22

 騒動のあと戻って来た私たちは、みんなでごはんを食べたり、いつも通りに過ごした。

 私は早めに就寝して、ぐっすり就寝。

 思っていた以上に精神的ダメージを受けていたのか、朝ごはんを作りたかったのに、昼まで寝てしまった。


 いつもの場所に行くと、みんなが作ってくれたトマトのスープが置いてあった。

「コハネへ。食べてね」という置手紙を見てじーんと嬉しくなった。


「うん?」


 幸せを噛みしめながら具沢山のおいしいスープを食べていると、剣がぶつかり合うキィンという音が近くから聞こえてきた。

 行儀が悪いが、食べかけのスープの器を持ったまま覗いて見ると、クレールとリックが剣を交えていた。


「あ、おはよう。コハネ。ゆっくり眠れたようでよかったね」


 座って戦う二人を眺めていたリュシーが私を見つけ、笑顔を向けてくれた。


「ごめんね、朝ごはんを作ると言っていたのに作れなくて……。みんなが作ってくれたスープを頂いてるよ。ありがとう、おいしいね!」

「どういたしまして! コハネほど美味しいものは作れなかったけど、結構よくできていたでしょ? まだ食べているならここに座りなよ」


 ポンポンとリュシーの隣を叩いてくれたので、お言葉に甘えて座らせてもらう。


 元の姿に戻った三人は、昨日の対人戦が楽しかったそうで、今日は朝から総当たり戦をしていたらしい。

 リュシーが戦う二人を見ながら説明してくれる。


「これに勝ったら二位で、負けた方が最下位だよ」

「え? ……ということは、リュシーが一位?」


 尋ねると、リュシーは「ふふんっ」と得意気に笑った。

 三人の中では一番華奢なリュシーが一番だなんて、意外だけれどすごい!

 今日も毛布をマントみたいにしている、この姿からは想像出来ない。


「リュシーが戦っているところを見たかったなあ」

「しばらく毎日やると思うよ? 僕が戦っているときは僕を応援してね!」

「うん! 分かったわ」


 私たちが話している間も、リックとクレールの戦いは続いている。

 なんとなくだけど、クレールの方は余裕があるように見える。

「決着をつけずに楽しんでいるのかな」と思いながら観戦していると、遠くにエドの姿を見つけた。

 こちらを見ている?

 私に用があるような気がして、エドの元へ行くことにした。


「団長のところに行くなら、その器は片づけておいてあげるよ。そこに置いておいて」

「ありがとう! すみませんが、お願いします」


 リュシーのお言葉に甘えて器を置き、エドの方へと向かった。


「エドー! 私に用?」


 目前になったので駆け寄ると、エドは優しい目で迎えてくれた。


「コハネ。君に客だ」

「客?」

「ああ。……ほら」


 エドが顔を向けた方を見ると、優雅にひらひらと空を舞う蝶がいた。


「あ、セインの蝶々」

「聖域の外の様子を見に行ったら彼がいた。君と話がしたいそうだ」

「え? セインが来ているの?」


 話だけなら前回のように蝶々を通せばいいのに、わざわざ会いに来たのはどうしてだ?

 本当にセインなのかと一瞬疑ったが、エドが確認しているなら間違いないだろう。


 エドに案内されて着いたのは、昨日、ダイアナやアーロン様たちと揉めた場所だった。

 一日経っているし、みんなが倒した騎士たちの姿はなかった。

 昨日と全く違う静かな光景を見て、昨日の出来事が嘘のように思えたが、荒れた地面が事実だと物語っている。


 見渡してみると、景色の中にぼつんと真っ黒な人影があった。

 相変わらず黒一色だな。


「コハネ」


 セインの元へ向かおうとする私に、エドが話しかけてきた。


「話の邪魔はしないから、横にいてもいいか?」

「うん! もちろん!」


 エドがそばにいてくれると心強い。


「来たな」


 セイン相手ではあるが、一応警戒して聖域を出ずに足を止めた。

 私たちが来たことが分かり、こちらを向いたセインの顔色は最悪だった。

 青白い顔に、目の下には真っ黒なクマがセインのデフォルトだが、今日は更に悪化してほぼゾンビだ。怖い!

 でも、何故か表情はどこか楽しそうだ。すごく怖い。


「コハネ、昨日は散々だったな」

「その言い方……もしかして、また見ていたの?」

「状況を把握するには――」

「傍観者がいいんでしょ! 知ってます!」


 そうですよね、それでこそセインです!


「今日はどうしたの? わざわざ会いに来るなんて」

「手を見せてくれ」

「手? 私の手?」

「お前以外に誰がいる」


 苛々した様子で言われたので私も少しムッとした。

 でも、何か意味はあるのだろうと思い、セインに近づいた。

 手相でも見たいの?

 両手をスッと差し出すと、セインに睨まれた。


「手だけとはいえ、不用意に聖域から出すな。昨日の失敗をまったく学習していないな」

「セインが見せろって言ったんじゃない!」

「俺が本物かどうか分かるのか?」

「セインが二人いたら嫌だよ」

「…………ふっ」


 私の言葉を聞いて、セインが意味深に笑った。

 何なの? もしかして、本当にセインは二人いるの!?

