27

「本当に間抜けな女だわ」


 コハネから複製した、植物を生長させる魔法を使いながら心の中笑う。

 私は今、王都周辺の農家を救う活動をしている。


 リノ村近くの聖樹もまた浄化できていな状態に戻ってしまっていたが、コハネから再複製した浄化を使うと一度で浄化できた。

 さすがにもう魔物が出るようなことはないと思うし、ピンチを上手く切り抜けられたと思う。

 新たに複製したこの魔法のおかげで私の評判が更によくなっているし、順風満帆だ。


「聖女様、助けてくださってありがとうございます! 最近、何故か作物の育ちが悪くなって……本当に困っておりました」

「お力になれて嬉しいわ。ねえ、アーロン様」

「……ああ」


 一つだけ懸念があるとすれば、アーロン様のことだ。

 聖域から戻って、アーロン様は私を避けるようになっていた。

 でも、魔法で社会貢献する私について行くようにメレディス様に指示をされているので、こうして私と一緒に行動している。

 王太子様に一緒にいろと言われているのだから、国に認められているようなもの。

 万が一アーロン様が心変わりして私のことが好きじゃなくなっても、国の後押しがあればなんとかなるでしょう。

 メレディス様に取り入ってみてもいいかもしれない。

 何にしろ、聖女の私を国が手放すようなことはないだろう。


「聖女様、こんなものしかありませんが……」


 農家の嫁が、私に畑の作物を渡してきた。

 土を洗い流しただけの汚い野菜だ。

 お城で一流料理人が作ったものを食べている私にこんなものを渡すなんて、恥ずかしくないのかしら。

 受け取る気はないが、その場で捨てるわけにはいかないので適当なことを言って断る。


「ありがとう。でも、お気持ちだけで構わないのよ。大切な作物は、皆さんで召し上がってください」

「聖女様……!」


 いらないから断っているだけなのに、私の言葉に感激している様子の人達を見ていると、大笑いしそうになる。

 笑うなら気をつけて優雅に笑わないとね。


「あの、聖女様……」


 馬車に乗って去ろうとしている私に、どこかの農民が話しかけてきた。

 今いる農地の者ではないが、なんだか見覚えがある。


「昨日、聖女様のお世話になりました。私の畑に魔法をかけていただいたのですが……」


 そこまで言われて思い出す。

 たしかこの近くの農家だったはずだ。

 近所だから、またお礼を言いに来たのだろう。


「ああ。当たり前のことをしているだけですので。そんなに感謝されるようなことでは……」

「あの、違うんです! それが、その……魔法をかけてもらう前の状態に戻ってしまって……」

「はあ?」


 おっといけない、思わず顔を顰めてしまった。

 農家の男が驚いたような顔をしたが、構わず話す。


「私が魔法をかけたあと、作物はよく育ちましたよね? まだ収穫していなかったのですか?」

「収穫しました! でも、それも元に戻ってしまって……。収穫してしまっているので、もう畑にも戻せません。どうしたら……!」


 収穫したものも元にもどった?

 どういうこと?


「……とにかく見てみよう」

「アーロン様! ありがとうございます!」


 考えているうちにアーロン様が言ってしまった。

 対応しなければいけないのは私なのに、勝手に決めないで欲しい。

 最近のアーロン様は私に優しくないし、使い勝手が悪いのが困る。


 男の農地は近くだったため、ぞろぞろと私たちは歩いて向かう。

 私は近くでも馬車を使いたかったけれど、アーロン様が歩いているので一緒に行くしかない。

 綺麗な靴に泥がつくのが嫌だ。


 歩きながら『魔法をかける前の状態に戻った』というのは、どういうことかを考える。

 リノ村近くの聖樹の浄化が失敗してしまったときのように、私が複製した魔法は不完全だったということ?

