17

 リノ村近くの聖樹は、浄化を何度も繰り返すことで、なんとか清らかな状態を保てるようになった。

 でも、それもいつまで持つか分からない。

 リノ村の人は村に残りたいと粘っていたけれど、結局は王都へ避難して貰った。

 私とアーロン様は同じ馬車に乗って王都に帰ってきたが、車中の空気は最悪だった。

「王都の聖樹も様子がおかしい」と連絡があったからだ。


 外見に異常はないが、王都の近くでちらほらと魔物の姿が確認されたらしい。

 完璧に浄化されていれば、魔物なんているはずないのに……。

 幸い動物と変わらないような弱い魔物だったため、被害はなく騒ぎにもなっていないそうだ。


 でも、私にとって都合の悪い状況であることに変わりはない。

 このピンチを何とか切り抜けなければ……。

 一番手軽にできる保身は、アーロン様に取り入ることだ。

 多少不都合な事実があっても、王族であるアーロン様が味方してくれれば押し切れる。


「ねえ、アーロン様?」

「…………」


 だが、車中で今までのように甘えて擦り寄っても、アーロン様は黙ったまま動かなかった。

 ずっと何か考え込んでいるいる様子で、私の声なんて届いていない。

 私のことを放っておくなんて最悪だ。


 城に戻ってからも、私の周りで変化があった。


 まず、私はアーロン様の部屋に出入りすることができなくなった。

 アーロン様の指示のようだが、理由は「忙しいからだ」と言われている。

 たしかに今、アーロン様の周囲は慌ただしい。

 アーロン様の騎士達が忙しなく動いているのを見かける。

 私は与えられた部屋で好きなことをしているように言われていたので、美味しいものを食べてゆっくりしていたけれど、これからのことを考えると憂鬱だった。

 狂い始めた『聖女として悠々自適に暮らす計画』を、どこで修正するか――。


 そんな時、アーロン様が聖域に向かう準備をしているという話を偶然耳にした。

 そんな話を私は聞いていない。

 私に黙って聖域に行くなんて、何をするつもりなの?

 アーロン様が説得してコハネが戻ってきたら、私の居場所を取られるかも……。

 そんなの嫌よ!


「アーロン様より先に森へ行こう」


 コハネが戻ってこないように話をしなければいけない。

 もしかすると、説得しなくてもコハネは戻るつもりはないかもしれない。

 コハネの元には、二人もとびきり良い男がいたから、案外楽しく暮らしていそうだ。


 そういうことなら能力の再複製だけ済ませ、ずっと森にいるように話してこよう。

 森の生活は不便だろうから、物資を融通すれば協力関係を築けるかも?


 コハネと話しているところは誰にも見られてはいけない。

 こっそり城を抜け出し、森に向かおうとしたのだが……。


「聖女様、どちらに向かわれるのですか?」


 城を飛び出し、王都を出ようとした私に声を掛けて来たのは、あの田舎騎士だった。

 私の護衛を命じられていたようで、部屋を出てからずっとついて来ている。

 付きまとうなと言っても、こっそりとついて来るだろうし、騎士を撒く自信はない。

 それならこの騎士を取り込んで、これからのことを手伝わせよう。

 田舎の騎士だし、扱いやすいだろう。

 都合が悪くなれば、私を襲ってきたことにでもして、田舎に返してやればいい。


「あなた、聖女の力になるために騎士になったのよね?」

「はい。……お世話になった聖女様はコハネ様でしたが」

「何? ぶつぶつ言わないではっきり言いなさいよ。聞こえないわ」

「!」


 今まで優しく対応していた私の変化に驚いたようだった。

 利用して使い捨てるつもりの田舎騎士に取り繕う必要はない。

 もう無駄に愛想を振り撒いたりしない。


「す、すみません」

「無駄口はやめてよね。黙って私についてきなさい」

「あの、どちらに……! 王都からは出ないようにと、アーロン様からお聞きになっているかと……」

「うるさいわね。私が言ったことが聞こえなかったの? 何度も同じことを言わせないで」

「で、ですが……」


 なんとか私を止めようとする田舎騎士を無視をして歩く。

 だが、王都の門を出てすぐのところで、騎士達が集まっているのを見つけた。


「聖女様……」

「静かにしなさい。話しかけないで!」


 姿を隠して様子を見ていると、騎士の他にも何人かの商人の姿があった。

 彼らが乗ってきたと思われる馬車がいくつか止まっているが、どの馬車にも破損がある。

 騎士達はこれについての調査に来ているのか? と考えていると、商人達の会話が聞こえてきた。


「魔物に襲われるなんて……ツイてないな」

「ああ。王都の近くでこんなことが起きるなんて初めてだよ」


 この商人達の馬車は、魔物に襲われたようだ。

 以前聞いた魔物の話は解決したはずだから、また新たに魔物が現れたということか。


「王都は聖樹の浄化がすんだばかりなのに。魔物が近くに出るなんて、どうなっているんだ!」

「リノ村の方にも魔物が出たらしいぞ。村の連中は避難したそうだ」


 リノ村の件が、国の人たちにも広がり始めている?

