31

 リックの抗議に、エドが笑う。


「これくらい、付いて来られないでどうする」

「馬に団長と同じ速さ求めないでくださいよ!」

「ねえ、コハネ。聖樹の浄化、かなり進んだね!」


 エドに抗議するリックを押し退け、リュシーが近づいて来た。


「うん! あとは魔物さえ倒せばなんとかなると思う」

「魔物はオレたちに任せろ」

「動き足りないと思っていたところですから、ちょうどいいですね」


 クレールとパトリスが何でもないことのように笑う。

 本当に頼もしい限りだ。


 王都の広場から聖樹まではそう離れていない。

 あっという間に聖樹の前に辿りつくことができた。

 やはり聖樹の中に魔物の鼓動を感じる……と思っていたら、突如近くに瘴気が漂い始めた。これは……!


「みんな! 魔物が来るよ!」


 私が叫んだ直後、聖樹の前に黒い霧の渦が現れた。

 渦の中に何かいる。

 霧が薄れていくと、その姿がはっきりと見えてくる。

 それはフェンリルのエドよりも一回り大きい、猪に似た魔物だった。

 血のように真っ赤な目は不気味に光り、体にまとった瘴気が炎のように揺らめいている。


「……魔獣に似ているね」


 リュシーの固い声に、私はどきりとした。

 みんなを呪った魔獣に似ている?

 私が頼ったせいで、またみんなが呪われるようなことになったら……!


「大丈夫だ。心配するな」

「!」


 エドのモフモフのしっぽが、私の背中をポンと叩いた。


「俺たちを信じて、コハネは自分のやるべきことに集中してくれ」

「エド……」


 エドの言葉とモフモフは、魔法のように私を前向きにしてくれる。

 そうだね。しっかりしないと!

 私が失敗したらみんなの努力も無駄になってしまうし、王都の人たちも安全に暮らすことができない。


「……うん!」


 エドのおかげで強張ってしまっていた体の緊張が解れた。


「まずは俺が行く。パトリス、コハネを頼むぞ」


 エドはそう言うと、戦陣を切って魔物へ突撃して行った。


「ヴウウウウオオオオオオオッ!」

「すぐに始末してやるっ!」


 エドと魔物の体が激しくぶつかり合う。

 その衝撃で地面や聖樹が揺れる。

 互いに致命傷になりそうな攻撃を察知すると距離を取り、またぶつかり合いながら攻撃を加えていく。

 エドは鋭い爪でもダメージを与えていて、魔物を圧倒している。

 すごい……負ける気がしない!


「……ねえ、僕達の出番ある?」

「出番は待つものではなく、作るものですよ。さあ、行きなさい」


 パトリスが笑顔でリュシーを送り出す。

 有無を言わせない圧に押され、リュシーはエドの加勢に向かった。

 同じくパトリスの笑顔を向けられたリックとクレールも駆けだした。


 エドが押しているが、魔物はまだまだ倒れる様子はない。

 もっとダメージを与える必要がありそうだから、みんなの協力は必要だ。


 エドが引いたタイミングでリュシーが斬り込んでいく。

 そして、リックとクレールが、リュシーのサポートをしている。

 パトリスも魔法で援護していて、連携は完璧だ。

 さすが国を魔獣の危機から救った騎士たち!

 この調子だと、みんな大きな怪我をせずに終わることができそうだ。

 安心したそのとき、魔物が一際大きな咆哮を上げた。


「何!? 耳が痛いっ」


 凄まじい音量と気迫に空気が震える。


「魔物の体力があと僅かとなったのでしょう。ここからはがむしゃらに向かってくると思いますよ」


 パトリスの言葉通り、魔物はなりふり構わず大暴れし始めた。

 エドは魔物とぶつかり合って戦ってきたが、あんな状態の魔物とぶつかると軽い怪我ではすまない。

 ましてや人の姿に戻っているみんなにぶつかってしまったら、間違いなく即死だ。


「みんな……!」

「心配いりません。魔獣に比べれば子供のようなものですから。ほら、団長がもう決めてしまいますよ」

「えっ?」


 今はリュシーやリック、クレールが入れ替わりながら、隙を見て魔物に斬りかかっている。

 エドは今にも飛び出しそうな前傾姿勢で、それを見守っていたが――。


「団長!」

「任せろ!」


 三人がバッと飛び退くと同時に、飛び出したエドが魔物を仕留めにかかった。

 魔物がエドに気づいた時には、既にエドの爪が魔物の体を大きく切り裂いていた。


「ヴオアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 魔物は倒れることなく、そのまま霧散するかのように消えていく――。

 そして瘴気もなくなり、魔物の気配はすべてなくなった。


「……終わった?」

「ええ。お疲れ様でした」


 私の質問にパトリスが笑顔で答えた。

 その瞬間、嬉しくてパトリスの手を引いて駆け出した。


「みんな!」

「コハネ、終わったよ〜」


 四人が私たちを出迎えてくれる。

 みんな笑顔で、怪我をしている様子もない。

 よかった、とホッと胸を撫で下ろした。

 でも、モフモフなエドは見た目だけでは大丈夫なのか分からない!