 男の農地に到着すると、他の農家らしき人たちも集まっていた。

 彼らはが不安そうな顔でこちらを見守っている。

 嫌な感じだ。

 私たちは見世物じゃないのよ。


 魔法をかける前に戻った、という男の農地を見てみる。

 半分は野菜を収穫したようで何もない。

 もう半分は野菜が残っていたが、ひどく痩せていた。

 昨日私が魔法をかけて作物を成長させたはずなのに、その面影はまったくない。


「収穫したものはあちらです……」


 男が指差す方を見てみると、同じように痩せた野菜が山積みになっていた。

 私の魔法がかかった作物は、どれも瑞々しくてよく育っていた。

 でも、ここにそんなものは一つもない。

 本当に魔法をかける前に戻ってしまっているようだ。


「聖女様……どうか、お救いいただけませんか?」

「どうしてこのようなことが起こったのか分かりませんが……もう一度、魔法をかけてみます」

「お願いします!」


 何度も同じところに魔法をかけるなんて面倒だけれど仕方がない。

 コハネから複製した魔法を再びかけると、畑の野菜は瑞々しさを取り戻し、生長していった。

 見ていた農家から「おお」という感嘆の声が上がる。

 ほら、問題ないじゃない。


「これで大丈夫でしょう」

「ありがとうございます! あの、あちらも……」


 男は収穫済みの野菜の山を指差す。

 ため息をつきたくなったが、飲み込んで魔法をかける。

 畑の野菜のように成長すると思ったのだが……。


「あ、あれ? 変わりませんね?」


 農家の男が動揺する。

 私だって焦る。何故!?


「ど、どうしてかしら? もう一度かけてみましょう」


 もう一度魔法をかけてみたが、収穫済みの野菜に変化はない。

 更に何度か魔法をかけてみたが、結局生長させることはできなかった。


「……あの野菜は王家で買い取ろう」

「ありがとうございます!!」


 アーロン様の言葉に、農家の男がホッと胸を撫で下ろしている。

 なんなの、あなた達……がんばった私を労わない、その態度は!

 必死に苛々を隠す私の元に、外野にいた農家たちが声をかけてきた。


「あの、聖女様……うちもかけて頂いた魔法の効果がなくなりまして……」

「実はうちも……!」

「え……」


 私の魔法を受けた農地を持つ農家たちが次々と名乗りでる。

 どこも魔法をかける前の状態に戻ったという。

 どうなっているの!?


「静かに! ここから近い場所から順番に回っていく!」


 アーロン様が、我先にと騒ぎだした農家たちを鎮めた。

 そして農家たちをとりまとめている男と話をはじめ、行く先を決めていく。

 私はそれを呆然と見守るしかない。


「ダイアナ、行くぞ」

「……は、はい」


 アーロン様に付いて行く先々で、私は魔法をかけていく。

 収穫してしまっていたものは、最初の農家の時と同じように成長させることはできなかった。

 そういうものは全てアーロン様が買い取る手配をしていく。

 すべての農家を回り終わったときには、すっかり日が暮れていた。

 疲れた上に、城へ戻る馬車の中はピリピリしている。


「ダイアナ、一体どうなっているのだ」

「きっとコハネ様が……」

「――邪魔をしているというのか? 聖域にいるコハネがどうやって妨害するのだ!」


 私の言葉を遮るようにアーロン様が吐き捨てる。ひどい!


「そんなこと、私には分かりません! どうして私を責めるようなことを言うのですが! アーロン様は、私を守ると言ってくださったでしょう!」

「……そうだ」

「だったら!」

「……俺がその言葉を最初にかけたのはコハネだった」


 ……だから何?

 私よりも、聖女の力があるだけの、どこにでもいるような女がよかったというの!?

 もう何も話す気になれない。

 沈黙を保ったまま馬車は城に着いたのだった。




 ――翌日。


 城の人達の態度がおかしかった。

 昨日の農地のことを知ったからなのか、と思ったが…………違った。


 原因だったそれを手に取り、私は慌てて城の私室に戻った。

 部屋に入るとすぐに鍵をかけ、それを広げる。


「何よ、これ!」


 それは『緊急号外! 疑惑の聖女ダイアナ』という見出しが付いた新聞だった。

 その新聞には、私が魔法をかけた畑の詳細が掲載されていた。

 そして、驚くべき内容を目にする。


「嘘!! 私が魔法をかけ直した農地……夜の間にまた元に戻ってしまったの!? あんなに大変だったのに! どうして!」


 農地の詳細と共に、農家の証言も載っている。


『最初は助かると思っただが、いたずらに掻き回されただけだった。結局、問題は何も解決できていない。黒の聖女様に魔法をかけてもらいたい』


 黒の聖女……!

