15

「普通の蝶じゃないな? 魔法?」


 虹色の光をまとって空を舞う青い蝶々は、セインの連絡手段だ。

 旅の途中で何度か見たことがある。


「仲間からの連絡だよ」

「仲間?」

「うん!」


 元気に返事をしたけれど、みんなは心配そうに私を見ている。

 あんな話をした直後だものね。


「本当に大丈夫? 聖域では聖女や僕たちに害のある魔法は効力をなくすから、あれには悪意はないみたいだけれど……」

「うん、大丈夫」


 人差し指を立てると、蝶々はそこに舞い降りた。

 相変わらずセインには似つかわしくない優雅な連絡手段だな。

 コウモリとかなら似合うけど……。


『――コハネ』

「セイン!」


 蝶々からセインの声がする。


『……無事だったようだな。聖域での暮らしはどうだ。立派な野生の野良聖女になったか』

「野生の野良聖女って……」


 言い方に悪意しか感じない。

 蝶々が似つかわしくないと考えていたのが伝わったのだろうか。

 やはりセインとは和やかに話をすることができない。


「おかげさまで元気ですけどね!」

『元気と暇がありあまっているようでなによりだ。うらやましい』


 ええ、ええ……元気で暇で最高ですよ! ……って、あれ?

 私に投げつけるトゲトゲは絶好調だが、声に張りがないように思えた。


「疲れているの? 何かあった?」

「…………」


 セインから返事はない。

 もしかして、「そう思ったなら聞くな」とか思っている?

 もしくは嫌味を言えないくらい本当に疲れているのだろうか。

 心配になってきたところでセインが再び話を始めた。


『聖域ではあまり魔法を維持できないようだ。手短に言うが、お前はしばらく聖域から出るな』

「え? そのつもりだけれど……どうしたの?」

『お前は知らなくていい』

「そう言われると気になるよ!」

『また良いように使われ、利用されたくなければ大人しくしていろ』

「む。…………わかった」


 声のトーンが真剣なので、真面目なアドバイスなのだろう。

 こういうときは大人しく従っておいた方がいい。


「あ、そうだ! 相談があるの」

『のんびり話す時間はない。もう少しでこの魔法は消えるぞ』

「え、待って、待って! まだ消えないで!」


 急いで質問をする。

 これはどうしても聞かなければいけない。


「今の私では解けないような、強力な呪いを解きたい場合にはどうしたらいい?」

『あきらめろ』

「セ イ ン!」


 答えてくれる気持ちが皆無でしょう!

 真面目に質問しているのに、それはあんまりでは!?


『……はあ。一度に解けないなら、段階的に解いていけばいい』

「あ、そっか!」

『高度な解呪になるが、お前には便利な聖魔法がある。なんとかなるだろう』

「うん! 私、どうして思いつかなかったんだろう」

『馬鹿だからだ』

「セイン? もしかして私に嫌味を言ってストレス解消しているの?」

『率直な意見を言っただけだ』


 相変わらずの扱いに抗議をしたいが、時間がないからまた今度に取っておこう。

 聞きたかったことが聞けたのはよかったなと思っていると、セインが突拍子もないことを聞いてきた。


『お前、第二王子との婚約破棄は後悔していないか?』

「……はい? どういう意味?」

『言葉のままだ。王太子が知りたがっている』

「王太子様が?」


 王太子様……城で過ごしていたときに何度か会ったことがある。

 怖いくらいに綺麗で、いつもニコニコしているけれど、何を考えているか分からない人だった。

 病弱で王位を継げるのか不安だという噂があったけれど、多分あの人の健康状態に問題はないと思う。

 噂を利用して何をしているのか気にはなったが、近づくと藪から蛇が出てきそうで避けていた。

 今、何か始めようとしているのかな。

 もう城の人と関わるつもりはないから、どうでもいいことだけれど。


「未練なんてないよ。まったく! 微塵も!」


 アーロン様のことを考えると、悲しみと怒りが湧いてくるけれど、元の関係に戻りたいという気持ちはまったくない。

 別に不幸になって欲しいという恨みもないし、関わらずにいられたらそれでいい。

 こんなに落ち着いて考えられるようになったのは、きっとみんなのおかげだ。


「あっ」


 どうしてそんなことを聞くのか尋ねたかったのに、セインの蝶々はパッと消えてしまった。

 蝶々を形成していた魔力が切れてしまったのだろう。


 逃亡を手助けしてくれたときに連絡すると言ってくれていたが、こんなに早いとは思わなかった。

 案外私のことを気にかけてくれているようで嬉しい。


「……コハネ」

「うん?」


 呼ばれてそちらを向くと、リックが私の顔色を伺ってきた。

 みんなも同じ様子だ。

 どうして……あ、そうか。

 アーロン様の話題が出たから、私のことを気遣ってくれているのか。

 セインめ、嫌な質問をして消えないで欲しい。


「心配しないで、大丈夫だよ」という意味を込めて、みんなに元気に話しかけた。


「解呪について、いいこと聞けたね!」

「え? あ、ああ……よかったな!」


 リックは少し戸惑っていたけれど、アーロン様のことには触れなくてもいいと悟ってくれたようで、明るく返してくれた。


「早速段階的な解呪を試してもいい? 今からパトリスとエドが悪夢を見なくなる段階まで持っていきたいわ。あと、クレールが話ができるくらいまで解呪しようと思うの。パトリスからいい?」


