33
王都を出発した私達は、メレディス様から貰った馬に乗って、のんびりと帰っている。
馬は五頭で、みんなはそれぞれ手綱を握っているが、私はまたエドの前に乗せて貰っている。
移動の度に乗せて貰うのは申し訳ないし、馬に一人で乗れるとかっこいいから、聖域に戻ったら練習したい。
いつか一人で風になるぞ! と心の中で決意した。
「久しぶりの王都だったけれど、なんだかごちゃごちゃしていたな」
リックが王都の様子を思い出しているようだ。
「記憶にある王都とは違った?」
「ああ。広場の場所は変わっていなかったが、見た目は違ったなあ」
「もう何百年も経っているいるからね。僕達がいた頃の王都より派手になっていたよ」
「オレはなんだか目が疲れた……」
顔を顰めるクレールを見てリックが笑う。
「おれ達、普段緑ばかり見ているからか、色が多いと疲れますね」
「じじいじゃん」
「はあ!? お前だって最年少だが、もう何百年も生きているじじいだからなー! あとお前は、おれだけじゃなくてクレール先輩のこともじじいって言っているからな!」
「セドリック、リュシアンは目が疲れた者をじじいと言っていますが、君の言い方だと私や団長もじじいになりますが?」
パトリスが素敵な笑顔をリックに向けた。
リック……リュシーに反撃しようとして虎の尾を踏むとは……ご愁傷さまです。
「!! あ、いや、その…………すみませんでしたー!」
リックの悲壮な叫びを聞いて、みんなが笑った。
そんなリック限定のヒヤッとした時間はあったが、終始穏やかな時間が流れた。
王都に行くと懐かしい記憶が蘇って来たのか、みんなは昔の思い出話に花を咲かせている。
どんな店があったか、どこに誰の家があったか――。
楽しそうに話すみんなをしばらく聞いていたが、私には気になることがあって……。
それを口にするかどうか、ずっと迷っていた。
聞くのが怖いけれど、ちゃんと確かめたい。
みんなの会話が途切れたところで、勇気を出して話を切り出した。
「ねえ、みんなは聖域に戻っていいの? 魔物の姿じゃないんだから、王都で暮らすこともできるんだよ?」
今のみんななら、どこに行っても人気者になるだろう。
私は聖域で暮らすことを決めたけれど、みんなも同じとは限らない。
一緒にいる未来を当たり前にように考えていたけれど、みんはどう考えているのだろう。
私の質問を聞くと、みんなは顔を見合わせていた。
深刻そうな顔……ということはまったくなく、きょとんとしている。
私に向かって、最初に口を開いたのはリックだった。
「ははっ、みんなで聖域に帰っている途中にそれ聞く? 王都で暮らす気なんて全然ないよ! おれはコハネが来てから、聖域での暮らしが楽しくなったし、今更慣れないところで暮らしたくないな」
「オレは畑を離れるわけにはいかない」
リックが言い終わると同時に、クレールも頷きながらそう言った。
「みんなやコハネがいないとつまらないし、僕も生活の場を変えるつもりはないよ」
「もちろん俺も聖域に帰って、これまで通りに暮らすつもりだ」
リュシーの次に、エドも後ろからそう言った。
よかった、まだまだみんなといることができそうだ。
「パトリスは……」
パトリスは以前、エドは「聖域から解放されるべきだ」と言っていた。
聖域はテレーゼ様が、みんなを厄介払いするために作ったような場所だ。
だから、パトリスは聖域を疎んでいると思う。
そう思ってパトリスの方を見ると……目がった。
私は、パトリスは「聖域を出る」と言うのではないかと思ってドキリとしたが……。
「私も帰りますよ。あなたは選択する自由を与えてくれました。その上で、私もあの森を選びます」
パトリスはそう言って微笑んだ。
呪いが解けて、聖域に囚われる必要がなくなったことで、「解放された」と思えたのだろうか。
パトリスはあの場所を「聖域」と呼ばず、「森」と呼んだのは、そういうことなのかもしれない。
そんなことを考えていると、エドが後ろから覗き込むようにして伝えてきた。
「コハネがいる場所が、俺達の居場所だ」
「!」
それは、ずっと私と一緒にいてくれる、ということだろうか。
もし私が聖域を離れることになっても、みんなは一緒にいてくれるの?
「僕らコハネ騎士団だからね!」
「ふえ……」
嬉しくてまた涙が込み上げてきたが、慌てて拭ってごまかした。
「コハネ、泣かないでよー」
「泣いてなよ」
リュシーが優しい笑顔でこちらを見ている。
彼だけじゃない、みんなが同じ目で私を見ていた。
何度も言っているかもしれないけれど、私は悲しいことより、優しさを感じたときの方が涙腺が緩むの!