「エド、怪我してない!?」

「ああ」

「本当に!?」


 エドの体をわしゃわしゃと触ってチェックしてみたが、怪我はなくてモフモフだった。

 よかった……!


「団長、魔物よりコハネにダメージを食らったんじゃないか?」

「ええ!?」


 笑っているリックの言葉にびっくりしてエドを見る。

 すると、私がわしゃわしゃしたせいで、毛並みが乱れたエドが苦笑いをしていた。

 すみません……。


「コハネ、これで浄化は終わりなのか?」


 エドの質問に、乱れた毛並みを戻しながら答える。


「ほとんど終わりよ。よし、モフモフはこれでOK! じゃあ、浄化を仕上げちゃうね」


 そう言って聖樹に近づき、幹に触れて魔力を注ぎ込んだ。

 すると、聖樹は完全に機能を取り戻した。

 聖樹から瘴気を中和する優しい光が放たれている。


「……うん。もう大丈夫ね」


 これで王都周辺に魔物が現れることはなくなるだろう。


 王都の人たちも聖樹が放つ光を見て、浄化が完了したことが分かったのだろう。

 遠くで歓声が上がっているのが聞こえた。


 ああ、これで一段落だ。

 王都で儀式ができなかったことは心残りだったが、これで自分の中でも一区切りつけられそうだ。

 あ、でも、ダイアナが聖女じゃなかったのなら、小さな聖樹の方も浄化をしなければいけないな。


「……うん?」


 色々と考えていた私の目の前に、突如光が現れた。


「何これ?」


 光りは縦に伸び、長い棒のような光になった。

 優しくて暖かい光で、無意識にそれに手が伸びる。


「コハネ!? 触って大丈夫なの?」


 みんなは謎の光を警戒しているようだ。

 でも、多分大丈夫。

 だって、とても綺麗な気配がするし、きっとこれは私が受け取らなければいけないものだ。


 それにそっと触れると、握ることができた。

 すると、光は消え……掴んでいたものが落ちそうになったので、慌てて両手で支えた。重い!


「何これ……剣?」


 私が掴んでいたのは剣の柄だった。

 全体を見ると……それは金の柄に白い刀身の、大きくて立派な剣だ。


「あ! それ!」


 リュシーの声にふり向くと、みんなが驚いていた。どうしたの?


「それは……昔の俺の剣だ」

「え? エドの?」

「ああ」


 どうしてエドの剣が突然現れたのだろう?

 そう思い、剣を見ていたら……綺麗な気配の正体に気がついた。


「エド。この剣、解呪の魔法が込められているよ。聖女の力だから、テレーゼ様がやったんだと思う」

「…………?」


 エドは意味が分からないのか、きょとんとしている。

 みんなも同じような様子だ。


「でも、テレーゼ様の解呪では、僕たちの呪いは解けないんじゃ……」

「そうね。でも、どうしても解きたかったんじゃないかな。……エドにかかった呪いを」


 私がまっすぐエドを見ると、みんなの視線もエドに集中した。


「自分では呪いを解くことができなかったから、次代の聖女たちに託したかったのかも……」


 だから、聖女が必ず関わることになる聖樹に隠したんじゃないかな。

 エドを元に戻せる力を持つ者が浄化すると、このエドの剣が現れるように手配して……。

 先代の聖女たちの前にも現れたのかどうかは分からないが、これは『私』に託されたような気がした。

 だから――。


「私、エドの呪いを解くよ」

「…………」


 エドから返事はない。

 戸惑っているのが分かる。

 でも、今は実行したい。


 テレーゼ様には、『自分の過ちから目を背けたいから、エドと離れたい』という気持ちと、『エドのことが好きだから、元の姿に戻って欲しい』という気持ちの両方があったのだと思う。

