32
借りた馬に乗り、私達は王都に戻って来た。
ちなみに私はフェンリルのエドに乗ってきたのだが、リックから馬を奪ったエドの前に座っている。
追いやられたリックはリュシーの後ろに乗り、ずっと愚痴を零している。
「どうしておれの馬を取るんだよ……ひどいよ団長……職権乱用だよ……おれがコハネを乗せればいいじゃないか……」
「うるさい! 僕だって無駄にでかいおっさんじゃなくて、コハネに乗って欲しかった!」
「誰が無駄にでかいおっさんだ! 生きた年数から言うと、お前だって変わらないからな! おっさんというより化石だからな!」
「ふふっ」
賑やかなリックとリュシーの声を聞くと和む。
聖樹も綺麗な状態になったし、気持ちよく戻った私たちを出迎えたのは――。
「聖女様コハネ様!!!!」
「コハネ騎士団万歳!!!!」
耳をつんざくような歓声だった。
「わあー……!」
熱烈な歓迎に圧倒される。
旅をしている間、歓迎を受けたことはあったけれど、これ程のものはなかった。
「コハネ。聖女を――君を歓迎する声だ」
私の肩に手を置き、エドはそう言ってくれた。
嬉しくてエドの手に自分の手を重ねようとしたが……突如聞こえた女性の大声にびっくりした。
思わず私の動きも止まる。
「あの白銀の騎士様は誰!!!?」
周囲に目を向けると、一人ではなく、たくさんの女性がエドを見てざわついていた。
王都を出発した時はまだフェンリルだった。
だから、初登場となったイケメン達を束ねる特級イケメンを見て女性陣が騒然としている。
こんな状態で手を繋いだりしなくてよかったかも……!
熱烈な視線を浴びても、堂々としているエドは凄い。
リック達も手を振るくらい余裕があるし、注目されるのが苦手そうなクレールも涼しい顔をしている。
エド達が魔獣を倒した際にも歓声があったと思うが、その時にはもうみんなは呪われていた。
だから、こんなに手を振ったりすることはなかっただろう。
長い時を経ることにはなったが、エド達が本来受けるはずだった感謝や称賛を、こうして受けることができてよかったと思う。
「戻って来たか」
広場の中央に戻ると、セインが待ち構えていた。
その隣には王太子メレディス様の姿もある。
国の代表としてやって来たのだろう。
今までこういう場は、アーロン様が取り仕切ることが多かったから、少し意外で驚いた。
メレディス様の前に整列した騎士達が、私達に花道を作っている。
民衆に見守られ場柄騎士達の間を通り、メレディス様の前に出る。
すると、メレディス様は跪こうとしている私を止め、隣にやって来た。
そして、観衆に向けて手を上げると、歓声で溢れていた広場がシンと静まった。
メレディス様は声を拡声する魔法を使い、民友に向けて話を始める。
「聖女コハネ・アマカワの聖樹浄化により、この国の平和は守られてきた。そして今回の危機も、聖女コハネとその騎士達によって救われた! 国を代表し、真なる聖女と伝説の騎士達に感謝申し上げる! ありがとう、聖女コハネ」
メレディス様の言葉が終わると同時に、再び割れんばかりの歓声が上がる。
「…………っ!」
感謝されたくて、再び王都にやって来たわけではない。でも、こうして認められ、歓声を浴びて感極まった。
「ありがとう!」と叫ぶ人達の笑顔を見ると、がんばってよかったと思った。
みんなも歓声をあげる民衆を見て嬉しそうだ。
「罪人をこちらへ!」
セインの声が響くと、お祝いムードだった広場が一気に静まり、空気が張りつめた。
騎士達に拘束され、連れて来られたはダイアナだ。
アーロン様も付き添うように後ろからやって来た。
「私は罪人じゃないわ! 私に何の罪があるっていうのよ!」
「聖女を騙り、国を危機晒した罪だ。セイン」
メレディス様に促され、セインが民衆に向けて説明を始める。
「この者の固有魔法は『能力複製』。魔法を複製し、己のものとして使うことができるのだ。ダイアナは聖女コハネから複製した聖魔法を使い、浄化をして見せ、自らが聖女であると偽った。しかし、まがいものの聖魔法では聖樹を浄化することはできず、その結果、リノ村や王都を危機に陥れた!」
「そ、そんなことはしていないわ! 証拠……証拠はないでしょう!」
「証拠はある」
「!」
断言するセインの言葉を聞き、ダイアナは目を見開いた。
そんなダイアナに向けて、セインは手に持った何かを差し出して見せた。
あれは……以前、私が握ってからセインに渡した、ボールのような道具?