 コハネのことだ。

 私と比較するようにコハネのことを載せるなんて!

 新聞を破り捨てたくなったか、続きの記事を見て目を見開いた。


「こんなことまで!?」


 書かれていたのはコハネと私の功績の比較だ。

 コハネが浄化した聖樹はしっかりと機能しており、近辺で魔物がでることもない。

 そして、コハネが魔法をかけてた農地で作られた作物はよく育つ上、質がいい。

 ご丁寧に、コハネに対して感謝の意を述べる農家たちのコメントも載せてある。


 一方、私が浄化したリノ村近くと王都の聖樹は、すぐに浄化前の状態に戻ってしまい、魔物が現れている。

 私が魔法をかけた農地も、いい効果は一時的なものでしかない、と。


 そして、私について、とある騎士の証言も書かれてある。


『ダイアナ様の外面に騙されてしまった。彼女の本性はひどいものだった。傲慢で人を見下し、騎士なんて道具だと思っているに違いない。そんな彼女の術中に嵌まり、故郷を救ってくれた真の聖女であるコハネ様を蔑ろにしてしまった。俺は騎士失格だ』


 取り繕っていない私の姿を知っているとなると……きっとあの田舎騎士だ。

 少し顔がいいかな、という程度でそばに置いてあげたのに、こんな裏切りをするなんて許せない!

 クビにしてやると意気込んでいたところで、コンコンと扉をノックする音がした。


「ダイアナ様……」

「何かしら」

「農民たちが押し寄せていまして……。ダイアナ様に魔法をかけてもらった畑が、元に――」

「私は体調不良よ! 部屋から出ないわ! お引き取り頂いて!」

「はいっ!」


 言い切る前に下がらせた。

 もう農民の話はまっぴらよ!

 ちょっと好感度を上げるために始めただけなにの、こんな面倒なことになるなんて!


「もう、コハネを連れて来た方がいいのかも」


 原因は分からないが、複製した能力は長持ちしないのかもしれない。

 そうなると、本人に魔法を使わせて、その功績を奪った方が確実だ。

 農民が困っていると伝えると、お人好しのコハネは出てくるかもしれない。

 とにかく、言いくるめて連れて来よう。


 今度はあとをつけられないように、気をつけて聖域に行かなければならない。

 廊下に出て周囲を探ってみる。

 人がいる様子はない。

 私に護衛の騎士がいないなんて、それはそれで問題では?


 身を隠しながら廊下を進んで行くと、雑談をしている声が聞こえてきた。

 様子を覗いてみると、騎士たちが話しているのが見えた。


「お前、例の新聞を見たか?」

「ああ、驚いたな」


 どうやら話題は、私のことが書かれていた新聞についてのようだ。

 城の人たちも読んでいたのかと思うと気が重い。

 あの新聞はどこの新聞社だろう。

 絶対に潰してやる。


「新聞に書かれていたことは本当らしいな。ひどいことはあれだけじゃなく、ダイアナ様がアーロン様を誘惑して略奪したそうだ。それでコハネ様は、追いやられてしまったらしい」


 騎士の言葉に憤る。

 どこの誰がそんなことを言ったのよ!


「でも、コハネ様がダイアナ様に王都の儀式を押しつけたから、アーロン様が見限ったんじゃなかったのか? 俺はそう聞いていたけれど……」


 そうよ。それが正解だ。

 ただの騎士たちはそう思っていればいい。


「それがな、それもダイアナ様の企みだったって噂がある。使命を押しつけられたことにして、コハネ様を陥れたとか」


 バレるはずがないのに、どこからそんな話が!?

 あの田舎騎士が感づいたのだろうか。


「たしかにコハネ様は、人に大事なことを押しつけるような方じゃなかったよなあ」

「新聞に騎士の証言があっただろう? 証言した騎士とは違う騎士も、ダイアナ様がひどい態度だったのを見たらしいぞ。顔のいい男には媚びて、そうじゃない奴には偉そうだったってさ」


 他の騎士って誰よ!

