28
「エドが逃げた? もしかして、解呪されないように?」
「私はそう思います。対面して頼まれると断れませんから。会わないのが一番だと考えたのでは?」
「そ、そんな……」
子供かー!
あのエドが「嫌だから逃げる!」なんて子供のようなことをするとは考えたくない。
昨日、「墓参りは一緒にしよう」と言ったことで、追い詰めてしまったのだろうか。
どちらにしても、エドを見つけて話をするしかない。
「私、かくれんぼは得意なの! 絶対見つからない自信がある!」
「……それは隠れる方の自信ですね? 何の自慢にもならないのでは?」
「とにかく! かくれんぼは好きだから見つけられる気がするの! 探してくるね」
「分かりました。我々も探しますので、見つけたらとっ捕まえてご連絡します」
「うん! お願いね」
パトリスの笑顔を見ていると、「パトリスには捕まらない方が身のためだよ!」とエドに教えてあげたくなった。
早く私に見つかった方がいいよ!
改めて探し始めたが、もう目ぼしいところは捜索済みだ。
ウロウロしながら探しているけれど、エドを見つけることはできない。
でも、なんとなく近くにいる気がする。
もしかして、私を見ている? 付いて来ている?
周囲を見渡してみるが、やはりエドの姿はない。
なんとなく足が向かって辿りついていたのは、リュシーの解呪の場となった池だった。
池を見ていると思い出した。
漫画で見た、「探し人をあぶり出す方法」を――。
勇気が必要だが、こうなったらやるしかない。
「アア、足がすべったああっ!」
少しわざとらしくなってしまったが、転んでぼちゃんと池に落ちる――というところで、体が浮いた。
「……コハネ、何をしているんだ」
「エド! 落ちる前に来てくれてありがとう! そして捕まえた!」
捕獲に成功。ありがとう、漫画!
逃げられないようにエドの体に飛びついた。
エドはあたふたと戸惑っていたが、逃げられないと観念したようで、大きなため息をついた。
「逃げないから離してくれ」
「本当に?」
「ああ」
信用して体を話す。
まだ逃げるかも? と少し疑ってしまったけれど、エドはその場に腰を下ろした。
ちゃんと逃げずに話してくれるようだ。
「どうして逃げたの? 解呪されたくないから?」
「……頭の整理をしていた。まだ解呪してもらうわけにはいかない」
ということは、解呪を受け入れる気持ちが少しは出て来たのかな?
「どういうことを考えていたの?」
「…………」
私の質問にエドは黙ってしまった。
あまりスラスラ話せるような内容ではないのだろう。
静かにエドが話し出すのを待つ。
しばらくすると、エドは意を決したように話し始めた。
「……パトリスが元の姿に戻ることができたのは、彼自身の力もあるんじゃないのか?」
「えっ」
思わず驚いてしまった私の反応を見て、エドは自分の予想が当たったと分かったようだ。
「コハネは段階的にしか解呪できないと言っていたから、長年研究していた者が手を貸したのではないか、と思ったんだ」
「貸した、というか……一人でやっちゃったよ?」
「! それは凄いな。それならやはり、彼はテレーゼの犯した罪についても気づいているのだろう」
「え……」
どうして分かったのだろう。
私が思うことはすべて顔に出てしまうようで、エドが苦笑いで答えてくれた。
「俺はリュシアンの呪いを引き受けることができただろう? それはテレーゼの『元の世界に戻るための研究』を見ていたからなんだ。異世界に接触するための魔法は、魔獣の呪いと共通している部分がある。あれを見ていないと、魔獣の呪いについて、理解するのは難しい。だから、解呪を理解できたパトリスも、あのテレーゼの研究を見ていたのではないかと……」
なるほど。エドは、パトリスが解呪に関わったことを察知して、テレーゼ様の研究を知っている――つまり、すべてを知られていると悟った、ということか。
