18
聖域には、みんなの住居や倉庫にしている建物がいくつかある。
ほぼ全て大工仕事が好きなリックが建てたそうだ。
元の姿に戻ったので、これからは「コボルトの手では上手くできなかったところを直していく!」と張り切っていた。
私専用の住居も作ってくれるらしい。
「可愛い家がいい!」とリクエストをしたら、「任せろ!」と言ってくれた。
DIYに興味があるので、手伝わせて貰おうと思っている。
家具とかも作ってみたい。
子供の頃憧れた、木の枝から吊り下げた大きなブランコも出来るだろうか。
夢は広がるばかりだが、家はすぐに完成しないので、リックとリュシーが寝泊まりしていた建物を、今は私が使わせて貰っている。
旅で野宿をする際のテントがポケットにあったので、私はそれを使うつもりだったのだが、テントよりも建物の方が安全だからとテントは没収された。
そのテントはリュシーとリックが使っている。
建物を譲ってもらって申し訳なかったけれど、夜中に二人のテントを楽しんでいる声が聞こえてきたのでちょっと安心した。
でも、ずっと譲ってもらうのも悪いし、時折交代したり、早く家ができるように手伝いをしたいと思う。
毛布もたくさん持っていたので、みんなに配るととても喜ばれた。
リュシーは暖かいと感じるのが楽しいようで、渡してからずっと体に毛布を巻いていた。
しばらくすると、手で毛布を押さえるのが面倒になったのか、ヒーローのマントのようにしていたのが可愛かった。
和やかに過ごし、一晩経った。
クレールの畑の野菜を使ったスープと、ポケットにあったパンを朝食にする。
みんなで輪になって座り、楽しく朝食をとる途中、クレールに話しかけた。
「クレール、今日は元の姿に戻ろうね。心の準備ができたら言ってね」
「分かった」
「さあ、やろう!」というより、クレールには自分のタイミングで解呪をした方がいいだろう。
「……食べたら畑に行く」
「あ、私も行く」
クレールの畑には野菜がたくさんあるから、全て収穫するには数日かかる。
今日も張り切って収穫の続きをしたい。
「コハネが行くなら僕も行く」
「おれは大工仕事の方をするよ」
「ヒュルー」
「グルルッ」
「あ、助かります! 副団長と団長はおれの方を手伝って、資材集めしてくれるそうだ」
「うん、分かった! お昼ごはんはどうしよう? 仕事のきりがいいところで食べたいよね? 作って届けようか?」
「いいのか? じゃあ、頼む!」
「了解!」
今日の予定を話し合い、各自目的地へ向かった。
「コハネ、またいちご食べようね」
「食べ過ぎたらクレールに怒られちゃうよ」
畑に向かいながらリュシーと雑談をする。
リュシーは味覚が戻り、食べるのが楽しいようだ。
戻るというか、魔物になる前より味覚がはっきりしているらしい。
リュシーがにこにこしていると、私も笑顔になる。
ところで……。
前を歩くクレールの心の準備はどんな感じだろう。
朝食を食べ終わったばかりだし、まだ早いかな。
畑につき、収穫をしていく。
リュシーはいちごの畝に行こうとしたけれど、食べ尽くされる危機を悟ったクレールに芋掘りを命じられたので、私も一緒に芋掘りを始めた。
芋ほりなんて、小学生のとき以来だ。
「あ、ミミズがいた。コハネ、虫は大丈夫?」
「直に触るのは抵抗があるけれど、こうして土から出てくるのを見るくらいは平気だよ」
「そっか、よかった」
芋掘りって楽しいけれど、思っていた以上につらい。
二時間くらいしゃがんで作業をしていると、腰が痛くなってきた。
腰をほぐしながらクレールに目を向ける。
いちごを死守したクレールは、今はかぼちゃをとっているけれど……そろそろ解呪、どうですか?
……ううん、急かしたら悪いよね。
お昼ごはんの時間が近づいてきたので、リュシーと台所を設置している建物に戻り、サンドイッチを作り始める。
ポケットからバケットのようなパンを取り出し、クレールの畑で採った野菜やチーズ、ハムなどを挟む。
マッシュポテトやスクランブルエッグも具として作り、リュシーと協力してバリエーション豊かなサンドイッチにしていく。
「リュシー、それは挟みすぎじゃない?」
「いいんだ。これは僕用だから。コハネ、好きな具を選んで入れるのは楽しいね」
リュシーの手にあるサンドイッチは、色んなものを入れすぎてぐちゃぐちゃだけれど……リュシーが楽しいならいいか!
完成したサンドイッチと、小さな鍋に移した朝食で残ったスープを持ち、リック達に届けた。
紅茶の茶葉もポケットにあったので、冷たい紅茶を作り、それも一緒に置いてきた。
昼食配達を終えて畑に戻る。
黙々と作業を続けていたクレールを呼び、畑のそばで敷物を広げ、ピクニックのようにしてサンドイッチを食べた。
青空の下で食べるサンドイッチは美味しいし、遠足をしているようで楽しかった。
……ところで、クレール。心の準備はまだですか?
