29

 ◆




 城に入ってきた商人が私の顔を指さした。


「あんた疑惑の聖女様じゃないか!」

「本当だっ!!」


 周りにいた商人たちも騒ぎ始め、私に詰め寄ってきた。

 誰が『疑惑の聖女』だ。

 くだらない新聞に毒されているが、『聖女として扱われるべき』なのは私だ!


「あんた、王都の魔物なんとかしてくれよ!」

「魔物なんて知らないわ! どうして私が……!」

「オレたちは王都で商売してんだ! でも、あんたのせいで作物が育たなくて、まともな仕入れができないじゃないか!」

「だから! 私は関係ないわよ!」


 コハネから複製した魔法のせいで、農家を使って好感度アップには失敗したかもしれないけれど、作物が育たないことに私は関係ない。


「あんたがちゃんと聖樹の浄化ができていないから、瘴気の影響で作物が育たなくなったって噂だ!」

「何のための浄化の儀式だったんだ! あんなに派手にやったくせに、ただの見世物だったのか!」

「なんですって……! 作物が育たないのは瘴気の影響だなんて、誰がそんなデタラメ――」

「事実のようだよ」


 背後から声が聞こえた。

 口を挟んでくるなんてどいつだ! と振り返る。

 するとそこにいたのは、近い将来にこの国で最も上の地位に立つ人だった。


「メレディス様!?」

「お、王太子様……!」


 怒りに任せた態度で振り返ってしまったことに焦る。

 メレディス様の後ろには、アーロン様やセイン様もいた。

 商人たちも慌て、すぐに跪いた。


「ああ、普通にしていて。非常事態だしね」


 メレディス様はすぐに騎士を呼び、商人たちを安全な場所へ避難させた。

 あんな奴らを、わざわざ城でかくまってあげるようだ。


 そしてこの場所には、メレディス様とアーロン様、そしてセイン様と数人に騎士が残った。

 みんなの私を見る視線が冷たいように思うのは気のせいだろうか。

 どうしてアーロン様までそちらにいるだろう。


 アーロン様に救いを求めるように手を伸ばしたけれど、気づかなかったフリをするように顔をそらされた。

 どうしてそんな態度になったの?

 コハネが逃げてから、何もかもおかしくなった!


「王都とリノ村周辺の作物が育たない件だが、君に説明しても無意味だと思うが……」


 セイン様の表情は、いつも通りの陰気なものだが、棘のある言い方に思わずムッとする。


「瘴気が作物の成長に悪影響を及ぼすことは、元々疑われていたことだった。だが、検証できるほど聖樹が悪化したことがなかったため、仮説で終わっていたが……。今回は十分検証することができた。よかったな。君は歴史に悪名を残せるぞ」

「悪名!? 私は聖女よ!」

「まだそんなことを言えるんだ? すごいね」


 メレディス様が感心したように笑った。

 笑顔はとても素敵だけれど、さすがにいい気にはなれない。

 みんなで私を馬鹿にして、どうするつもりだ!


「各地の聖樹の状態も調べた。コハネが浄化した聖樹の周辺は瘴気がなく、聖樹から特殊な魔力が溢れていた。その魔力が作物にも人にもよい影響を与えている」

「特殊な魔力……。人にも?」

「ああ。精神的に前向きになれたり、体の不調が整ったりと、人の活動が活発になる傾向がある。君が浄化したところは全て、その逆だ」

「そんなの、適当に調べたんでしょう! 信じないわ!」


 声を荒げる私に、メレディス様が再び微笑んだ。


「とにかく、あなたには聖樹の元へ行ってもらうからね。本物の聖女様に来ていただくまでの繋くらいには……なってもらわないと困るな」

「…………っ」


 笑顔なのに笑っていない目を見て背筋が凍った。

 メレディス様はアーロン様よりも線が細いのに、アーロン様よりも迫力がある……。

 これが上立つ人の覇気なのか。


「アーロン、連れていけ。……これはお前の選択の結果だ」

「……はい」

「残念だよ。お前なら良い王になれたはずなのに」

「王?」


 アーロン様が首を傾げている。

 私も同じように疑問を感じた。


「王族として、最後の務めを果たせ」


 最後……とはどういうことだろう。

 まるでアーロン様が王族ではなくなってしまうような言い方だ。

 困惑しているうちに、メレディス様は城の奥へと戻って行った。


「あの方は、あなたに王位を譲るおつもりだったそうですよ」


 メレディス様の姿が見えなくなったあと、セイン様が呟いた。

 そんなまさか……王太子はメレディス様なのよ!?


