30

 聖樹の状態を近くで見ると、目を背けたくなるよう有り様になっていた。

 まったく聖樹として機能していないようだ。

 中和できなかった瘴気がそのまま漂っている。

 ダイアナの浄化はまったく意味がなかったの?

 むしろ悪化しているように見える……。


「コハネ、俺も魔物を倒してくる」


 エドが魔物を倒しているみんなのもとへ駆けて行く。

 進むついでに近くの魔物をごっそりと倒して行っているし……すごいな。

 他のみんなも、バテるどころか魔物を倒す勢いがどんどん増している。

 頼りになりすぎです!


 国の騎士たちはみんなに圧倒されて、行動を決めかねている。

 そんな彼らに向けてアーロン様が叫んだ。


「彼らはかつて、魔獣から王都を守った伝説の騎士たちだ! 彼らに続け! 王都を守りきるぞ!」


 オオオオッ!!!! という国の騎士たちの声が広場に響く。

 アーロン様の言葉に騎士たちは奮い立ち、魔物へと向かっていった。

 エドやみんなの勢いには敵わないが、彼らは着実に魔物を倒している。

 これなら魔物が王都内部へ侵入することはなさそうだ。


 ちらりとアーロン様の顔を見る。

 聖域に引き篭もってからは、私の知っていた立派なアーロン様は幻想だったのだと思っていた。

 だから、こんな凜々しい横顔が嘘のようだ。

 私の視線に気づいたのか、アーロン様がこちらを見た。


「コハネ……すまない。来てくれて――」

「話は後! 浄化するから!」


 ついチラ見をしてしまったが、おしゃべりはあとだ。

 あとからでも話をするとは限らないけどね!


「コハネ様!」

「え? わあ!?」


 浄化に取りかかろうとする私に、ダイアナが飛びついてきた。


「来てくださってありがとうございます!」


 そう言って私の手をぎゅっと握る。

 嫌な気配と、ダイアナに手を握られているという事実にゾワッと鳥肌が立った。

 なんなの!? どうしてこのタイミングで握手!?


 アーロン様やウエストリーの騎士が、慌てて私からダイアナを引き剥がそうとしたが、ダイアナは彼らに負けない強い力で私の手を握り、離そうとしなかった。

 なんだかこわいし気持ち悪い!


「なんなの!? 邪魔しないで!」

「……邪魔なのはあなたよ!」


 ダイアナはそう叫び、私の手を離した。

 そして得意気な表情を見せたかと思うと、何かを起こすようなアクションをしたが…………何も起こらない。

 魔法でも使ったのかと思ったけれど、何だったの?

 本当に何がしたいの!?


「何で……なんでなんでなんで!! どうしてできないのよ!! 何も起こらないのよ!! 今できなきゃ……!!」

「できないって、何が?」

「!」


 急にヒステリーを起こしたダイアナに、率直に思ったことを尋ねる。

 するとダイアナは「しまった」という顔をした。


「はははっ」

「……セイン?」


 セインが不気味に笑い出してギョッとした。気持ち悪いのですが!


「コハネの能力を複製できなかったか?」

「!!!!」


 ダイアナが飛び跳ねそうなほど驚いている。


「複製? セイン、どういうこと?」

「ダイアナの固有魔法は、『魔法の複製』だ」

「ど、どうしてそれを!!!!」


 あれ? ダイアナって、聖女だから固有魔法はないと聞いていたけれど?

 他人の固有魔法の複製?

 言葉通りの意味で受け取ると、人の固有魔法をコピーして使えるようになるってこと?

 え? それってもしかして……!


「目の前で使ってくれて助かった。おかげでいい証拠がとれた」

「しょ、証拠って……!」


 真っ青な顔をしているダイアナに、セインが清々しい笑顔を見せた。

 セインがにっこり笑うなんて怖い!


「……見苦しい。俺もそちら側だということが情けない」


 アーロン様が何か呟いた。その声に反応したダイアナがアーロン様に縋り付いていく。


「アーロン様! コハネが! すべてコハネの陰謀なのです! 私は悪くないわ!」

「いい加減にしろ!!!!」

「!」


 怒声に驚いたダイアナがアーロン様から離れた。

 私もびっくりした。

 アーロン様がこんな怒鳴り方をするなんて……。

 私を断罪するように追い詰めてきたときも、こんな怒鳴り方はしなかった。


「……詳しいことはあとだ。ダイアナをしっかり拘束しておけ」


 アーロン様の指示に従い、ウエストリーの騎士がダイアナ拘束した。

 たしかに今はダイアナに構っている暇はない。

 聞きたいことは山ほどあるが、今は浄化が最優先だ。


 正面に聳える聖樹を見据える。

 これはかなり気合を入れて浄化しないといけない。


 浄化の作業は、フィルターの掃除に似ている。

 聖樹に溜まった瘴気を魔力で洗い流すようなイメージだ。

 意識を集中させると、聖樹の状態がより詳細に見えてきた。

 ……聖樹が苦しそうだ。

 このままでは枯れてしまう。


「私も頑張るから、あともう少し踏ん張ってね」


 聖魔法をかけると、聖樹を温かな白い光が包んだ。


 ――いつもどおりじゃだめ……もっと!