 聖域に行ったときにいた騎士だろうか。

 あのときは能力を複製することに必死で余裕がなかったから、気を抜いていたかもしれない。


「最悪だな。俺達、美人だからまんまと騙されたのかな」

「今思えば、コハネ様は愛らしい方だったな」

「そうだな。コハネ様はどこにいるんだ?」

「聖域に篭られているそうだ」


 コハネが聖域にいることも周知の事実になっているようだ。

 この前の騒動のときは、かなりの数の騎士がいたから仕方ない……。


「聖域って聖女様しか入ることができないんだろう?」

「ああ。ダイアナ様は入ることができなかったそうだ」

「えっ! じゃあ、ダイアナ様は聖女じゃないってことじゃないか!」


 ……この話が広がるのはまずい。


「それが『コハネ様が入れなくしている』と言ったそうだ」


 そう! その話を信じて広めればいい。


「でも、王都の儀式でダイアナ様の方が聖女として優秀だったと判明した、と聞いた気がするぞ? アーロン様がそう仰っていたと……。でも、それだとコハネ様の力の方が強いことにならないか?」

「だからさ、ダイアナ様の話は破綻しているんだよ」

「なるほど。やはりダイアナ様は偽物の聖女ってことか……」


 話がいい流れになったと思ったのに、結局まずい方向に戻って来てしまった。

 思わずこっそりと舌打ちをする。


「じゃあ、偽物が浄化した王都やリノ村はどうなるんだよ」

「さあな。何度か浄化できた状態にはなったようだが……最終的には悪い状態に戻りそうだよな」

「アーロン様はダイアナ様に乗り換えて、コハネ様を追い出してしまったんだろう? 聖樹がおかしくなってしまったら、コハネ様は助けてくれるのだろうか」


 コハネなんて必要ない!

 好き勝手言って……全員クビにしてやる。

 コハネのそばにいる騎士を私のものにできたら、王都の騎士なんていらない。

 不愉快な話をこれ以上聞いていられない。


 騎士たちがいる廊下を避け、他の場所から外に出る。

 誰にも見つからずに出ることができたとホッとしながら進んでいると誰かとぶつかった。

 しまった!

 ぶつかった相手は城の者ではなかった。

 今みつかると一番面倒な相手の農民たちだった。


「あ! ダイアナ様!」


 ぶつかったことで周囲にいた農民たちも私に気がついてしまった。

 彼らは私を取り囲み、次々に叫び出す。


「聖女様! うちの畑が!」

「果樹園が!」

「野菜が!」

「…………っ!」


 知らないわよ……あんた達の田畑や果樹園なんてどうでもいい。

 むさ苦しい男達に囲まれて気分が悪くなる。

 私は聖女。あなたたちが触れていい存在じゃない!


「黒の聖女様はどこですか!」

「ああああっ、うるさいわね!」


 コハネのことを言われ、思わず怒鳴ってしまった。

 騒々しかった農民たちが黙り、辺りはシーンとした。


「ご、ごめんなさい。コハネ様が私の妨害をしているものだから、つい過敏になってしまって……」


 取り繕ってそう言うと、農民たちはまた一斉に話し始めた。


「妨害? でも! 黒の聖女様が魔法を施したところは豊作だと聞きます!」

「どうして王都とリノ村だけ魔物が出たり、作物が育たないのですか!」

「黒の聖女様はどこにいるのです!」

「うちも黒の聖女様の魔法を……!」


 ああ、もう……黒の聖女様、黒の聖女様ってうるさい!

 再び怒りが爆発しそうになった、そのとき――。


「きゃああああっ!!!!」


 どこからか悲鳴が聞こえて来た。


「何!?」


 悲鳴が上がったのは、それほど遠くない距離だ。

 耳を澄ませていると、すぐに方々から悲鳴が上がりだした。


「逃げろ! 魔物が出たぞ!」

「魔物!?」

「うわああああっ!!!!」


 農家たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 こんなところに魔物!?

 信じられなかったが、慌てて城の中に逃げ戻った。

 ここにいれば王族を守るため騎士がたくさんいるし、王都の中で一番安全だろう。


「おい! 城の中に逃げろ!」


 声の方を向くと、商人らしき人たちが城の中に駆け込んできた。

 ここは城の中でも一般の者が入ってはいけないところだ。

 それに何かあったときに、騎士たちが守らなければいけない対象がたくさんいるのは迷惑だ。

 だから移動させなければ……!


「ここに入ってはいけません! 他のところに……」

「他ってどこだ! 王都の中は、どこも魔物だらけだ!」

「…………え?」

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