16

 リックに案内してもらい、クレールがいる畑へと向かう。

 クレールと二人で話したいと伝えていたので、到着するとリックはみんなの元へ戻って行った。

 リックは「先輩、かなり人見知りを拗らせているんだよ。話せるようになっても口下手だし、全然喋らないかもしれないけど頼むな!」と言っていた。

 私が気負わないように明るく茶化して言っていたけれど、リックもクレールを心配しているのだろう。


「わあ……」


 クレールが一人で手入れをしているという畑を見渡す。

 整地して作ったようで、綺麗な長方形の大きな畑だった。

 こんな大きな畑の世話をするのは大変だと思うが、クレールは好きでやっているので、誰の手も借りず一人で世話をしたいらしい。


「この森にも、こんなに野菜があるんだ……」


 どこかで種や苗を手に入れたのか、元々あったのか分からないが、見覚えのある野菜が畑に並んでいる。

 じゃがいも、タマネギ、かぼちゃ、にんじん、トマト、ナス――他にも色んな野菜があった。

 これはなんだろう? という、見たことがないものもある。


 この国は一年中過ごしやすい気温と気候が続く。

 四季がないからなのか、異世界仕様なのかは分からないが、日本では違う季節に育つ野菜もいっしょに植えられている。


 でも、残念ながら畑の作物はほとんど育っていない。

 色んな葉っぱがあるが、小さいままだったり、茶色くなって枯れている。

 そういえば、みんなはまともに野菜を食べていないと言っていた。

 ここの野菜が収穫できていたのなら、野菜には困らなかったはずだ。

 ちゃんと食べられるまで成長させることができなかった、ということだろう。


 真面目なクレールが手を抜いた世話をするとは思えないので、畑に何か作物が育たない理由があるのかもしれない。


「あ、いた」


 畑の奥の方にクレールがいた。

 しゃがみ込んで草むしりをしている。

 手伝ってもいいだろうか。


「クレール」


 クレールの隣にしゃがみ、話しかけると肩がびくりと跳ねた。

 驚かせて申し訳ない。

 ちらりとこちらを見たクレールだったが、何も言わず草むしりを再開した。


「大きくて立派な畑だね!」

「…………」


 クレールから返事はない。

 無視というより、何を言ったらいいのか分からないのだろう。


「作物、あまり育たないの?」

「…………ギ」

「土に栄養がないのかなあ」


 樹木は青々としていて緑豊かな場所だけれど、土の質は畑向きではないのかも?

 力になりたいけど、専門知識がないから分からない。


 でも、私はパッと解決する方法を持っている。

 それは何でもありの超便利! 聖魔法だ。

 聖魔法で野菜が育つ畑にすることができるし、なんなら種から一気に野菜に成長させることもできる。


 だが、それをするのは、畑仕事をがんばってきたクレールの努力を踏みにじることにならないだろうか。

 作物が育つことを優先したいのであれば、魔法を使ってもいいかもしれないけれど……。

 私が悩んでも仕方がないので、クレールに聞いてみた。


「あのね、私の聖魔法で、土と植えている野菜を元気にできるんだけれど、やってみる?」

「!? ギ!」


 クレールが目を輝かせている。

 予想外な好反応だ。


「ギッ! ギギギッ! ギギッ! ギギギッ!」

「……えっと?」


 ど、どうしよう、助けてリック!

 とても嬉しそうに話してくれているけれど、何を言っているのかさっぱり分からない。

 せっかくクレールがこんなにテンション高く話してくれているのに、理解できないなんて悲しい!


「ギ!」

「え?」


 クレールは私の手を取ると、どこかに向かって歩き始めた。

 なんだろう、見せたいものがあるのだろうか。


「ギ!」


 クレールは少し進んだところで立ち止まると、一つの畝を指差した。


「これは……いちご?」


 葉が茶色になっていて枯れそうだが、それはいちごだった。

 そういえばクレールは甘いものが好きだった。

 いちごはデザートによく使われているし、クレールは好きなのだろうか。


「いちごが好きなの?」

「ギ!」


 クレールは頷いたあと、私を指差した。


「私? あ、もしかして、私にもくれるの? 畑や野菜が元気になったら、一緒に食べようってことかな?」

「ギ!」


 わあ、感激だ!