「馬鹿な! 兄上の方が何においても優秀で、俺は……」

「確かに、あの方はとても優秀だ。すべてを一人でこなしてしまう。だからこそ、あなたの方が王に相応しいと思ったそうです」

「どういうことだ?」

「欠点があるからこそ、あなたは人の意見を聞くことができた。それはあの方にはない才能で、今のこの国の王に必要なものだと……。だから、自分は影で支えられるように表舞台から退き、あなたが王となる土台を整えていたようです。……すべて無駄になってしまいましたが」

「そんな……まさか……兄上が……」


 アーロン様はセイン様の話を信じられないようだ。


「聖女と共に浄化の旅に出て、使命を果たして帰還したあなたが、正しい選択をしていれば……あの方が望む王になれていたでしょうね」


 残念そうにそう零すセイン様の表情を見て、この話は本当なのだと思った。

 だとしたら……。


「私、王妃になれたかもしれないの!?」


 上手く聖女をやりきれば、まだ王妃になる可能性はあるかもしれない。

 私は浮かれそうになったが、セイン様の表情を見て凍りついた。

 今まで言葉は辛辣でも、表情をあまり変えなかったセイン様が、怒りを隠さないまま私を見ていた。


「黙れ」

「…………っ」


 何か言ってやりたいが、恐怖で何も言えなかった。


「……行くぞ」


 歩き出したアーロン様にセイン様はついて行った。

 私も騎士たちに促され、歩いて行く。

 ……ああ、気に入らないことばかりだわ。




 私は馬車ではなく、騎士が手綱を握る馬に乗せられた。

 手綱を握っているのはあの田舎騎士だ。

 こんな奴とくっつかないといけないなんて最悪だ。


「あなた、私のことを新聞社に言ったでしょう」

「…………」

「ねえ。馬車にしてよ」

「馬車は小回りが利きません。魔物に襲われて、逃げられなくてもいいならどうぞ」

「……チッ」


 我慢するしかないようで、思わず舌打ちをした。

 そうだとしても、どうしてアーロン様の馬に乗せてくれないのよ。


 王都の中を駆け抜け、浄化の儀式をした場所に向かっている。

 普段は人で溢れている王都がもぬけの殻だ。

 でも、人はいないわけではなく、みんな建物の中に避難しているらしい。

 今、王都中を走り回っている魔物は弱いため、戸締りをしていれば大丈夫なのだそうだ。

 各自避難している間、騎士たちが討伐していて、沈静化しているという。


 建物や田畑に被害はあるようだけれど、人に被害は出ていないようだし……。

 なんだ、たいしたことないじゃない。


「コハネは来てくれるのか」


 一人で馬に乗り、少し前を行くアーロン様がセイン様に聞いた。

 セイン様も一人で馬に乗り、私たちに並走している。


「蝶を飛ばして連絡をとっているところです」


 コハネは来るかな。

 来たら聖樹の浄化をさせたあと、私がやったことにできないかしら。

 このままだと私は偽物の聖女になってしまう。

 また奪うか、それが無理なら逃げるしかないかも……。


 少しすると、進行方向に魔物と戦っている騎士たちの姿が見えた。

 回避しなくていいの? と思っているうちに騎士たちは魔物を倒し終えた。

 このまま進んでもよさそうだ。


「よくやった。聖樹が戻るまでは警戒してくれ。引き続き頼む」

「はい!」


 騎士たちに一声かけ、労いながら横を通ったのだが……。


「…………」


 無言で私を見る、彼らの目が気に入らない。

 下っ端騎士のくせに、生意気な目で私を睨んできた!


「ねえ、アーロン様。王都は魔物がいっぱいいますし、二人で他のところに避難しませんか?」

「お前は……! よくそんなことが言えるな!」


 話しかけた私に、アーロン様が顔を赤くして怒った。

 怒鳴りたいようだが言葉を飲み込み、私を無視するように前を見た。

 ちょっと話しかけただけで、そんなに怒ることないじゃない!


「痛っ……!?」


 突然何かが飛んできて、私にぶつかった。

 これは……たまご?

 ぐちゃっと崩れたたまごの殻や中身が服について気持ち悪い。

 こんなことをする奴、許せない!


「偽物聖女! お前のせいで、こんなことになったんだぞ……!」

「俺達を騙しやがって!」


 怒鳴ってやろうと思ったのに、向こうの方から叫んできた。

 声の主たちは避難している建物の二階にいるようだ。


「あなた! 私の騎士でしょう! 今叫んでいる無礼な奴を捕まえて!」


 手綱を握る田舎騎士に命令をする。

 よく見ると、この騎士にもたまごが当たっているようだし、捕まえてくる役目を与えられて喜ぶだろう。


「あの者が言っていることは事実です。捕まえる理由がありません」

「はあ!? 何を言っているのよ! あんなの言いがかりでしょう! それにあなたもたまごをぶつけられたのだから、怒ればいいでしょう!」

「これは……恩を仇で返してしまった俺の自業自得です」

「何それ、わけが分からない!」


 そんな話をしている間に馬は進み、失礼な奴の姿は見えなくなってしまった。

 だが、ときおり建物から人が姿を現しては、私に暴言を浴びせていく。


 どうしてこんな目に……!

 王都の奴らなんて、絶対に助けてやらない!