「この道具は魔法を記録・解析するものだ。先ほどダイアナが聖女コハネの手を握り、能力を複製しようとした際の記録を証拠として提出する。……他にも、お前の悪事を裏付けるものはたくさんある」
「そ、そんな……」
証拠を突き付けられ、ダイアナはその場に崩れ落ちた。
だが、まだ納得いかないのか、セインに向けて吠えた。
「嘘よ! 証拠なんてでっち上げよ! あんたは私を陥れようとしているんだわ! この国最高の魔法使い? それが何よ! 私は聖女よ! 次期王妃よ! あんたなんか絶対牢屋にぶち込んでやるからっ!!!!」
……清楚可憐な聖女ダイアナはもういない。
醜く叫ぶ姿を見ると、怒りよりも哀れみを覚えた。
アーロン様が、ダイアナの後方で苦々しい顔をしている。
ダイアナの醜態を見て重い空気が広がったが、メレディス様は容赦なくダイアナを追及した。
「証拠はこれだけではないと言っただろう? それに納得できないなら、今この場で聖魔法を使えばいい。私も魔法については長けている方だ。私がこの場で、民の目の前で、君の魔法が『真なる聖魔法』か判断してあげよう」
「…………え! あの、今は……。……そ、そうよ、コハネが私の妨害を――」
「いい加減にしろ!! オレが間違っていた!! お前は聖女ではなかった!! 本物の聖女はコハネだ!!!!」
「!!!!」
アーロン様の叫びに、ダイアナが目を見開いた。
項垂れるアーロン様を見つめ、呆然としている。
そんな二人を見て、私は何とも言えないやりきれない想いがした。
私を追い込んだ二人だが……。
こんな哀れな姿は見たくなかった。
「偽聖女ダイアナを牢に入れておけ。……もう君が自由を得ることはないだろう」
メレディス様の指示に従い、騎士達がダイアナを連れて行く。
「……嫌、嫌よ……私は王妃になるのよ……」
連行される様子を見守っていると、ダイアナが私を見た。
見開かれたその目は、明らかに異常で恐ろしい。
「私が能力複製を授かったのは、神様が奪うことを許してくれているからよ! 私は何も悪くないわ! 奪われる方が悪いのよ! 私はあんたから奪ったもので裕福に暮らすの! あんたはずっと、私から奪われ続ければいいのよ! あははははっ!」
騎士達に引きずられるようにして去って行くダイアナが、まだ叫んでいる……。
ダイアナとこんな別れ方をすることになるなんて……。
能力を複製することができるなんて、素晴らしい力だ。
使い方を間違わず、人の役に立つことに生かしていれば、ダイアナは望んでいた裕福な暮らしができていたはずだ。
そして、私達は普通に友達として仲良くできた未来もあったかもしれない。
「聖女コハネ。罪人の処遇についてだが……」
ダイアナを見送っていると、メレディス様が近づいて来た。
「結果的に国を危機に陥れたのだから、本当は処刑が妥当だ。でも、彼女の力は有益だから、檻の中から国に貢献して貰おうと思うよ」
「……そうですか」
国に飼い殺しにされるのは私ではなく、ダイアナの方になったらしい。
ざまあみろ、なんて思わない。
残りの人生で少しでも反省し、改めてくれたらいいなと思う。
罪人ダイアナの断罪はこうして幕を閉じた。
メレディス様が終わりを告げたことで、広場に集まっていた観衆たちも次第に去って行った。
私達は視線が集まる中央から外れ、人の目がないところに移動した。
「……さあ! 移動して、王城で詳しい話を聞いてもいいかい?」
メレディス様からお誘いがあったが、私は首を横に振った。
「いえ、私達はもう聖域に帰ろうと思います」
みんなに目を向けると、大きく頷いて同意してくれた。
「そうか、それは残念だ。では、ここでいいから少し話をしよう。あなたが王都での儀式をダイアナに押し付けた、とされる件だが……」
「!」
私が王都から逃げることになった原因の話題が出たことで、思わず体が強張った。
「ダイアナはかつて複製していた能力を使い、君を眠らせたのちに部屋を封印したことが分かった。部屋を詳しく調べたところ、その形跡があった」
「……ちゃんと調べてくれたんですね」
緊張が解け、安堵の息が出た。
もう済んだことではあるが、疑念が晴れたのなら嬉しい。
「もちろんだ。むしろ、調べが遅くなり申し訳ない。根拠なくあなたを黒の塔に幽閉したことを謝罪する。もちろんこの事実は公表するし、あなたに賠償もさせて頂く」
「…………」
メレディス様の後方にいるアーロン様が心苦しそうだ。
私と話をしたがっているようにも見えるが、もうこの件についてアーロン様と話すつもりもない。
終わったことだ。
「疑いが晴れたのならそれでいいです。賠償は必要ありません」
「あなたがそう言うなら……。また別のかたちで返すことにしよう」
「いりません」
即答すると、メレディス様が笑った。
何もおもしろくないと思うのですが……。
「コハネ、城に戻る気はないかい? アーロンとやり直す気は……」
「どちらもまったくないです」
再び即答すると、メレディス様はまた笑った。
「じゃあ、婚約相手が私ならどうだろう? 形式上だけでも構わないし、伝説の騎士様方と城で暮らして頂いてもいいよ?」
私は瞬時に全力で頭を振った。
形式上だけでも皇太子妃なんて絶対に無理です!
