25

「そうです。私たちがこんな姿になる原因となった魔獣です」

「そんな……」

「現れた魔獣は凶暴でした。それまで討伐していたどの魔物よりも強かった。私たちも相当手こずり、王都は壊滅しそうになりました。それでも多くの犠牲を払いながら、なんとか倒すことができました。でも、倒したときに呪いを受けてしまったのです」

「…………」


 聖女様の元の世界に帰りたいという気持ちがこんな大惨事を引き起こしてしまったなんて……。


「国も団員たちも、テレーゼ様が開いた異世界の扉が原因で魔獣が出てきたことを知りません。突如現れた魔獣、ということになっています」

「えっ、そうなの?」


 確かに、魔獣についてと呪われた騎士達の記録はあるが、聖女様が原因だという話は聞いたことがない。


「ええ、テレーゼ様は人目を忍んで異世界への扉を開きましたから。知られると止められると思ったのでしょう。団長にも知らせていませんでした」

「じゃあ、どうしてパトリスは知っているの?」

「テレーゼ様が持っていた、異世界に戻るための研究資料を偶然目にしたのです。一見すると魔法の勉強をしているだけのように見えましたが、私にはそれは危険な研究だと分かりましたから。テレーゼ様の動向を見張っていました」

「なるほど……」

「原因を作ったテレーゼ様は、自らの騎士団を率いて王都を守ったと賞賛されています。何も知らないセドリックやリュシアン、クレールも彼女を称え、慕っています」

「聖女様は自ら懺悔するようなことはなかったの?」

「ありません」


 それは……複雑な気持ちだ。

 元の世界に帰りたかった聖女様の気持ちも分かるけれど、多くの被害が出た原因を作った張本人なのに、賞賛されているなんておかしい。

 王都では亡くなった人もいるだろうし、生活の場が破壊されて大変な思いをした人もたくさんいたはずだ。

 それなのに黙っているなんて……。


「パトリスは告発しようとは考えなかったの?」

「もちろん、考えましたよ。……でも、すべてを知っているのに何も言わない団長のことを思うと……私から告発することはできませんでした」

「え」


 私は思わず目を見開いた。


「エドはすべてを知っているの!?」

「……ええ。テレーゼ様が異世界の扉を開いているとき、団長は身を潜めて見ていましたから」

「エドはどうして何も言わないの? テレーゼ様に話を聞いたりしなかったの?」

「団長の気持ちは私には分かりません。私が見ていた限りでは、テレーゼ様に話を聞くことも、責めることもありませんでした。最後までずっと、何も知らないふりをしていたと思いますよ。この世界で生きて行こうと、テレーゼ様に決心させることができなかったこと、彼女の苦しみを分かってあげられなかったことを悔いていたのかもしれませんね」

「でも……!」


 エドはテレーゼ様に話を聞くべきだったんじゃないかな?

 ちゃんと責任を取らせるべきじゃなかったのかな?

 何も知らない王都の人たちや団員たちのことを思うと、エドがとった行動は正しい選択だとは思えない。

 ……テレーゼ様のことが好きだから責めることができなかったのかな。


「エドは、パトリスが全て把握しているとこを知っているの?」

「いいえ。あなたに話したのが初めてです」

「えっ」


 一人、二人は知っている人がいるのかと思った。

 ……私だけ?


「こんな重要なこと、どうして私に教えてくれたの?」

「団長はそろそろ解放されてもいいと思うのです。テレーゼ様からも……この聖域からも」

「聖域? ここから出て行った方がいいってこと?」

「ええ。この聖域はテレーゼ様が作ってくれたものだと伝えましたよね?」

「うん。みんなが安心して暮らせるようにって……」

「純粋に私たちのものだと思います?」

「どういうこと?」


 再びパトリスは言い淀む。

 まだ何かあるの?

 恐ろしい事実を告げられそうで怖くなる。


「テレーゼ様は耐えられなかったのだと思いますよ。自分のせいで呪われ、醜い姿になった者が近くにいることが。それが、自分が愛していた人なら、なおさら――」

「近くにいて欲しくなくて、言葉は悪いけれど、みんなやエドをここに閉じ込めて厄介払いしたってこと?」


 たしかに愛する人が自分のせいで醜い姿になったらつらい。

 でも、テレーゼ様は自分の過ちだからこそ、エドに寄り添うべきだとは思わなかったのだろうか。


「ええ。私たちがここから出ないように、私たちの身内や周囲のものを操ったのも彼女です」

「え!」

「魔物になった団員の家族に、『今は大丈夫でも理性を失っていくかもしれない』と言い、心配を装って恐怖心を煽っていました。もちろん、すべての人を操ったわけではありませんが、団員たちに好意的な人たちには特に距離を置くよう働きかけていたと思います。聖女様の言うことなので、誰も悪意があると思いませんし、団員達も気がついていません」

「そんな!」


 みんなは家族や友人、近くにいた人達に拒絶されてつらい思いをしたのに、それがテレーゼ様のせいでもあったなんて……。


「エドはそれも知っているの?」

「おそらく」


 そんなことがあっていいのだろうか。

 私は憤りでプルプルと震えてしまった。

 エドの馬鹿!

 いくら好きな人だからって、いや、好きな人だからこそ! 人の道を外れたらちゃんと正してあげなきゃだめでしょう!