 人の出がない王都を駆け抜け、あっという間に浄化の場に来た。

 時間的には短かったが、私にはつらく長い時間だった。


 私にとってここは、聖女として人々の注目を浴びた輝かしい舞台だった。

 それなのに、こんな最低な気持ちで、再び浄化をするためにやって来ることになるなんて……。


 ここは王都の中ではあるが、聖樹が目の前に大きく見える。

 広場になっていて、周囲には商店や民家が立ち並ぶ。


 誰もいないが、多くの視線を感じる。

 きっと建物の中からこちらを見ているのだろう。

 監視されているようで嫌な感じだ。


「アーロン様、王都に入り込んだ魔物は倒しました」


 駆けつけてきた騎士がアーロン様に報告をしている。

 なんだ、倒すことができたのなら、やはりたいしたことなかったじゃない。


「よし、ご苦労だった。……ダイアナ、浄化を」

「したくないわ。王都の人たち、ひどいんだもの」

「やれ。これは命令だ」

「!」


 アーロン様の表情には、ひとかけらも優しさはなかった。


「…………っ! やればいいんでしょう!」


 ……やらなければ罰を与えられるかも。

 そう思い、もう何度もやることになってしまった浄化を、再度実行する。


 聖樹を見ると、黒い霧のようなものが見えた。

 あれは瘴気だろう。

 目に見える状態になっているなんて……。

 今までよりも難しい浄化になりそうだが、私は今までと同じことをやるしかない。


「ほら! これでいいんで……あっ」


 聖樹に良い変化が見えたと思ったのだが、すぐに浄化前の状態に戻ってしまった。

 アーロン様やセイン様、騎士たちの冷たい視線が私に突き刺さる。


「何度もやれば……! 前だってそうだったし!」


 そうよ、リノ村でも浄化を続けていたら、しばらく浄化の状態が続いたもの!

 何度も何度も、重ねるようにかけていくが……。


「ど、どうして元に戻るの!?」


 私が浄化をかけても、まったく効果がなくなってしまった。

 それどことか、聖樹周辺の瘴気が一層濃くなってしまった。

 呆然としていると、聖樹の方から騎士が駆けてきた。


「アーロン様! 新たな魔物です! 聖樹の方から、今までよりも強い魔物たちがこちらに向かっています!」

「!」


 場に緊張が走る。

 私も思わず固まった。

 ここは聖樹の目の前だ。

 すぐに魔物が来ちゃうじゃない!

 焦る私の耳に、アーロン様の信じられない言葉が聞こえた。


「迎え撃つ! ここで食い止めるぞ!」

「危ないわ! 逃げましょうよ!」

「駄目だ。お前は浄化を続けろ!」

「そんな……!」


 一人で逃げようかと思ったけれど、セイン様や騎士たちもいるし、逃がしてはくれないだろう。

 だったらちゃんと守ってよ!?

 やけになりつつ、再び浄化をしようと思ったが、目の前の光景に目を見開いた。


「何あれ……」


 今まで王都を暴れまわっていたのはウサギやネズミのような、動物に近い魔物だ。

 それでも凶暴で、一般人は逃げるしかなかった。


「に、逃げよう……!」


 今押し寄せて来ている魔物たちは、もっと恐れられている魔物たちだった。

 コボルトやゴブリン、スライムや、空にはハーピーまで飛んでいる。

 他にもオークやリザードマンなどの強い魔物もいるし、これまでは軽い怪我で済んでいた騎士たちも無事では済まないだろう。


「ああ、ああああっ!」


 魔物たちが迫ってきた。

 恐怖で体が震える。

 少し先の方で、すでに騎士たちが戦い始めたが、魔物の勢いに押されている。

 このままではまた王都の中に魔物が溢れてしまう!

 私たちも危険だ。

 アーロン様ももう私を守ってくれるか分からないし、逃げないと……!

 騎士たちももう私にかまっていられないだろうし、逃げるなら今だと思った、そのとき――。


「……来たな」


 セイン様が微笑み、呟いた。




「何だかすごく親近感が湧くのばっかりいるねえ」

「ぷよんぷよんのリュシアンのお友達は蹴り飛ばそうかな。よく飛びそうだ」

「おい、はしゃぐな。一匹も取りこぼすなよ」

「あなたたち、随分余裕ですね。では、地上は任せて、私は私のお友達を狩りましょうか」


 目前まで迫ってきていた魔物たちを凄まじいスピードで減らしていくのは、この国の騎士たちではない、突如現れた男たちだ。

 どうなっているの!?


「あ、あなたたちは……!」


 よく見ると気がついた。

 彼らは聖域にいた、いい男たちだ。

 知らない顔もいる……また増えているじゃない!


 男たちは聖樹の方から進行してくる魔物たちを意気揚々と狩り続けている。

 すごい……一匹も逃がしていない。

 完全に王都に出回るのを防いでいる。

 国の騎士達もあっけに取られている。


 そして――。

 私たちの目の前には、金色のフェンリルが現れた。


「ひいいいいっ!」


 驚きで腰を抜かしてしまう。

 でも、このフェンリルも見覚えが……。


「聖樹があんな状態になるなんて、どうなっているの! すぐに浄化するわよ!」


 その背中にいたのは、私が嫌いな黒髪の女だった。

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