 好きなものを共有しようとしてくれるクレールの気持ちが嬉しい。


「そうだね! このいちごでデザートを作って食べたいね!」

「ギギッ!」

「ふふ、分かった。その前に……。私、クレールと話がしたいの。畑の話もちゃんと聞きたいし。だから、話ができるように解呪してもいい?」

「!」


 クレールの動きがピタリと止まった。

 楽しい空気の流れで快諾してくれるかと思ったけれど、そうはいかないらしい。


「嫌だったら無理強いはしないけれど、私はクレールと話したいよ。もっとクレールのこと知って仲良くなりたいし」

「ギ、ギギ……」

「ねえ、クレール。私のことは苦手な『女の子』じゃなくて、『仲間』だと思ってみてくれないかな? ゲームをしたときは、私も仲間と考えて好きだって言ってくれたんでしょう?」

「…………!」


 クレールは私の言葉にハッとした様子だった。


「…………」


 黙ったまま考え込んでいる

 少しすると、迷いながらもおずおずと手を出してくれた。

 解呪を受けてくれるようだ。


「ありがとう、クレール」

「…………ギ」


 クレールの小さな手を掴む。

 繋いだ手から緊張が伝わってくる。

 大丈夫だよという思いを込めて、手をギュッと握った。

 クレールと目が合ったので微笑むと、緊張は少し和らいだようだった。


「始めるね」


 段階的な解呪の感覚はパトリスとエドのときでばっちり掴めた。

 魔力で繋がると、クレールの体が光に包まれた。


(あ、余裕)


 クレールが言葉を話せるようになる段階まで、難なく解呪できそうだ。

 このまますべて解呪できそうだったが、また心配をかけてはいけない。

 クレールも心構えができていないだろうし、元の姿に戻るのは明日に持ち越そう。

 思い通りに段階的解呪を終えることができたので、ゆっくりと手を離した。


「……どう?」

「……コ……コハネ」

「!」


 い……いい声……!

 圧倒的クールイケメンボイスだ。

 姿はまだゴブリンなのに、イケメンオーラがすごい!


「久しぶりに自分の声を聞いた。……変か?」

「とても素敵だよ! クレールの声が聞けて嬉しい! 解呪させてくれてありがとう」

「礼を言うのはオレの方だ。……さっきは黙って逃げてすまなかった」


 パトリスとエドの解呪をしていたときにいなくなったのは、やはり逃げていたんだね。


「私と話すのが怖かったの?」

「…………」


 私の質問にクレールは黙った。

 しまった、直球過ぎたかもしれない。

 気を使うべきだと反省したばかりなのに、また同じ失敗をしてしまった。

 仲良くなれたらそれでいいから、言いにくいことを聞き出すこともない。

 畑の話をしようかと思っていると、クレールが口を開いた。


「……以前、ここに聖女様が来たことがあった」

「そうなの? テレーゼ様が?」

「いや、他の聖女様だ。名前は知らない」


 そうか。聖女はテレーゼ様と私以外にもいるものね。

 みんなは不老になり、とても長い間ここで暮らしていたから、その間に何人かの聖女様が訪れていても不思議じゃない。


「聖域に入ってきた聖女様と、最初に出会ったのがオレだったんだ。聖女様はオレを見て……悲鳴をあげて逃げていった。元々人付き合いは苦手だったが、それから余計に女性に対してはどうしていいか分からなくなった。オレは……誰にも嫌な思いはさせたくないんだ」


 そう語るクレールはとてもつ寂しそうだった。

 自分ではなく相手を思いやり、人と距離を置く選択をしているクレールを見ていると胸が苦しくなる。

 みんなもそうだけれど、クレールももっと自分を優先して欲しい。


「ねえ、クレール。傷ついてもいいんだよ?」

「え?」

「魔物を見て驚くのは当たり前だから、聖女様に怯えられて傷ついた自分が悪いって思っていたりしない?」

「! そ、それは……」

「その聖女様もびっくりしたんだから仕方ないよね。でも、クレールが傷ついたのだって当然だよ。誰だって悲鳴をあげて逃げられたりしたら傷つくよ。悲しいよ」

「そう、だろうか。オレは騎士なのに?」

「うん。騎士だって同じ人間だよ」

「…………」


 私は頷いたが、それでもクレールは納得しきれないのか、まだ思案しているようだ。

 ずっと心に抱えていたことだから、そう簡単には考えを変えられないのかもしれない。

 でも……。


「傷つけてしまったら謝って、傷ついたなら悲しいって伝えて……そうやって仲良くなっていこうよ。私たちは」


 すぐに苦手を克服して、心を開いて欲しいなんて言わない。

 私の思いを伝えると、クレールは静かに頷いた。

 今はこれで十分だ。


「じゃあ……明日、元の姿に戻ってくれる?」

「……ああ。よろしく頼む」


 よかった……!