いや、急かさないよ? でも、そろそろどうかな、って……。
昼からはしゃがんでする作業がつらいので、とうもろこしの収穫をした。
アニメでこういうシーンがあったなあ、なんて思い出してほっこり。
私の聖魔法で畑のものが全て収穫時まで成長してしまったので、片っ端から収穫しているが、収穫した作物をそのまま置いておくと腐ってしまう。
すぐに使うもの以外は私のポケットに入れて、保存しなければいけない。
山ほどあるので、しばらく野菜に困ることはないだろう。
でも、せっかく良い土になったのだから、また野菜作りもやりたい。
今度は聖魔法を使わず、種を蒔いて、水やりをして育てたい。
私たちで食べきれないような量ができてしまったら、近い場所にある王都や他の町にこっそり売りに行ってもいいかもしれない。
「……あ。日が暮れ始めたね。そろそろ、夕ごはんの準備をしましょうか」
夕ご飯は豪華にステーキだ。
昼間にエドが猪を狩ってくれたそうで、リックが捌いて準備をしてくれていた。
クレールの野菜でサラダとスープを作り、ポケットにあるパンもつける。
日本人としては米を食べたいところだけれど、旅の途中で米に出会うことはなかった。
この国の人たちはパンを食べることが多いから、パンも焼いてポケットに補充しておきたい。
夕ご飯も和やかに終わり、あとは身支度をして就寝するだけになったわけだが……。
「クレール?」
「…………」
素知らぬ顔で、自分の家に戻って行こうとするクレールを呼び止める。
「クレールさーん?」
私の言いたいことが分かりますよね?
解呪を強要したくないから、クレールの気持ちが決まるのを待っていたけれど……。
これ、待っていたらいつまで経っても決まらないパターンでは?
もう、やっちゃっていいかな?
そういう意味を込めてエドを見た。
『やれ』
エドの綺麗な青い目が鋭く光り、そう伝えてきた。
上司の許可も得たということで……。
「心の準備はもういいんじゃないかなー!?」
「ギ!」
帰って行こうとするクレールを背後から抱き上げた。
「何が『ギ!』よ! もう話せるでしょ!」
「お、下ろしてくれ!」
クレールは足をジタバタさせているが、今は小柄なゴブリンだ。
私からすれば、小学生を後ろから抱き上げている程度である。
「嫌よ! 心の準備が終わるまで、このまま抱っこするわ!」
「!!!!」
クレールの動きが止まった。
首を捻って私の顔を見ながら絶望している。
「……くっ! ぐふっ」
「あははははっ!!!!」
「ヒュ……!」
「グルッ……」
私たちの様子を見守っていた皆が笑い始めた。
リックは気を遣って笑いを堪えているが、リュシーは大笑いしているし、パトリスは俯いてぴくぴくしている。
エドも大きな口を開けて笑っているが、なんだか微笑ましそうにこちらを見ている。
あの、みなさん……私は真剣なのですが!
「……分かった。解呪を頼む。頼むから……下ろしてくれ……」
「本当ね? ちゃんと心の準備はできたのね? もうこのまま解呪しちゃうからね!」
「あ、コハネ。それはやめておけ。解呪が終わったら、全裸の先輩を抱っこすることになるぞ」
「!!!! ……そ、そうだった!」
「ギッ」
大事なことを忘れていた! と思った瞬間に手を離してしまい、クレールを落としてしまった。ごめん!
というか、また『ギッ』って言っているけど、もしかしてクセになっている?
いや、今はそんなことより謝らないといけない。
「落としてごめんね、痛かった?」
「……大丈夫だ。解呪の前に、毛布を貰えるか?」
「あ、うん」
毛布はポケットにたくさん入っている。
一枚取り出し、クレールに渡す。
これで解呪直後のファンタジーラッキーすけべ? は回避できる。
三人目でようやく『事前に備える』ということに気がつけた。
これで準備は完璧である。
リック達も近くで様子を見守ってくれている。
「じゃあ、手をだして」
クレールと向かい合って地面に座り、解呪を始める。
「ああ……」
……この小さなゴブリンの手もお別れね。
クレールの体を白い光が包む。
昨日段階的に解いた時点で、もう解呪できそうだったので余裕だ。
クレールの体に巣くう呪いを黒から白に――。
呪いが消えていくスピードも速い。
握っていた小さな手の感触が、大きな男性の手に変わったのが分かった。
目を開けると繋いだ手の先にいたのは、倒れる直前に見た騎士の内の一人――赤い髪に橙の目の美形だった。
やはりクールな俺様タイプのイケメン、という感じでかっこいい!
ついさっき私に抱っこされて、足をジタバタしていた人だとは思えない。
みんなの呪いを解く度――イケメン力を見せつけられる度に、切実に思うのは……女の子の友達が欲しい!!!!
あーだこーだ言いながら、一緒にみんなを推していきたいよ!
推し活仲間求む!
「ど、どうした、コハネ?」
「なんでもないの。クレール、すっごくかっこいいね!」
「…………」
笑顔を向けると、クレールは固まった。
あ、これは多分どうしていいか分からないときの反応だ。
耳が真っ赤になっているので、照れているようだ。
「……畑に行ってくる」
「え? 今? 真っ暗だよって…………ちょっと!!!!」
せっかく毛布を巻いていたのに、クレールは毛布の存在を忘れて立ち上がってしまった。
そうなると見えずに済んでいた肌色が見えるわけで……。
こら、外野! 爆笑しないの!
毛布で対策、失敗!
服も最初から渡しておけばよかったかもー!
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