 聖女様は自分の犯した罪がバレることが怖くて、保身のためにやってしまったのかもしれないが、呪われたみんなを孤独に追いやったなんてあんまりだ!


「団長は私たちに真実を言えずにいることに罪悪感を抱いています」

「抱かない方がおかしいわよ!」


 エドがやったことではないけれど、真実を黙ったままにしていたらだめだと思う。

 でも、呪いを解かなくてもいいと言った原因は分かった。


「ふふ、そうやって素直に怒りを表せるあなただからこそ、団長を呪いから……そしてテレーゼ様の呪縛から解けると思います」

「そうかな」

「ええ。私、勘もいいんです」

「勘も、ね」

「はい。勘も、です」


 その『も』の中にどれだけのことが含まれているのだろう。

 美貌、教養、知識、魔法……などなど。

 確かにお持ちですけどね!


「一応団長のフォローをしておきますと、魔獣の討伐は団長がいなければ果たせませんでした。多くの命は、団長がいなければ守ることはできませんでした。王都のために最も身を削り、血を流したのは間違いなく団長です」

「……うん」


 エドが命がけで戦う姿を想像することができる。

 人々を守りたいという思いで戦い抜いたのだと思う。

 だからこそ、みんなエドを慕っているし、すべてを知っているパトリスも離れないのだろう。

 私だって、テレーゼ様のことに関してはエドに「一言申す!」と思うけれど、だからと言って尊敬する気持ちは変わらない。

 それに、テレーゼ様が犯した罪に責任を感じながら戦ったエドの気持ちを思うとやりきれないよ……。


「テレーゼ様って、もう亡くなっているわよね? エドとはどうなったの?」

「……分かりません。聖域を作ってしばらくは、テレーゼ様も顔を見せてくださっていたのですが、次第に姿を見ることはなくなりました。聖域に入る情報は限られていますから、テレーゼ様がその後どのような人生を送ったのか、私は知りません」

「そっか……」


 セインに聞いてみると分かるだろうか。

 一度調べてみてもいいかもしれない。


 でも、パトリスの話を聞くことができてよかった。

 絶対エドの呪いを解く!

 そして、ちゃんとみんなに本当のことを話してもらおう。


「エドの解呪に取りかかれるように、パトリスの解呪もがんばるね」

「ああ、それには及びません」

「え?」


 両手を握って気合を入れたのに、サラっと流されてしまった。


「コハネ、一枚毛布を頂けますか?」

「うん……」


「何に使うのだろう」思いつつも、言われた通りに毛布を渡す。


「では……」


 毛布を体に巻いたパトリスが魔法を使う。

 私は見たことのない、何やら難しそうな魔法だ。

 見守っていると、パトリスの周囲から「パリンッ!」とガラスが割れるような音がした。

 でも、ガラスなんてどこにもない。

 周囲を見回していると、ハーピーだったパトリスの体が変化し始めていることに気がついた。

 体を覆っていた桃色の羽毛が消え、人肌が現れる。

 真っ黒一色だった目も、アメジストのような瞳に変わっていく。

 桃色は残っているが、それは柔らかそうな美しい髪になった。


「え……ええええ」


 私、解呪をしていないけれど!?

 動揺する私に、紫の目に桃色の髪の麗人はにっこりと微笑んだ。

 あ、この微笑む感じ——絶対パトリスだ!


「どうです? 戻ったでしょう?」

「…………」


 私は何も言えない。

 どうなっているの!?

 パニックで黙っていると、私を見ていたパトリスは何かに気づいたような顔をした。


「あ、空気を読んでいませんでしたね。気が利かなくてすみません」

「?」


 何の話? という聞く間もなく、パトリスは自分の体に巻いていた毛布をストンと落とした。


 ええええ、せっかく隠していたのに!!!!

 私が黙っていたのは、今までの『お約束』を期待しているからだと思ったの!?


「そういうことじゃないの! 早く拾って巻いて~!」

「おや、違いましたか?」


 急いでポケットにあった服を取り出し、投げつける。


「ありがとうございます。あ、コートもありますか?」

「どうぞ!」


 ご希望に応え、セインの黒いコートも投げつける。

 何でもいいから早く着て!

 顔を逸らしながらパトリスに話しかける。


「パトリス、自分で戻れたの!?」

「呪いを壊す魔法の研究はしていました。確証はありませんでしたが、上手くいきましたね」

「ええー……」


 パトリス、凄すぎでは?


「解呪できるのなら、どうして今までしなかったの?」

「この魔法を他者に施すことはできないのです。団員を残し、自分だけ元の姿に戻ることはできません。それに人に戻ってしまうと、彼らとは同じ時の流れで生きることはできなくなりますから」

「……パトリス」


 みんなと一緒にいたかったんだね。

 今までのみんなの反応見て、パトリスは厳しい人なのかなと思っていたけれど、厳しいだけじゃなくて温かい人のようだ。


「パトリスってお母さんみたいだね」

「……はい?」

「厳しくて優しい、そして面倒見がいいと言えばお母さんかなって」

「…………」


 パトリスは何とも言えない微妙な顔をしているが、私はパトリスにとっても母性を感じました!


「なんでもいいですが、お母さんとは呼ばないでくださいね」

「ふふっ、了解しました!」

「では、戻りましょうか。リュシアンたちの総当たり戦に、私も混ぜてもらいましょう」


 ワア、それはみんながとっても喜びそうデスネ!

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