡大することができない。
私の呟きを聞いて、そばにいたエドも頷いた。
「数人いるようだな」
「そうみたい……」
「俺が確認して来よう」
「あ、私も行く!」
エドと一緒に現場まで向かう。
到着すると、そこにいたのはあのウエストリーの騎士だった。
他にも数人の騎士達もいたが、彼らは私を見つけると片膝をついて跪いた。
「聖女コハネ様……」
跪いたまま、代表して話しかけてきたのはウエストリーの騎士だ。
彼はとても真剣な……そして、思いつめたような表情をしていた。
その様子を見て私は、何事かと身構えた。
何を言うつもりだろう……。
「今日はどのような用事ですか?」
「コハネ様にお伝えしたことがあって参りました。メレディスから書簡を預かっております」
そう言って差し出されたものを受け取ろうとしたが、私よりも早くエドが動き、彼から受け取ってくれた。
私が聖域から出ないように配慮してくれたようだ。
「ありがとう」
お礼を言ってエドから書簡を受け取り、すぐに目を通す。
「わあ……」
そこに書かれてあったのは、簡単に言うと「色んな人が聖域に行こうとしているから、聖域一帯を国の許可なく近づけなくする『立ち入り禁止区域』にしようと思うけれど、どう思う?」だった。
聖域の中には入って来ることはできなくても、周辺に人がたくさんいるようになったら嫌だな……。
エドにも書かれていた内容を伝える。
すると、エドは私のように嫌な顔をすることなく、凛々しい笑顔を見せた。
「王都での浄化を成功させたことで、聖女である君を狙う者は増えただろう。すでに俺達は君を守り抜くため、細心の注意を払っている。俺達を信じて安心してくれ」
「!」
言葉も笑顔も眩し過ぎる……!
私は聖樹の浄化が終わったから、聖女として注目されることはないだろうと思い、危機感が薄れていた。
でも、「聖女」のネームバリューは利用価値が高いし、私の能力は浄化だけではない。
植物を生長させる力もあるし、広くは知られていないけれど、聖魔法はたくさんのことができる。
だから、狙われる危険性は十分にある。むしろ増えたかもしれない!
メレディス様に自由にしていいと許可を貰い、逃げなくてもよくなったことでホッとしてしまっていた。
でも、エド達はぼんやりしている私とは違い、楽しそうにしていても気を抜かずにいたようだ。
さすが伝説の騎士様達だ。
「だから、安全面を懸念して立ち入り禁止区域にする必要はないが……。コハネの好きにするといい」
「エド……ありがとう!」
エドの力強い言葉を聞くと、不安はなくなった。
安全面は大丈夫だとして、私達が快適に暮らすために立ち位置禁止区域にして貰った方がいいか考えた。
人が来ない方がいいに決まっているが、国に借りを作りたくないという気持ちがある。
国に頼らず、聖域に人が来ない様にするには……。
「あ、そうだ。聖魔法でなんとかすればいいんだ」
「コハネ?」
「聖魔法で、『聖域に辿り着けなくなる魔法』をかけようと思うの!」
ファンタジーだけではなく、童話でもよくある『迷いの森』を作ればいいのだ。
聖域を拡大するついでにやってみよう。
「そんなことができるのか?」
エドの質問に私は頷いた。
一発で成功! とはいかなくても、試行錯誤すればなんとかなるはずだ。
そして今度は、ウエストリーの騎士に向かって伝えた。
「メレディス様に、『こちらで対処するので、禁止区域にして頂く必要はない』と伝えてください」
「……承知しました」
騎士達は立ち上がり、礼をすると去って行った。
だが、ただ一人、ウエストリーの騎士だけはその場に残って立ちつくしていた。
どうしたのだろうと首を傾げていると、俯いていた騎士が顔を上げ、まっすぐに私を見た。
「聖女コハネ様、申し訳ありませんでした……」
そう言うと、彼はその場に膝を落とし、頭まで地面に擦りつける勢いで謝り始めた。
突然の土下座に私はびっくりしすぎて固まった。
「俺は故郷を救ってくれた恩人であるコハネ様を侮辱し、偽物の聖女を称えました。恩を仇で返した俺は、騎士失格です。俺は……騎士を辞めようと思います……」
「…………」
私を黒の塔に連行したのはこの騎士だ。
あの時は怒りを抱いたけれど、もう私は王都ですべてを清算してきた。
心から悔いている様子の騎士を責める気持ちにはならない。
私はまだ頭を下げ続けている彼の前にしゃがみ込んだ。
「頭を上げて。私はあなたの謝罪を受け入れます。誤解が解けて……あたなにも理解して貰えて嬉しいわ」
「コハネ様……」
私の言葉を聞いて、騎士は顔を上げた。
騎士の目には涙が浮かんでいた。
余程思い詰めていたのだろう。
そういえばこの騎士は、聖女の役に立ちたくて、がんばって王都の騎士になったと言っていた。
私の力になるためにがんばってきたのに、私がダイアナに儀式を押しつけるような人間だと思い込んでしまったことで失望し、冷静な判断ができなかったのかもしれない。
ダイアナの表面に騙されていたことが分かり、今は心から自らの行動を悔いているようだ。
それなら――。
「こうしてあなたの『失敗』は解決したわ。だから、もう一度あなたにとって騎士をやめることが最善なのか考えてみて」
そう伝えると、騎士が私を見つめたまま戸惑いを見せた。
「でも、俺は騎士失格で……」
「あなたが『騎士失格だから辞めるのが最善』だというのなら、それでいいの。でも、あなたが騎士を続けたいのなら、失敗をした分、他の騎士達よりも頑張って精進していくという道もあるわ。騎士を辞めるのも続けるも、あなたの気持ちと覚悟次第よ」
せっかく騎士になったのだから、『続けたい』という気持ちがあるなら貫いて欲しい。
「俺は騎士を続けてもいいのでしょうか……」
ちゃんと私の想いを伝えたのに、騎士はまた俯いてしまった。
もう……うじうじしないの!
「私に聞かず、自分の気持ちと覚悟で決めて! 辞めるかもしれないと言っても、今は騎士でしょう? それなら騎士らしくシャキッとしよう!」
活を入れるようにそう言うと、騎士は慌てて頭を上げ、姿勢を正した。
ちゃんと自分で答えを出すのよ? という意味を込めてジーッと見ていると、騎士が意を決したようで口を開いた。
「俺は……まだ騎士を続けようと思います。聖女様の……コハネ様の騎士にはなれませんでしたが……」
騎士はそう言いながらエドに目を向けた。
その目には憧れと悔しさが混じっているように見えた。
「俺は……コハネ様が守ってくださった王都を守る騎士になろうと思います! 今度こそは、誓いを守ります!」
宣言した騎士の顔は、先ほどまでとは違い晴れ晴れとしていた。
この短い時間で、覚悟を決めることができたようだ。
「そう。がんばってね」
「はい! ありがとうございました! コハネ様、やはりあなたこそが聖女様でした……」
そう言い残し、騎士は足取り軽く去って行った。
「失望した」と言い捨てられた騎士から改めて聖女だと認められ、感慨深く思っていると、なぜかエドに頭をなでなでされた。
「エド?」
「さすが俺達の聖女様だ」
「それは……私を褒めてくれているの? それとも、自分達を褒めているの?」
「両方だ」
「それならよかった!」
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