 思いきり魔力を込めると、白い光の外側に金色の光りの層が現れた。


 すると、聖樹の中にびっしりと詰まっていた瘴気が、みるみる量を減らしていった。

 上手くいっている!

 今までの浄化よりも大変なことをしているのに、なぜかそれほど負担がない。

 みんなの解呪をして、聖女として成長していたのかも!


「わあ……」

「すごい!」

「これが本物の浄化か……」


 方々から感嘆の声があがっている。

 私もこの幻想的な景色を楽しみたいところだけれど、浄化はまだまだこれからだ。

 魔力を流し続け、どんどん瘴気を減らす。


「見ろ! 聖樹の葉にみずみずしさが戻って来た……!」


 誰かが叫ぶと、すぐに喜びの声が溢れた。

 枯れ落ちそうだった葉も、時間を巻き戻しているように青々とし、幹も力強さを取り戻していく――。


 そして、聖樹が徐々に機能を取り戻していくのを感じた。


「あ! 黒いのが……瘴気が減り始めた!」

「わあああっ!!」


 歓声を聞きながら、ひとまずホッとした。

 聖樹の機能が正常化していき、中和を始めたようだ。

 浄化の光りではない、聖樹自身が放つ魔力の光も目に見えるようになってきた。

 ……いい調子だ!


 浄化を進めながら、聖樹の中和も補助する聖魔法も放つ。

 今まで使ったことがない即興で作った聖魔法だが、上手くいく確信がある!


 だって、みんなが力を貸してくれている。

 浄化を成功させるため、『一緒に戦っているんだ』と思うと、勇気も力も湧いてくる!


「あ! 聖樹の上に……!」


 見守っていた人達の目が一斉に聖樹上空へ向かう。

 そこには、白く輝く強大な魔法陣が現れていた。

 私の中和補助の魔法だ。

 ちゃんと効果はあるようで、視認できていた黒い瘴気もみるみる消えていく。


「きれい……」


 ダイアナがぽつりと呟いた。


 ふと、ダイアナは今どんな気持ちで見ているのだろうと気になったけれど、聞く必要のないことだ。

 すぐに頭を切り換え、浄化を完成させていく。


 浄化は思っていたよりも順調に進んでいる。

 このまま終わらせることができそうだと思っていた。

 だが……。


「あ……消えない瘴気がある」


 なんとか消そうと試みるが、上手くいかない。

 試行錯誤しているうちに気がついた。


「瘴気じゃなくて、魔物がいるんだわ」


 普通の魔物とは違う禍々しい気配だ。

 これは直接倒してしまわないと……。

 私の浄化では処理できない。

 浄化を中断し、魔物と戦っているエドに向けて叫んだ。


「エド! 聖樹に魔物がいるの! 今まで出てきた魔物とは比べものにならないくらい強いわ!」


「分かった! ここはもう大丈夫だ! 国の騎士たちに任せて俺達が向かう!」

「私も連れて行って!」

「コハネはここにいた方がいい!」

「聖樹の近くに行きたいの! 行かなきゃいけない気がするの!」


 足手まといになるかもしれないが、私は聖樹のそばにいるべきだと何かが訴えてくる。

 エドは少し迷っていたようだが、こちらに駆け寄ると私を背に乗せた。

 行こうとしたところで、アーロン様が声をかけてきた。


「コハネ、気をつけろよ。本来、お前を守らなければいけないのは俺だったが……」

「…………」


 理解不能なダイアナとは違い、アーロン様は私に対しての行動を悔いているようだけれど……どう反応すれば分からない。

 返事もせず、そのまま向かおうとすると、アーロン様はエドに声をかけた。


「コハネを頼みます」

「……頼まれなくても。それに俺は、コハネを『守らなければいけない』とは思わない。守りたいから守るんだ」


 そう言うと、エドは聖樹へ向かって駆けだした。


「急ぐ。落ちないようにしっかり掴まっていろ」

「うん!」


 ……エドの言葉が嬉しかった。

 落とされないようにしがみつくフリをして、エドにギュッと抱きつく。

 私を守るのは、『騎士としての義務じゃない』と言ってくれたように聞こえた。

 ――大切に思ってくれているからこそ守ると。


「コハネ!」


 リュシーの声と、馬の蹄の音が近づいてくる。

 みんなが馬をかりて追いかけて来たようだ。


「団長、おれたちのこと置いて行かないでくださいよ! 早いですって!」


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