そんな私を庇うように、みんなが私とメレディス様の間に立った。
「残念だな。私はあなたを気に入っているのに……」
今の言葉には、アーロン様がびっくりしている。
私も驚いた。気に入って貰うほど、私はメレディス様と関わっていないはずだ。
「ふふっ。もしかすると、今のやりとりが『ふらぐ』になって、何年後かに王妃になっているかもしれないよ?」
「フラグ? ああ。セインから聞いたんですね。前にそんな話をしました」
「いいえ。あの時話を聞いたのは私ですよ」
「?」
首を傾げる私を見て、メレディス様とセインがニヤリと笑った。
「言っただろう? 固有魔法は多種多様だと」
セインが私に向けて笑う。
ここでどうしてその話がでたのだろう。どういう意味?
「私が駄目なら、セインの婚約者にでも構わないよ」
「どうしてセイン!? 絶対嫌です! セインも私が婚約者なんて嫌でしょう!?」
「いいや? お前が俺の婚約者になったなら、聖魔法の実験を山程やらせようと思ったんだがな」
「それはもう婚約者じゃなくてモルモットでしょ!」
セインの言葉に思わず突っ込むと、メレディス様とセインが声を出して笑い始めた。
今も同じように笑っている二人を見ていると、狐に化かされたような気持ちになった。
どういうことか全く分からない……深く追及しない方がいい気もする……。
考えていると一気に疲れてしまったので、早く聖域に帰りたくなった。
もう出発しよう。
「コハネ……」
立ち去ろうとしたら、アーロン様に呼び止められた。
動揺して思わず足が止まってしまったが、エドがすかさず私の肩を抱いてくれた。
そのおかげですぐに冷静になれたので、これで最後だと決めて話を聞くことにする。
「アーロン様、なんでしょう」
「君を疑ったこと、信じなかったこと。……本当申し訳なかった」
「もう終わったことです」
機械的に返事をすると、アーロン様は寂しそうな顔をした。
立ち去ろうとした私を引き留めるように、アーロン様が話を続ける。
「旅の終盤、立派になったコハネに頼られることが減り、オレは自分の存在意義が薄れたように思っていたんだ! そんな時にダイアナに頼られ、まんまと術中に嵌ってしまった。自分が恥ずかしい。本当にすまなかった……!」
アーロン様が抱えていた葛藤を聞いて、私達はもっと話し合いをしていたら、今でも隣にいたのかもしれないと思った。
でも、終わったことを考えても仕方ないし、もう好きになることはない。
尊敬していた頃のアーロン様に戻ったことは嬉しいし、国にとってもいいだと思う。
「……アーロン様。突然始まった異世界での生活に戸惑う私を支えてくれたのはあなたでした。浄化の旅も、アーロン様と一緒だったから頑張れました。これからは別々の道を歩きますが、私はアーロン様を応援しています。頑張ってくださいね」
「コハネ……!」
アーロン様はまだ何か言いたそうだったが、私はエドの手を引いて走り出した。
みんなも一緒についてきてくれている。
「城に住んで欲しいという誘いを断って良かったのか?」
エドの言葉に大きく頷く。
「聖域の方が何倍も楽しいもの! それに、みんなの解呪が終わったお祝いをしなきゃ!」
「そうだ! 宴会をするんだった!」
リックの言葉に続き、みんなが沸き上がった。
みんなにはごちそうを振舞ってお礼したい。お酒もたくさん出してあげよう。
「さあ、私達の家に帰りましょう!」
さようなら、王都。
さようなら、アーロン様。
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