23

 セインと別れ、エドとのんびり歩きながら戻る。

 今は昼過ぎで森の中も明るい。

 エドが歩きやすい場所を選んでくれているので足も疲れないし、お散歩気分で楽しい。


「エド、色々と面倒なことに巻き込んでごめんね」

「気にするな。俺たちは静かな森で起伏のない生活を送っていたから、何か起きると楽しいんだ。コハネが来てからは、みんな生き生きしている」


 迷惑ばかりかけてしまって心苦しかったから、そう言ってもらえると嬉しい。

 でも、これ以上面倒なことは起きないように気をつけたい。


「ねえ、エドは? 私、うるさくない?」

「コハネに出会えて嬉しいよ」


 エドの言葉を聞いて、思わずにこにこしてしまう。

 たとえ社交辞令だったとしても嬉しい。


「しつこくもふもふしてくるから、鬱陶しくない?」

「それは……少し」

「そうなの!?」


 冗談半分で言ったのだが、衝撃の事実を知ってしまった。

 今まですみませんでした!

 ショックを受けている私を見てエドが笑う。あれ?


「嘘だ。人の手で撫でられるのは気持ちがいい。かと言って、他の連中に撫でられるのは勘弁したいが」

「なんだ。もう、びっくりしたよ! そういえば、リュシーはエドの上に乗ってみたいそうだよ?」


 フェンリルのエドに跨る毛布のマントをなびかせたリュシー、を想像すると思わず笑ってしまう。

 色モノのヒーローみたいだ。


「断る」

「えー? 私も乗りたいな」

「コハネなら構わないぞ」

「本当!?」


 思わず立ち止って尋ねると、エドは私が乗りやすいように伏せてくれた。

 本当に乗ってもいいの?

 迷ったけれど、モフモフの魅惑の背中には抗えず……!


「失礼します! わああああっ」


 最高! でも、もっとモフりたい!

 我慢できず跨ったまま前に倒れ、全身でエドの体に抱きついた。


「至福……。あ、重たくない!?」

「羽根のように軽いな」

「コハネだけに?」

「…………。もう進んでいいか?」

「何か言ってよ! エドが振ったようなものなんだからね!」

「はははっ」


 エドとゆっくりと体を起こし、進んでいく。

 このモフモフに、この暖かさ……エドが歩く時の心地よい振動……。


「眠くなる……ここで寝たい……」

「いいぞ?」

「そんなことを言ったら本当に寝ちゃうよ?」

「構わないぞ?」

「うん。でも、エドとお話したいし――」


 ……と言いつつも、ウトウトしてしまう。

 この睡魔の魔力に、私はいつまで抗えるだろうか。

 盛大に寝坊してさっきまで寝ていたのに……恐ろしいほど強力な魔力だ。

 森をそよぐ風も、木の葉が揺れる音も気持ちがいい。


「……あの男のことはもう大丈夫か?」

「うん?」

 

 寝そうになり、ボーっとしていたところにエドが声をかけてきた。

 あの男? と一瞬誰のことか分からなかったけれど、アーロン様のことだろう。


「あー……」

「昨日も倒れただろう? 色々無理するなよ」

「大丈夫。ありがとう」


 倒れてしまったことは、自分でも驚きだった。

 感情がぐちゃぐちゃになって、気持ち悪くなった途端にふらりとしてしまった。

 旅をしていた間の私は、もっと強かったはずなのになあ。


「頭では整理できているの。アーロン様に対してだって、未練はこれっぽっちもないって本当に思っているのに、色んな感情が込み上げた瞬間に、体調がおかしくなっちゃって……」


 頼る人がいない中、手を差し伸べてくれた人で、誰よりも信頼していた。

 婚約者となり、共に人生を歩む人だと思っていた。

 そんな人に裏切られ、自分が思っているよりもダメージを受けていたのかもしれない。


「……ねえ、エドは失恋したこととかある?」


 ふと、エドは今までどんな恋愛をしてきたのだろうと気になった。


「あるよ」

「やっぱりな……え? は? え? ええ? ……嘘でしょう!?」


 予想外過ぎる返事が来て私がバグった。

 記憶にあるエドの本来の姿は、美形揃いの五人の中でも際立っていたほどかっこよかった。

 それに優しいし、強いし……そんな人が失恋?