 時が経つにつれて、後者の方が強くなったのかもしれない。

 でも、時が立てば経つ程、会わせる顔がなくて、会いに行くことができなくなっていた――。

 すべては私の想像でしかないけれど、悲しくて苦しいだけの別れじゃなくて、せつなくはあるが、テレーゼ様にエドを思う気持ちがあったと思いたい。


 私とテレーゼ様のエゴかもしれないけれど、この剣に込められて願いを叶えて、エドには元の姿に戻って欲しい。


「エド、いいよね?」


 改めて尋ねると、エドは首を縦に振った。


「ああ。……頼む」


 私は笑顔で頷くと、剣に宿った力を解放した。

 私とテレーゼ様の解呪で、エドの呪いを解いていく――。


 テレーゼ様の力は、澄んでいてとても強かった。

 こんなに凄い力なのに解呪ができなかったのは、やはりエドたちと共に魔獣と戦ったテレーゼ様も呪いを受けていたのかもしれない。


 そして、誰よりも根深かったエドの呪いは、あっさりと消えてなくなった。

 大きな獣のシルエットが小さくなっていく――。


「エド……」


 現れたのは、輝くような金色の髪に蒼い瞳の騎士。

 白銀の鎧に白のマント。

 聖域に入った時に見た彼、そのままの姿だった。


 ずっと、本当のエドに会いたかった……やっと会えた……!

 青い瞳と目が合うと、胸がいっぱいになって涙が込み上げてきた。


「エド……!」

「コハネ」


 名前を呼ぶと、綺麗な笑顔を見せてくれた。


「団長……」

「……やっと戻りましたね」

「これで揃ったね!」

「ああ……」


 みんなも久しぶりに見るエドの姿に感極まっている。

 エドも自分の手を見て、元の姿に戻ったことを理解したようだった。


「エド、これ……」


 テレーゼ様の解呪の力は使ってしまったけれど、気持ちが篭もっている剣をエドに渡す。

 エドはしばらく剣を見ていたが、私を見ると再び微笑んだ。


「ありがとう。コハネ。呪いと……テレーゼのことも」

「……うん……よかった……!」

「…………。……ようやく彼女の笑顔を思い出すことができた」


 少しの沈黙の間に、エドにどんな想いが駆け巡ったのかは分からないが、今は晴れやかな表情だ。


 テレーゼ様が剣に込めた想いは伝わったのだろう。

 残念ながらテレーゼ様はもうこの世にはいないけれど、それでもどこかで微笑んでくれたような気がした。


「……わあ!?」


 よかったあ、と気を抜いた瞬間、私の体が宙に浮いた。


「何!?」

「背中に乗せるのもいいが、手があると、こういうことができていい」


 気がつけば、エドに「高い高い」をするように持ち上げられていた。


「…………っ!?」


 抗議をしようと見下ろすと、エドに笑顔を向けられてどきりとした。

 ま、まぶしいっ! 

 なんという恐ろしい顔面偏差値をたたき出しているの!

 心臓が持たないよ!


 それに……高い! 降ろして! くるりと回らないで!

 色んな意味でどきどきしちゃう!

 もしかしてエド、元の姿に戻れてテンション上がっています!?


「えー団長いいな。僕もしたい!」

「おれも!」

「順番で……」

「断る!」


 みんな、私のことおもちゃだと思ってます?

 エドが笑っているからいいけれど……ほどほどにしてね!?


「やはりコハネは軽いな」

「羽根のように……って言わせたいんでしょう! もう言わないから!」


 前にスベらせたこと、私は忘れてないからね!

 口を尖らせると、みんなに笑われてしまった。


「しかし……団長は空気を読みませんね」

「?」


 パトリスの言葉を聞いて、私を降ろしたエドが首を傾げた。


「あー……そうですね」

「一人だけ格好良く正装でビシッとキメてますよね~。ずるいなあ」


 リックとリュシーの言葉にクレールも頷いた。

 この格好、騎士の正装なのね

 エドがこの姿になったのは、テレーゼ様が強く意識していたエドの姿だからなのかもしれない。


「…………っ!」


 思案していたエドだったが、何かに思い至ったようだ。

 真面目な顔でマントを捨て、鎧を外し、中の服も…………って!


「脱がなくていいから!!!!」

「え? いいのか?」

「団長のは見なくていいの?」

「いいの!」


 まだ私が欲しがっていると思っているの? 違うから!

 顔を赤くして怒る私をみんなが笑う。

 ……まったく、みんなでからかわないでよね!


 でも、あんなに魔物がたくさんいたのに誰も怪我をせず、こうして笑っていられてよかった。




「どうしよう。聖域にもどる?」


 落ち着いたところで、みんなが私を見た。


「そうしたいところだけれど……ダイアナの話を聞きに行きましょう」


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