私はみんなの視線を浴びつつ、泣かないように我慢しながら帰ったのだった。
「え……!?」
のんびりと時間をかけて聖域に戻って来た私達は、到着した瞬間に驚いた。
「聖域の封印が消えてる……!」
テレーゼ様が造った結界がなくなっていたのだ。
みんなの呪いが解けたから聖域である必要がなくなった、ということだろうか。
本当にみんなは解放された――。
そんな気がした。
みんなも同じように感じているのか、結界がなくなった森を静かに見ていた。
でも、少しすると、リュシーが嫌そうな顔でぽつりと呟いた。
「結界がなくてすっきりしたけれど、知らないやつが勝手に入って来るかもしれないと思うとすごく嫌」
「それは確かに……!」
私達しか入ることができないということは、防犯的にとてもよかった。
常に気を張っていなくても、聖域があるから大丈夫だと余裕を持つことができた。
私はこれからも、できれば聖域に結界があって欲しいと思う。
頑張れば、私も作ることができるかも……?
でも、みんなは結界があると嫌だろか。
そう思い、みんな聞いてみたら、「防犯面を考えると大きな安心材料になるから、あった方がいい」と言われた。
「じゃあ、できるかどうか分からないけれど、今度は私が聖域を作ってみてもいい?」
「もちろん!」
皆が快く頷いてくれたので、私は張り切って聖魔法を発動させた。最初は上手くいっていたのだが――。
「あ、無理かも……」
「コハネ!?」
めまいでくらりとして、倒れそうになってしまった。
エドが支えてくれたので大丈夫だったが、これ以上魔法を使うのは無理だ。
「聖樹の解呪をやったばかりだ。無理をするな」
「あー……そうでした……」
馬での移動時間が楽しくて、大仕事をしてきたことを忘れてしまっていた。
「ちょっとだけ聖域を作ることはできたけれど……狭い!」
なんとか私達が寝泊まりしている一帯を覆う結界を作ることができたが、以前の規模からすると十分の一程度だ。
疲労状態であることは分かっているが、テレーゼ様と腕の違いを見せつけられたようで悔しい!
「回復したら広げるね」
「ああ。今はとりあえず、ゆっくり休め」
エドだけじゃなくみんなにも休むように言われ、大人しく従うことにした。
自分ではまだ余力があると思っていたのだが、かなり疲れていたようで、私は戻ってすぐに倒れるように寝てしまった。
そして、目が覚めると辺りは真っ暗で、もう夜中になっていた。
体の疲れは取れていて、魔力も全回復とはいかないものの、ほとんど元に戻っていた。
すっきして完全に目が覚めた私は、少し夜風にあたることにした。
外に出て、自分が作った結界を確認してみたが……。
「やっぱり狭い」
結界内を散歩しようと思ったけれど、ぐるりと回っても散歩にならない規模だ。
今から聖域を広げようかと思ったけれど、感覚が鋭いみんなを起こしてしまうかもしれないからやめた。
「コハネ」
「エド?」
誰もいないと思ったのに名前を呼ばれて驚いた。
振り向くと、そこにはラフな格好をしたエドが立っていた。
聖騎士のような姿もかっこよかったけれど、こちらの姿もかっこいい。
「目が覚めたのか。夜風にあたりすぎると風邪をひくぞ」
「ありがとう。そんなに長居はしないよ。でも、もう少しここにいるよ」
「……じゃあ、少し話せるか?」
「うん?」
何やら改めて話をしたい様子だ。
ゆっくり話ができるよう、二人で外に作った休憩所に移動した。
設置してあるランプに、魔法で光を灯した。
私はベンチに腰かけたのだが、エドは立ったままで何かを差し出してきた。
「……コハネ、これを預かってくれないか」
「? これは……」
エドから受け取ったそれは、王都の聖樹にテレーゼ様が残したエドの剣だった。
「どうして? 使わないの? 大事な剣なんでしょう?」
そう聞くとエドは頷いた。
「ああ。とても大事なものだった。でも、俺は君に呪いを解いて貰い、新たな自分になれた気がした。その剣は過去の俺を象徴するものだから、今の俺が使うものではないと思うんだ」
預かって欲しいと言われた瞬間は、テレーゼ様のことを思い出すからつらいのかなと思ったが……。
穏やかにそう語るエドを見ていると、そんな気持ちで私に預けたのではないと分かる。
「……そっか」
剣は思い出と共に大事にしまって、エドは新たな一歩を踏み出したいのかもしれない。
長年の苦しみから解放され、やっと明るい方へと歩み出したのだと思うと嬉しい。
私も王都で区切りをつけて来たので、気持ちを新たに頑張りたい。
「でも、私が持っていていいの?」
「今の俺が守りたいのは君だ。だから君に持っていて欲しいと思った」
「!」
エドの言葉を聞いて、思わず顔から火が出そうになった。
恋愛的な意味ではないと思うけれど……こんなにまっすぐ言われると、ドキドキせずにはいられない。
「わ、分かった。毎晩大事に抱いて寝るね!」
動揺を隠そうとしてそう言うと、エドに笑われた。
「抱いて寝ると危ないぞ? 魔法の収納に入れておいてくれたらいい。コハネは面白いな」
面白いと言われると複雑だ……!
余計に恥ずかしくなったけれど……でも、今はとても幸せだなと思う。
この世界に来て、たくさんつらい想いをしたけれど、それもみんなに出会うためだったと思ったら受け入れることができる。
私も私の方法で、エドやみんなを守りたいと思うよ。
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