 想像以上のまずい状況になっているのかもしれない。

 悪い予感が大きくなり、嫌な汗が流れた。


「リノ村近くにも聖樹があっただろう? 聖樹の近くなら魔物は出ないはずじゃ?」

「あー、あるある。あそこの聖樹も、浄化が終わってそれ程月日が経っていないはずだったんだがねえ」

「それはおかしいなあ。儂は三年前に浄化された聖樹の近くから来たが、聖樹付近で魔物なんて見たことも聞いたこともないぞ」

「そうなのかい?」

「ああ。旅をはじめた聖女様が、一番最初に浄化した聖樹が近くにあるんだよ。今も変わらず、神々しい光を放っているよ」


 街中でこんな話が出る状況になっているなんて、本当にまずい!


 彼らはまだ、『魔物が出た場所』と『出ていない場所』の違いが分かっていない。

 でも、『私が浄化した場所』と『コハネが浄化した場所』だということに気づいてしまったら……。


 現在この国で聖女として認識されているのは一人だ。

 コハネが召喚されたときに「聖女が現れた」と公表されたからだ。

 だが、あとから聖女になった私のことは、大々的に公表されていないため、あまり知られていない。

 聖女として認識されているのはコハネだが、名前も容姿もあまり認識されていなかったため、私はイメージを乗っ取ったのだ。

 そして、コハネを知る人たちにも、『コハネは私に儀式を押しつけるような人間』だということにして、聖女に相応しいのは私だと思うように仕向けた。


 結果、「この国の聖女は私だ」と、大きな声で言えるようになった――はずだったのに……。


「それにしても、あんたのところの商品はものがいいねえ!」


 焦る私の思考を遮るような大声が聞こえてきた。

 先ほどの商人たちが話題を変えたようだ。


「そうだろう? いい作物を使っているからね。この葡萄酒なんて最高だぞ。聖女様の奇跡に感謝さ!」

「おや、あんたの葡萄畑には魔物が出ていたのかい?」

「いやいや。うちの畑に魔物はいなかったよ。聖女様は聖樹の浄化だけではなく、うちの農地に『土が肥える魔法』をかけてくれたんだよ!」

「農地に……魔法?」

「ああ。うちの土壌は水分が少なくてね。あまり良いものが作れなくて、売っても大した値がつかなかったんだ。でも、聖女様が土を良くしてくださってからはうちの作物は評判がよくてねえ。それらを使って作った商品は飛ぶように売れるし、黒の聖女様々だ!」

「黒の聖女、様……?」

「ああ。聖女様は黒髪黒目の可愛らしいお方だっただろう?」

「いんや? この前、王都の儀式でお見かけしたのは金髪の綺麗な人だったぞ?」

「…………は? どういうことだ? 儂らが世話になったのは黒髪黒目だ。だからみんな、黒の聖女様と呼ぶんだよ」

「聖女様は一人じゃなかったのか? じゃあ、その金の聖女様も、王都周辺の作物を何とかしてくれるかねえ。最近育ちが悪いんだよ」


 聞こえて来た会話に唖然とした。

 コハネの聖魔法は浄化だけではなかったと聞いていたけれど……畑を元気にする?

 何なのそれ!

 私の方が聖女として劣っているような言われ方をして腹が立った。

 聖魔法を複製できる私の方が凄いのだ。


「……そうだ。それも貰っちゃおう」


 その畑を元気にする聖魔法とやらを使えば、私の好感度も上がるだろう。

 そして今度こそ、私が聖女として認知されるのだ。


「金の聖女……素敵な響きだわ」


 コハネ・アマカワ! 待っていなさい!

 またあなたから魔法を奪ってやる。

 どうせなら、あのいい男達も頂いてしまおう。

 あなたは私から搾取されていればいいのよ。


「聖女様、城にお戻りください」

「うるさいわね! 黙ってついて来ればいいのよ! 聖女の力になりたいんでしょ!」

「…………」




「……俺は大変な間違いを犯してしまったのかもしれない」

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