14
「はあ、いい仕事したあ!」
エドにはまず池に浸かって、体を濡らしてもらった。
そしてポケットに入れていた石鹸で、エドの体を徹底的に洗った。
毛が多いから、楽しいけれど大仕事だった。
人用の石鹸だが何種類か持っていたので、少しずつ洗って試す。
一番エドの毛質にあったものを使い、思いきりシャカシャカ洗った。
この石鹸はエド専用に決定だ。
あとでみんなにも配ろうと思う。
泡は魔法で出した水で洗い流した。
私は魔法で戦ったりはできないけれど、日常でなら使うことはできるのだ。
エドは池に飛び込み、泳いで泡を洗い流そうとしたので慌てて止めた。
池を汚してしまうし、せっかく綺麗にしたのに池の水でまた汚れてしまう。
乾燥はエドが自分で火の魔法を使い、一瞬でぼふん!
とっても便利だ。
私も使いたいけれど、練習せずに挑戦すると全身を燃やしてしまいそうなので、今度コツ教わろうと思う。
最後はクシを使ってのブラッシングだ。
そうして仕上がり、モフモフ黄金フェンリルの完成である。
「あー……綺麗、かっこいい!」
本物のフェンリルは怖いけれど、エドは凛々しくて素敵だ。
何よりこの魅惑のふっくらふわふわモフモフ!
「グルル!!」
「うん? どうしたの?」
「グオオッ!!」
「!?」
エドが何か慌てているなと思っていたら、私の服がぽふん! と乾いた。
私もエドを洗うのに夢中になって、びしょぬれになっていたようだ。
確かに服が体にぴったりとくっついて気持ち悪かった。
「乾かしてくれてありがとう!」
黒のワンピースだから濡れても透けない。
ラッキーすけべにはならずにすんだ……あ、違う。
別にエドは私の下着が透けて見えても嬉しくはないだろうから、正確にはアンラッキーすけべと言うべきか。
「私のなんて誰も見たくないでしょ! でも、それはそれで凹む……」と、一人で騒いで落ち込みそうになったが、目の前のモフモフに癒されて救われた。
「エド、いい匂いになったね~!」
飛びついて匂いを嗅ぐと、石鹸とお日様の匂いがした。
いや、お日様というか、厳密にいうと火の魔法の匂いだけれど……とにかくホッとするいい匂いだ。
「グル……」
「あっ、ごめんね。モフモフ堪能しちゃった」
エドが戸惑っているのが分かったので、慌てて離れた。
とっても名残惜しいけど……!
「グオゥ!」
エドは自分の体を確かめると、嬉しそうにしっぽを振った。
「さっぱりした?」
「グル!」
「よかった!」
身だしなみはやはり大事だ。
みんなの服もちゃんとしたものを揃えたい。
何かお揃いのものを用意してもいいだろうか。
私の服はいいから、みんなにかっこいい服を着てもらいたい。
時間はたっぷりあるだろうし、裁縫を始めてみてもいいかもしれない。
「グオ!」
「?」
エドが何かに反応して空を見上げた。
何かいたのだろうか。
エドの視線追おうとしたところで、空から高速で何かが落ちてきた。
「ヒュー!!」
「グルルォッ!!」
「エドーーーー!?」
空から落ちてきたものが直撃し、エドが吹っ飛んだ!
いや、落ちてきたというか、明らかに空からドロップキックを入れていたように見えたのは……。
「ヒュー」
「パトリス!?」
横たわるエドの前で優雅に立っているのはパトリスだった。
どうしたの!? 仲間割れ!?
どうしたらいいか分からず固まっていると、近寄ってくる気配を感じた。
「おい、すごい音がしたぞ! ……って、これはどういう状況?」
現れたのはリックとリュシー、クレールだった。
音を聞いて駆けつけてくれたようだ。
説明したいけれど、私も何が起きているのか分からない。
「ヒュー、ヒュルールー」
「『人に偵察をさせておいて、自分はコハネと楽しそうにじゃれていたので思わず足が滑りました。すみません』って、多分すげえ笑顔で言っている……」
リックが少し怯えた様子で教えてくれた。
ハーピーのパトリスは無表情だが、確かにとてもいい笑顔をしている雰囲気はある。
「副団長が笑顔の時は一番やばいよ。えげつない」
リュシーがこそっと耳打ちしてくれた。
やばい? えげつない?
パトリスは『厳しい上司』という感じで、みんなから恐れられているのかな……?