それで戸惑ってしまい、考える時間が欲しかったのだろう。
そういうことなら納得できる。
子供かー! と思ってごめんなさい。
「パトリスね、全部知っているよ」
私はパトリスから聞いた話をエドに伝えた。
テレーゼ様がしてしまったこと、それをエドが知っているということ。
知っていたけれど、エドのことを考えて告発できなかったことも――。
「……そうか。あいつは勘が鋭いし、そうかもしれないと思うことは時々あったんだ。……苦しい思いをさせてしまって申し訳ない」
「テレーゼ様とは話し合わなかったの? ちゃんと責任をとるように言えなかったの?」
「…………」
私の質問にエドは言葉を詰まらせた。
しばらく黙っていたが、口を開くとテレーゼ様について話始めた。
「知っていると思うが、テレーゼは君と同じ異世界人だった」
名前から考えると、外国の人かな。
もしかしたら、私とは違う世界の人かもしれない。
「彼女は強く、美しい人だった。国の都合で召喚されたことには強い憤りを示していたが、聖樹の浄化には協力的だった。自分にしかできないことで、救える人がいるなら『やるしかない』と。それ相応のものは求めて来たがな」
その時のテレーゼ様を思い出しているのか、エドが優しい目で笑う。
「相応のもの?」
「ああ。まず、召喚されたことによる不利益の賠償。そして、この国で過ごしていく上での保証。あとは浄化の旅に対する褒賞」
「しっかりしている女性だったのね」
ただただ反発するしかできなかった私とは大違いだ。
「そうだな。自分の意見を理路整然と話し、納得できないことには、絶対に首を縦に振らない。芯の強い女性だった。正義感も強く、弱者のためによく尽力してくれた。聖女に相応しい人だった」
本当に立派な人だったのだろうと思う。
エドにこんな風に言って貰えるなんて羨ましい。
「そんな彼女を守ることが、俺の誇りだった。だが……。当時の俺は未熟で、自分のことで精一杯だった。立派な聖女の騎士になろうと必死で、彼女のことを見ていなかった。彼女が抱えていた孤独や寂しさに気づくことができなかった。そして……彼女は自分の世界へ帰るために、異世界の扉を開いてしまったんだ」
エドの後悔が伝わってくる。
これだけ長い時間が経っても、消えることのない後悔を抱えているなんて、とても苦しいだろう。
「魔獣を倒した後、俺はテレーゼに全てを告白するように言ったんだ」
「え? 言ったの?」
「ああ。然るべきところに申し出て、共に償おう、と。だが……」
言葉を詰まらせたエドは苦しそうだ。
「無理に話さなくてもいいよ」と伝えたが、エドは首を振って話を再開した。
「その時の彼女は、責任をとれるほどの精神状態じゃなかった。罪を告白すれば……彼女は生きることをやめてしまうだろうと思った」
「そんな……」
テレーゼ様は責任感が強いからこそ、犯した罪の大きさに耐えられず、心が壊れてしまったのかもしれない。
「コハネもそうだが……。テレーゼはこの国の召喚によって、生まれ育った世界での未来を奪われてしまった。『姉の結婚式に出たかった。歳をとっていく両親と一緒にいたかった。友達の子供に会いたかった。続きを読みたい本があった』そうやって泣き叫ぶ彼女を見ていると、この世界の都合でこんな運命を背負わされているテレーゼを、国に差し出すことはできなかった」
エドの声は泣いているように聞こえた。
私もエドのつらい想いや、聖女様の気持ちが分かって泣きたくなった。
「彼女を支えることができなかった俺が悪いんだ。俺がすべてを背負えたらよかったのだが……犠牲にしてしまった団員達には申し訳ない。もちろん、被害があった王都の人々にも……」
エドのせいじゃないと何度言っても、納得してくれないだろう。
どうすればエドは自分を責めなくなるのだろう。
私は何の力にもなれないの?