 セインなら分身がいても不思議ではない気がする。


「俺が二人いたら嫌だから、なんて理屈にならない。いいか、固有能力は多種多様だ。聖域の外からでもお前を引き寄せる能力を持つ者もいるかもしれない」

「むっ」


 意味深だと思っていた笑みは、単純に馬鹿にしていただけだった。

 苛立ってしまったが、セインが言っていることも一理ある。

 いや、一理どころかその通りかも……。

 昨日も失敗したし、気をつけていこう。


「だが、お前が迂闊なおかげで面白いものが見ることができた。……受け取れ」


 セインが投げてきたものを慌ててキャッチする。


「ボール? 石? これ何?」

「お前の手にダイアナの魔力の名残りがある。それを回収することができる道具だ。軽く握ってから投げ返せ」

「え? ダイアナの魔力の名残り……? 何それ! 気持ち悪い!」

「壊すなよ? 壊したら弁償させる」


 思わず道具を捨てそうになった私に、すかさずセインが忠告してきた。

 わざわざこんなことを言ってくるのだから、とても貴重な道具なのだろう。

 弁償するとなったら、一体いくら払わないといけないのか。聞くのも怖い。


 大人しく言われた通りに軽く握り、すぐにセインに投げ戻した。


「助かる。これで詳しいことを調べられる」

「どういたしまして?」


 どういうことを調べているのか聞きたかったけれど、私に分かることだろうか。

 そんなことを考えていると、セインが話を始めた。


「昨日、ダイアナは城に戻ってから、『聖魔法で農家を救いたい』と言い出してな。笑えるだろう?」


 どこに笑う要素が? 

 そう思いつつも、話を聞く。


「農家を救うって、どういうこと?」

「今、王都周辺の農作物は何故か育ちが悪く、質も悪い。ダイアナはそれを救いたい、というのだ。旅の道中、お前もやっていたことだ」

「うん。そうね」


 浄化をするため訪れた場所の中には、作物が育たない乾いた土壌で農業をしている地域があった。

 農業を諦めた方がいい土地だったのだが、先祖からの土地を守りたいし、移り住む費用も気力もない。

 だから、苦しみながらも、土地に残って生活を続けているような地域だった。

 私はそんな場所で暮らす人たちの力になりたくて、土壌を良くしたり、作物が育つ聖魔法を作ったのだ。


「ダイアナにはそんな能力はなかった。いつ手に入れたのだと思う?」

「さあ? 分からないわ。持っていたけれど、使わなかっただけかも?」

「それはない」

「どうして?」

「元々持っていたら使っていたはずだ。本当に慈悲深いのであれば善意で。お前を陥れるような人間であれば、自己顕示するために」

「なるほど……」


 昨日の様子だと……後者かな。


「とにかく、ダイアナは聖魔法を使って、どんどん農家を支援していくらしい」

「そう。助かる人がいるならいいじゃない」

「ああ。本当に助かる人がいるなら、な。どちらにしろ、どうなるか見物だ」


 セインがにやりと笑う。

 今日のセインはかつてないほど機嫌が良くて不気味だ。

 空から槍が降って来てもおかしくない。


 ……というか、「本当に助かる人がいるなら」?

 セインがそういう言い方をするということは、セインは「助かる人はいない」と思っているのかもしれない。

 いつも匂わせるばかりで、はっきり言ってくれないから分かりづらい!

 顔を顰めてモヤモヤしている私に構わず、セインは話を続ける。


「俺は、聖魔法は『異世界人だけが使えるもの』だと思っている。恐らく、異世界で生きてきた者が、この世界で魔力を得たときに習得するのが聖魔法だ」

「え? じゃあ、ダイアナのは?」


 聖域に入ることができなかったダイアナは聖女ではない。

「聖女じゃなくても聖魔法が使えるのかもしれない」と思ったが、「聖魔法でもない」ってこと?

 すべてが偽物――?


「……さあな」

「本当に分からないの? もう分かっているんじゃないの?」


 そう質問をすると、セインはまた意味深な笑みを浮かべて私を見た。

 どういうこと? ちゃんと言葉で話して欲しい。

 そろそろ本気で抗議しようかと思っていると、セインはおもむろに例え話を始めた。


「――二つの像があるとする」

「……いきなり何?」

「二つの像の見た目は全く同じだが、一方は水晶製、もう一方は氷像だ。一日外気の中に放置すると、この二つの像はどうなる?」


 突拍子もない話に戸惑うが、素直に答えようと考える。

 水晶は鉱物だから、一日外に置いても何も変わらないんじゃないかな?

 もう一方は……。


「氷の方は溶けるんじゃない?」

「ああ、そうだ。氷で作った像は、冷やし続ければ形を維持できるが、何もしなければ崩れる」

「うん」

「……そういうことだ」

「え? え? 何が?」

「分からないか?」

「全然」

「そうか。……残念だ」


 セインはそう言うと、「話は終わった」と帰ろうとした。

 ちょっと待ってよ!


「ちゃんと説明してよ!」

「とにかく、お前はダイアナとは近づくな。絶対に接触するな。分かったな? 以上」


 言いたいことや聞きたいことはたくさんあるけれど、セインとまともに話せる気が全くしない。

 聞いても、もう「とにかく接触するな」で済まされてしまいそうだし……。


「分かったわよ」


 少し拗ねながら答えたが、セインは満足げに頷いた。

 そして今度は、私の隣にいるエドにちらりと目を向けた。


「……聖域に住む『魔物』か。コハネ、とんでもない大物を引きずり出してきたな」


 お? セインはすぐにエドの正体が分かったようだ。

 セインは姿勢を正すと、エドに向かって頭を下げた。


「知恵は足りませんが、聖女であることは確かでしょう。コハネを頼みます」

 

 知恵は足りないって言うな~!

 あ、でも……私のことを聖女と認めてくれた?

 どうやら、セインは私を信じてくれたようだ。

 曖昧な話し方しかしてくれないツンデレセインは、『デレ』も分かりにくい仕様のようだ。

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