 心配しているみんなに、いい報告ができる。

 クレールと微笑み合ってほんわかしていたら……。


「コハネ」

「うん?」

「オレに『この森にある好きなもの』を聞いただろう?」

「うん。ゲームをしたときの質問ね」

「その答えがこれだ」


そう言ったクレールの視線の先にあるのは――。


「畑!」


なるほど、食べ物かと聞いたときに間があったのは、食べ物を作っている場所だったからか。


「ふふっ、クレールらしい答えね。教えてくれてありがとう」


まだ出会ってそれほど時間が経っていないけれど、彼の人柄が現れている答えだと思った。


「コハネ、畑を元気にしてくれるか?」

「もちろん」

「いつもあと一歩のところまで育つが、最終的には枯れてしまうんだ。土の乾燥の乾燥が原因かと思い、水分の状態を管理してみたがだめだった。肥料が悪いのかと思い、雑草や落ち葉などで何種類か作り、与える量も変えて試してみたがどれも上手くいかなかった。虫や動物が悪さをしていないかしばらく見張ったこともあったが、それも違った。温度変化の可能性も考えてみたが、作物の成長に影響するような変動は起こっていない」

「え、あ、うん……」


 捲し立てるように話されて、私は目が点になった。

 ねえ、リック! リュシー!

 クレール、すごく喋りますけど!!

 口下手ってどこが!?

 興味があることには饒舌なタイプなのだろうか。

 そんなことを思いながら、クレールが育てた野菜たちを見る。


「もしかしたら、病気かもね」

「病気……」

「うん。私のおばあちゃんが庭で育てていたプチトマトが病気になったの。子供の頃のことだからよく覚えていないんだけれど……青枯病だったかな?」

「青枯病……」

「目に見えない菌が原因なの。青枯病菌は地面の中で何年も生きていて、宿主になる植物が植えられると病気にしてしまうの。世界が違うから、同じ病気があるかどうかは分からないけれど、似たようなものなのかも。とにかく、聖魔法ならそういうことも取り除いて、作物を育てられる土にできるから安心して」

「ああ」


 作物に関する聖魔法は、農業をしている人たちの手助けをしたり、自分たちが食べるものをその場で育てたりしたので、旅の途中によく使った。

 クレールの畑は広いが、使い慣れているので魔法なので問題なく成功できるだろう。


 聖魔法を使うと、畑全体を光が包んだ。

 すると、土は作物の育つ肥えた土に、野菜はみずみずしさを取り戻した上、収穫できる段階まで一気に育った。

 野菜はそこまで育てるつもりはなかったのに、私は張り切ってしまったようだ。


「…………」


 クレールは無言で畑を眺めていた。

 目が輝いているので、喜んでくれているのが分かる。


「コハネ、ありがとう!」

「どういたしまして」


 聖魔法が無事成功して、土や野菜が元気になって嬉しい。

 それにクレールのこの笑顔を見ることができてよかった。


「コハネー!」


 呼ばれて振り向くと、みんなの姿があった。


「みんな!」


 大きく手を振って応える。

 みんなは元気になった野菜たちを見て歓声を上げていた。


「大丈夫かなと思って様子を見に来たんだけど……すごいな!」


 リックの言葉を聞いてクレールも誇らしげだ。


「ねえ、クレール。みんなに収穫を手伝ってもらわない? みんなでやると楽しいよ?」

「ああ」


 のんびり畑仕事……これぞスローライフ!

 私はこれがしたかった!!


「うん?」


 楽しい気分に水を差す、嫌な気配を遠くに感じた。

 ここから距離があるけれど、あちらかな……と思ったのは王都の方だった。

 王都というより、聖樹?


「コハネ? 何かあったの?」

「……ううん、なんでもない」


 王都にはダイアナがいるのだから大丈夫だろう。


「いちご美味え……」

「あ、こら、リック! まだ食べちゃだめ!」

「ちょっとだけ……痛っ! 先輩、今本気で蹴りました!?」


 聖樹に何かあっても、もう私には関係ないや!

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