「テレーゼ様はみんなに居場所を与える振りをして、みんなをここに追いやったって聞いたけど……本当なの?」
「……そうだろうと思う。一番の理由は俺と離れたかったのだと思う」
「そんな……!」
愛し合って婚約した相手を、遠ざけたいなんて……悲しすぎるよ。
「この聖域で俺たちが暮らし始めた当初は、テレーゼも度々顔を見せた。でも、真実を知っている俺と会うと、段々様子がおかしくなっていった。俺を見て、自分の犯した罪を突き付けられるような想いがしたのかもしれない。彼女の力になれないなら、せめて気持ちが楽になるように離れた方がいい。そう思っていたが……。俺もテレーゼが来なくなって、どこか安心するようになっていた。俺とテレーゼの関係は、そうして終わったんだ」
ここに来てから泣いてばかりだから、泣かずにいようと我慢していたのに涙が零れてしまった。
悲しいくて苦しいよ。
エドとテレーゼ様が幸せになれる方法はなかったのかな。
時間を戻すことはできないから、もうどうすることもできないけれど、せめてテレーゼ様が安らかに眠っていて欲しい。
そしてエドは、もう自分を責めないで欲しい。
「どうしてみんなには話さないの?」
「言い訳しか言えない俺を、おそらく彼らは許してくれるだろう。でも、それでは駄目なんだ」
「……魔物のままでいた方が楽?」
「そうだな。罰を与えられた方が楽だ」
許されるべきではないと思っているから、戒めがあった方が救われるよね。
でも、それじゃだめなんだよ。
罰を望み続けるのも、逃げているだよ。
そういう想いを伝えようと思った、そのとき――。
「でも向き合わなければならないと思うようになった。黙っているのは、俺のエゴだと分かった。……コハネ、お前のおかげだ」
「………え? 私?」
突然話に私が出てきて驚いた。
「お前はつらい思いをしてこの森にやって来たが……お前の存在に、俺たちは救われた」
救われたのは私の方だ。
どういうことだろう? と、きょとんとしてしまう。
「何の罪もない部下たちが元の姿に戻ることができて、本当によかった。ありがとう」
「それは、私は聖女だから! 解呪はできたけど、特に何もしていないよ?」
焦ってそう言うと、エドは優しい目で笑った。
「君は俺たちと向き合ってくれたじゃないか」
「え?」
「コハネが来る前の俺たちは、希望なく過ごしていたんだ。テレーゼ以降の聖女様が度々聖域に足を踏み入れることはあったが、俺たちの呪いを解いてくれる聖女様はいなかった」
「そうなんだ? クレールから少し話を聞いたけれど……。誰も解呪しなかったの?」
「ああ。俺たちは自ら命を捨てることはしない。でも、いつまで魔物の姿で生きて行けばいいのか……ただ息をして、絶望に耐えるだけのような日々だった」
今の楽しそうに過ごしているみんなからは想像できないけれど、確かにそういう日々があったのだと思うとつらい。
「明るいお前がいて、美味い食べ物と、人らしい生活が送れるようになって――。俺たちの心も、やっと健やかになれたと思う」
アーロン様に捨てられて、ダイアナにすべてを奪われたような私が、みんなの救いになれたなら本当に嬉しい。
涙がまた流れて来たけれど、今度は悲しみの涙じゃない。
「お前はテレーゼよりも頼りなく感じるのに、とても強い。しっかりと前を向いて生きていくということは、なんでもないことのようで難しい。まだ俺の姿を変える呪いは解けていないが、心の呪いを解いてくれたのはコハネだ。俺は一歩踏み出してみようと思う。……今まで話せなかったことを、みんなに話すよ」
「エド!」
私は思わずエドに飛びついた。
「コハネ、お前に出会えてよかった」
「私もエドに会えてよかった。みんなの……エドの力になれて嬉しい」
心がエドと分かり合えた喜びに満ちていたそのとき――、水を差すようなできごとが起こった。
「「!!!?」」
エドと同時に気が付いた。
温かな空気が一気に霧散する。
王都の方から禍々しい気配を感じ、冷たい汗が流れた。
「何なの……この強い瘴気……! 王都の近くには聖樹があるのに、どうして!?」
「おびただしい数の魔物の気配もある」
エドの声に頷いた。
「団長! コハネ!」
「パトリス! みんなも!」
みんなも王都の方の様子がおかしいことに気がついたようで、合流しよう駆けつけてくれた。
「あちらの様子がおかしいですね」
パトリスの言葉に頷く。
みんなが鋭い目で同じ方向を見つめている。
「聖樹に瘴気が溜まっているようなの。浄化が必要だわ。ダイアナが浄化したのに……」
「やはり、偽りの聖女だったのでしょう。まがい物の浄化では、瘴気を消すことができなかったのだと思います」
その通りだと思う。ダイアナは聖女じゃない。
だから……王都の聖樹をなんとかするには、私が行かないと……!
「コハネが行くなら、俺たちも行く」
「!」
聖樹の方をみつめる私に、エドが声をかけてくれた。
「テレーゼ騎士団改め、コハネ騎士団だね」
リュシーの言葉に、みんなが笑顔を返す。
「みんな……!」
みんなが一緒にいてくれるなら、私はどこまでも頑張れる。
「お願い! 私と一緒に来て!」
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