26
パトリスに誘拐されてやって来た場所は、周囲が水辺だった。
そこで問題発生。
行きはハーピーだったパトリスが人間に戻ったので、空から帰ることができなくなったのだ。
「泳いで帰るか、もうここに二人で暮らすしかありませんね」と良い笑顔で言われ、断腸の思いで私は泳ぐことを選択したのだが……。
準備体操を始めた私の横でパトリスは氷の魔法を使い、水面を凍らせた。
そして優雅に水面の上を歩いて帰って行った。
「…………」
私はリック達のパトリスに対する気持ちが分かった気がした。
そんなこんなで、パトリスに振り回されながら、みんなが集まる場所に帰ってきた。
「「「副団長!?」」」
戻ってきたのが遅くなったので、みんなはお昼ごはんの準備を始めてくれていたのだが、人の姿で現れたパトリスを見て固まった。
リックはおたまを落とし、リュシーがマントにしてた毛布もバサリと落ちた。
クレールは持っていたトマトを握りつぶしてしまっている。
「やあ。コハネに元に戻してもらったよ」
軽い感じで話すパトリスを、三人組だけではなくエドも呆然としながら見つめている。
パトリスは自分で元の姿に戻った。
でも、自分だけなら元に戻れたのに、戻らなかったことをみんなには知られたくないらしい。
「自分たちのことが心配だから戻らなかったのか」と気にするかもしれないものね。
だから私に呪いを解いて貰ったことにするようだ。
「次は団長ですね」
パトリスがエドに話かける。
「あ、ああ……」
「戻ったらお酒でお祝いしましょう。コハネ、いいですか?」
「え? もちろん」
前回飲み切らなかったので、まだ樽酒がいくつかポケットに残っている。
足りなくなったら、セインに頼むこともできるだろう。
「やった! また宴会ができるぞ~! 肉だ! 酒だ~!」
「わあ、楽しみ!」
「おい。宴会を喜ぶのではなく、団長が元の姿になることを喜べ」
「硬いなあ、クレールさん。もちろん両方嬉しいに決まってだろ~!」
三人がはしゃぐ様子を、エドは複雑そうに見ている。
「では、楽しみはとっておきましょう。団長の解呪ができるまで、お酒は我慢ですよ」
「!」
エドがパトリスの言葉に驚く。
「分かりました! まあ、もう目前だろう!」
「あと少しの我慢だね」
「コハネ。団長の解呪、頼むぞ。くれぐれも無理はせずに……」
「うん、任せて」
リック、リュシー、クレールの言葉を聞いて、エドは益々複雑そうな顔をしている。
そしてそんなエドの横で微笑むパトリス。
パトリスの追い込んでいくスタイルがすごい……!
これが精神攻撃、というやつか!
「昼食を作ってくれていたんですね? 素晴らしい。今日のメニューは何でしょう?」
「コハネに教えて貰ったパスタです!」
朝ピザに昼パスタ。
私も異世界で立派なイタリア人に……!
「僕はアラビアータだよ。前にコハネが作ってくれたときに初めて食べて、すごく好きになったよ!」
「リュシーは辛いものが好きだものね。私は辛すぎると食べられないけれど、アラビアータは好きだよ。クレールの作ったトマトが美味しいから、それを使って作った今日のものは、今まで食べてきたものよりも美味しそう」
「じゃあ、コハネも僕と一緒にアラビアータにしよう? みんなは嫌だって言うんだよ? ひどくない?」
「……オレも同じものにする」
「あれえ? クレールさん、さっきは嫌だって言ったのに。コハネにトマトが美味しいって褒められて嬉しいからって、すぐに変えたねー?」
ふふふ、と笑うリュシーをクレールが睨んでいる。
あまりからかうと、トマトをくれなくなっちゃうよ?
リュシーと私、クレール以外のみんなはカルボナーラを食べるようだ。
ああっ、そっちも美味しそう!
少し分けてもらおう。
いつも通り、みんなで輪になって食べる。
こうして一緒に食べることは変わりないが、着々とみんなが元の姿に戻っていっていることが嬉しい。
六人で椅子に座って、ごはんが食べることができるようになりたいなあ。
「ああ、そうだ。君達は食べたら総当たり戦をするそうだね」
「「「!」」」
パトリスの質問に、三人組が固まった。
「私も参加させてもらうよ」
「「「!」」」
三人の顔が氷ついている。
「おや、異議があるのかい?」
「いえ……」
「だよね。仲間外れはよくないよ」
「パワハラ……」
「コハネ?」
脳裏に浮かんだ言葉を思わず口にしてしまった。
「なんでもないです」
「そう」
異世界にパワハラという言葉がなくてよかった。
「リュシアンはコハネに応援してもらえるそうだね? 特にがんばらないとね」
「! はい……」
リュシーは死の宣告を受けたような悲壮な顔をしている。
楽しいごはんの時間がお通夜のようだ――。
がんばれ、みんな!