 エドよりも軽いパトリスで感覚を掴みたい。

 実験的な解呪になることも伝え、パトリスにお願いした。


「ヒュルーヒューヒュー」

「『私は構いません。そんなことより、改めて確認をしますが、コハネの体に大きな負担はないのですね?』って副団長は言っているよ」


 通訳してくれたリュシーも心配そうにしてくれているので、大丈夫だと大きく頷いた。


「任せてよ! 私、今張り切っているの!」


 解呪方法に道筋ができたので、今すぐに試したい!

 パトリスも納得してくれたようで、翼の腕を差し出してくれた。

 向かい合って腕を掴み、段階的な解呪を試みる。


 呪いを風船に例えると、今までは一息で一気に空気を吹き込み、風船を割っていた。

 一息でやらなければいけないと思い込んでいたので、リックの小さな風船は割れたけれど、エドの大きな風船は割れるか不安だった。

 でも、セインのおかげで一息ではなく、何度も息継ぎをしながら風船を割ってもいいと気づいた。

 これで酸欠になって倒れることもなく、余裕を持って風船を割れるのである。


 パトリスに魔力を注ぎ、状態を見ながら呪いを解いていく。

 白い光がパトリスの体を包んでいく。


 ……あ、できそう。

 段階的に呪いを解く聖魔法を作ることに成功した。


「うまくいったわ!」

「やったぜ!」

「さすがコハネ!」

「ヒュー!」

「グルル!」


 みんなとハイタッチをして喜ぶ。

 エドは座り、片足を上げてハイタッチに応えてくれた。

 肉球が見えてすごく癒された。

 とにかく、これでパトリスが悪夢を見るようなことはなくなると思う。


「ヒュルー!」

「気分がすごくすっきりしている、って喜んでいるよ。良かったですね。副団長!」

「ヒュー!」

「次はエドね」

「グオゥ!」


 やっぱりエドは一番厄介だ。

 でも、悪夢をなくすくらいはできそうだ。

 パトリスの時と同じように解呪をすると、すんなりと成功することができた。


 リュシーのときの失敗でエドの呪いを悪化させてしまい、本当に申し訳なく思っていた。

 最終目的である元の姿に戻るまで、まだ道のりは長いが、少しでも楽にしてあげることができてよかった。


「グルッ、グオオッ!!」

「団長も信じられないくらい体も気持ちも軽いってさ!」

「じゃあ、クレール……あれ? クレール!?」


 周囲を見回してみたが、クレールの姿がない。

 そういえばさっきから声がしていなかった。


「クレール、どこに行ったんだろう」

「あー……。クレール先輩、まだコハネと向き合うのが怖いんだと思う」

「え?」


 どういうこと?

 首を傾げると、リックはクレールについての話を聞かせてくれた。


「クレール先輩、見た目は俺様な感じの人なんだけれどさ……」


 聖域に入り、倒れる直前に見たみんなの正体を思い出す。

 赤い髪に橙の目の美形――確かに『クールな俺様』という感じがした。


「でも先輩、結構な人見知りでさ。目つきも鋭いから、睨んでいないのに睨んでいるって怖がられたりしたんだよ。特に女の人には、どう接したらいいか分からないみたいで……」


 リュシーもクレールについて口を開いた。


「ゴブリンになってからはさ、ほら……ゴブリンって女の人は特に嫌うだろう? だから悲鳴を上げて逃げられたり、泣かれたりして、クレールさんは、精神的にかなり参ったみたいなんだよね」


 ゴブリンになったことで、人見知りに拍車がかかってしまったんだね。


「コハネと初めて会ったときも、先輩はすごく緊張していたんだよ。コハネに怖がられるかもってビクビクしていたんだけれど、コハネは怯えることなく丁寧に挨拶を返してくれたから、先輩はすごく喜んでいたんだ」


 ……始めて会ったあの時、そんなやり取りをしていたんだ。


 二人きりで話をした時も緊張させてしまったし、思い返すと申し訳ないことをしたと思う。

 私は気づかって貰うばかりで、全然クレールに対して配慮できていなかった。

 ゲームをしてすっかり仲良くなった気でいたけれど、あんなひと時のやり取りで、長く抱えていた不安が拭えるわけがない。


「ねえ、エド。パトリス。やっぱりクレールから解呪してもいい? 私、ちゃんとクレールと話し合ってみたい」


 そう言うと、二人は笑顔で頷いてくれた。

 二人もクレールの繊細なところを気にしていたのかもしれない。


「先輩、畑に行っているんじゃないかな」

「畑があるの?」

「うん、クレールさんが作ったんだよ」

「そうなんだ!」


 私も畑を作りたい!

 クレールってきっと、すごく穏やかな人なんだと思う。

 ますますじっくり話をしたいよ。


「私、クレールのところに行ってくる」

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