 世の中にエドを振るような人がいるの!?


「絶対嘘だ~」

「嘘じゃないさ」

「そんな……おかしい! 信じられない!」


 思わず声を張り上げると、エドは笑い出した。


「ははっ。俺もコハネを選ばなかったあの男が信じられない」


 エドがそんなことを言ってくれるなんてびっくりだ。

 驚きできょとんとしてしまったけれど、嬉しくて笑顔になった。


「そうでしょう? 私たちを逃すなんて、もったいないことしたよね!」

「……ああ。そうだな」


 エドと二人で笑い合う。

 まさかこんなことをエドと共有できるとは思わなかったよ。


「ねえ、エドはまた恋しようと思う?」

「月並みだが、『しよう』と思ってするものではないんじゃないか?」

「気づけば落ちているってやつ?」

「ふっ」

「笑わないでよ! エドが言い出したことなんだからね!」

「ああ、そうだな。すまない」


 久しぶりに恋バナにテンションが上がる。楽しいなあ。


「お互いに、そんなときが来たらいいね」

「……そうだな」




 それから心地のよい無言の時間が続いた。

 私はエドの背で揺られながら、夢半分な状態で色んなことを考えていた。


「……みんなが助けに来てくれて嬉しかった」


 昨日のことを思い出し、ふと思ったことをぽつりと零す。

 みんなが活躍したあの光景が蘇ってくる。


「パトリスの氷の魔法はすごかったし、駆けつけてくれた時のエドの迫力もすごくて、かっこよかったね。剣をもった三人も強いし、さすが伝説の騎士様って感じだった。……早くパトリスとエドの解呪もしたいね」


 騒動はごめんだけれど、五人揃って戦っているところは見てみたい。


「俺はいいから。パトリスを先にしてやってくれ」

「そう? じゃあ、パトリスに聞いてみるね」

「……いや、パトリスの呪いを解いてやってくれ」

「?」


 エドの声に、今までの和やかな雰囲気とは違うものを感じた。

 どうしたのだろう。

 戸惑って黙っていると、エドが念を押すように言ってきた。


「俺の呪いのことは考えなくていい。……俺はずっとこのままでもいいんだ」

「そんな……どうして?」


 順番にみんなの呪いを解いてきた。

 一度にはできないが、順番にパトリスとエドの呪いを解くことだってできるはずなのに……!


「俺にはこの姿がふさわしい。この毛並みを、コハネも喜んでくれることだしな」


 後半の声のトーンは明るかったが、前半を誤魔化しているように聞こえた。

 だから私も真剣に答えた。


「モフモフなエドも好きだけれど、私は本当の姿のエドに会いたいよ」

「…………」


 私の言葉を聞いて、エドは黙り込んだ。

 真剣な言葉だと分かったから、軽い冗談を言って誤魔化すようなことはできないのだろう。

 沈黙の時間は続いたが――。


「俺は話せただけで十分だ。とにかく俺のことは気にしないでくれ」

「するよ!」


 結局出てきた言葉が納得できないものでつい、声を張り上げてしまった。

 どうして元の姿に戻ることを望まないのか、説明もなく「とにかく気にするな」だなんて……。


「私じゃ力になれない?」

「そうじゃない。そうじゃないんだ……。みんな君に救われた」

「エドだって救いたい」

「もう十分救われているよ」


 優しい声だけれど、拒絶されているように感じた。

 私がいくら呪いを解くと言っても、聞き入れてはくれないんじゃないだろうか。

 理由も教えてくれる気配もない。


 楽しい気持ちだったけれど、寂しい気持ちになってしまった。

 何か言いたいけれど、何も言葉がでない。


 そうしている内に、みんながいる場所に戻ってきた。

 エドが伏せてくれたので背中から下りると、リュシーが手を振りながら駆け寄って来た。


「コハネ、団長! おかえり! セドリックが全敗で最下位だったよ~!」

「おい、もっと言い方があるだろう! 勝ったのはクレール先輩だ、でいいじゃないか!」


 リックが怒鳴り、後ろにいるクレールが笑っている。

 明るいみんなの様子にホッとする。


 三人の元へ向かうエドの姿を見ながら、私はエドのことを何も知らないんだなと思った。

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