食べ終わると、昨日三人が総当たり戦をしていた場所へと移動した。
パトリスは私があげた魔法剣を持っている。
白い細身の剣で、パトリスにとても似合う。
剣の感触を確かめている姿も綺麗だな、と私は見惚れてしまったのだが、三人は準備万端な様子のパトリスに戦々恐々としている。
「人の姿に戻ったばかりだから、お手柔らかに願うよ」
「どの口が言うんだよ……」
「セドリック?」
「なんでもないです! よろしくお願いします!」
総当たり戦だが、順番にパトリスと戦っていくようだ。
リック、リュシー、クレールと順番に対戦していく様子を座って見ていたのだが……。
「パトリス、強っ」
魔法に優れているパトリスは、剣はそれほど得意ではないのかと思っていたけれど、そんなことはなかった。
私のような素人目にも分かるほど、圧倒的に三人より強かった。
さすが副団長。
副団長のパトリスがこんなに強いのだから、団長のエドはどれだけ強いのだろう……。
「あ!」
エドのことを考えていたら、ちょうどその姿が見えた。
後ろ姿が小さくなっていく。どこかに行くようだ。
「ごめん、リュシー。ちょっと離れるね」
「ええええ!? コハネ~! 僕は何を糧に頑張うればいいんだよー!」
リュシーの悲壮感漂う叫びを聞いて申し訳なくなったが、今はエドの動向が気になる。
見失わないように必死に走って追いかけた。
「エド!」
「コハネ?」
全力で走ってきたので息が苦しい。
深呼吸をして呼吸を整えながらエドへと近づく。
エドがいたのは日当たりがよくて気持ちがいい場だった。
広場にはいくつも土が盛られているところがあり、そこには錆びた剣を突き刺さっていた。
「これって……お墓?」
「……ああ。魔物の姿になってしまった仲間達が眠っている」
テレーゼ騎士団はエド達五人だけではなく、もっと人がいたと聞いていた。
ここに眠っているのは、不老の魔物として生きていくことに耐えられず、自ら終わりを選んでしまった人達だろう。
「魔物にならなければ、家庭を築いたり、剣に生きたり……幸せな人生を送っていたはずだ者達だ。魔獣さえいなければ……」
エドは墓標の一つ一つに目を向けていく。
その目は深い悲しみに染まっている。
テレーゼ様が異世界の扉を開けてしまったのは自分のせいだと、自責の念に駆られているのだろうか。
「魔獣が出たのはエドのせいじゃないよ」
「…………」
思わずそう声をかけたが、エドの心には全く届いていないようだ。
「何も知らないから言えることだ」と受け流しているのかもしれない。
私はすべて知っているのだと言うべきだろうか。
でも、知っているからみんなに真実を話せと、強要するようなことはしたくない。
エドからみんなに告白してくれるといいのだが……。
「エド、墓参りはみんなで来ようよ」
『懺悔』だから、一人で来ているのでしょう?
みんなと一緒に来る資格はないと思っていない?
そんなの寂しいよ。
「ここに眠っている仲間も、みんなで会いに来てくれた方が嬉しいよ。喜びも悲しみも分かち合えるのが仲間でしょう? ……一人で抱えている人がいたら悲しいよ」
「コハネ……」
エドの大きな体に抱きつき、ぎゅっとする。
気の利いたことが言えなくてごめんね。
でも、エドにはあんなに優しい仲間がいるのに……。
本当のことを話したら、きっと一緒に受け止めてくれるのに……どうして話してくれないの?
「エド、もう一人でお墓参りに来ちゃだめだからね? 約束だよ」
「…………」
エドから返事はなかったけれど、エドが一人でお墓参りをしていたら私がみんなを呼びに行こうと思う!
これ以上一人で抱えないきっかけになればいいけれど……。
――翌日。
朝ごはんの時間になっても、エドが姿を現さなかった。
「団長はいたか?」
「どこにもいなかったよ」
「こちらにもいなかった」
それぞれ探しに行っていた三人組が帰って来たが、エドの姿を見つけることはできなかったそうだ。
エドが寝泊まりをしている建物、いつもいる場所。
聖域の中を方々探したがどこにもいない。
「フェンリルの姿だから、聖域は出ていないと思いますが……」
パトリスもどこに行ったのだと首を傾げている。
朝から張り切ってエドの解呪を進めようと思っていたのに……。
「また水浴びに行っているとか?」
「水辺にもいなかったよ?」
「そっか……」
聖域は出ていないだろうし、エドなら何があっても大丈夫だろうと、みんなはそれほど心配していない。
私も危険な目には遭っていないと思うが、昨日のお墓参りのときの様子を思うと心が落ち着かない。
「エド、どこに行ったんだろう」
戸惑う私の隣でパトリスが呟いた。
「……逃げたか」
逃げた!?
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