「パトリス、ごめんね? ちょっとエドの臭いが気になったから洗っていたの」
「ヒューヒュー」
「グオ!?」
ようやく起き上がったエドがショックを受けている。
リックが苦笑いを浮かべながら、エドの体に手を置いて慰めた。
「ねえ、リュシー。パトリスはなんて言ったの?」
「『ああ、確かに臭っていましたね。今まで我慢してさしあげていましたが』だって」
「は、はは……」
それは言われるとつらい。
私もそんなことを言われたら、しばらく立ち直れないだろう。
「そういえばパトリスは全然臭わないね?」
「ヒュルー」
「『誰かとは違って、身だしなみには気をつけていましたので』。たしかに、副団長は頻繁に水浴びをしたり、翼の手入れをしていたよね」
「グ、グオゥ……」
「『俺も毎日水浴びはしていた』? ああ、そうですね。一応みんな水浴びはしましたね。でも、団長は毛も多いし獣臭が……あ、いや、おれはそんなこと思っていませんよ!?」
リック、そのフォローは苦しいよ……。
エドが居心地悪そうにしている。
もういい匂いがするから、これからは心配しなくても大丈夫だ。
「ねえ、パトリスは空から周辺の様子を見てきたの?」
「ヒュルーヒュー」
「え? ああ、おれ達も見ました。コハネ、妙な連中がこの聖域をずっと見張っているんだよ」
「妙な連中?」
「王都から来た騎士だな」
「森に入れなくて立ち往生していたみたいだよ」
王都から来た騎士がこの聖域を見張っている――。
心当たりがあり過ぎる。
「その人たち、私を追ってきたんだと思う」
ダイアナという聖女がいるから、私のことは放って置いてくれるかもしれないと思ったけれど、そうはいかなかったようだ。
追っ手は森の中には入ってこられないけれど、見張られていては落ち着かない。
みんなに嫌な思いをさせてしまう。
ちゃんとみんなに私の事情を話しておけなければ……。
「あのね、みんなに話しておきたいことがあるの」
◆
倒れた木を椅子代わりにして座る。
両隣にはリックとリュシーが座り、クレールたちは前の綺麗な草場で楽にしている。
「ちょっと、長い話になるけれど……」
前置きをして、話し始めた。
私は異世界から召喚されたこと。
友達だと思っていた後輩聖女のダイアナに嵌められ、聖女の地位も功績も奪われたこと。
婚約者である王子のアーロン様には信用してもらえず、婚約破棄になったこと。
そして、聖女として飼い殺しにされたくなくて、誰も手出しができないここに逃げてきたことを――。
「……そうか。コハネ、つらかったね」
リュシーが私の手を握ってくれた。
自分のことのように悲しんでくれているのが分かる。
他のみんなも、怒りや悲しみを含んだ真剣な顔をしている。
……こんな顔をさせたくなかったな。
「あはは、そうなの。大変だったんだあ」
これ以上暗い気持ちにさせてしまうのは申し訳ない。
努めて明るく振る舞ったが、みんなの表情は硬いままだ。
「この国の連中は、昔も今も碌な者がいないのか」
リックの声が怒りで震えている。
……そうか。
私がみんなの境遇を聞いて心が痛んだように、みんなも私の気持ちに共感してくれているのだ。
「みんな……」
ぽっかりと開いていた心の穴が、温かいもので満たされていく――。
私の気持ちを分かってくれる人がいる。
それだけでこんなにも救われる。
「……大丈夫だよ。コハネを傷つけた連中はみんな、僕が死なない程度に刻んできてあげるからね」
「ありが……え? ええ!?」
聖母のような優しい声色で恐ろしいことを言うリュシーに驚き、ジーンとしていたのが吹っ飛んだ。
死なない程度に刻むってどういうこと!?
刻んだら死んじゃうよ!?
「おい、リュシー。独り占めするなよ」
「ギ!」
「ヒュー」
「グルル」
みんなまで勢いよく立ち上がり、どこかへ行こうとしている。
その顔を見ると、本気だと分かった。
私が思っている以上にみんなは怒ってくれているようだ。
気持ちは嬉しいけれど! ありがたいけど! ちょっと待ってよ!
「大丈夫だよ。私はみんなに会えたから! もう平気……」
「大丈夫じゃないだろ!」
「!?」
リックの張り上げた声に驚く。
固まる私に、リュシーが優しく声をかけてくれた。
「ねえ、コハネ。僕たちは同じ痛みを知っているよ。どれだけつらいか分かるし、コハネが我慢していることも分かる」
「…………」
ぽんと肩を叩いてくれたリュシーの温かい手や、優しい目を見て、堪えていたものがまた溢れそうになる。
「……大きい声を出してごめん。コハネの場合はさ、人にも土地にも縁がないのに、がんばらなければいけなくて……おれたちよりつらかったはずだ。その上、本当は支えてくれるはずの友人と婚約者に、最後に裏切られるなんて……ひどすぎるだろ!」
「リュシー……リック……」
ああ、みんなは本当に私の気持ちに寄り添ってくれる。
「私、自分の世界に帰りたいのに、もう帰れないって言われて……」
気がつくと無意識に話し始めていた。
つらい話なんて聞かせたくないのに……口が動いてしまう。
「聖女だから人を助けなければいけないって言われても、自分をこんな目にあわせた人たちの言うことなんて聞きたくなかった。でも、関係ないとはいえ、誰かがどうなってもいいって思っている自分が嫌になって……」
何も言わずに、みんなは私の話を聞いてくれている。
みんなに見守られていると安心して、どんどん話してしまう。
「この世界で生きていくしかないなら、がんばろうと思うようになって……そんな時にアーロン様がそばにいてくれて、好きになって……」
守ると言ってくれたのに――。
最後は私のことを信じてさえくれなかった。
「私は聖女で、王子様が婚約者だなんて、物語の主人公みたいだなって浮かれていた自分が馬鹿みたい。がんばったことも全部奪われて……ほんと、馬鹿みたい」
我慢できずに涙がこぼれる。
ここに来てから、泣いてばかりいるなあ。
厳しくされるよりも、優しくされた方が泣いてしまう。
「グルルッ、グオ」
「団長の言う通りだ。コハネは何も悪くない。コハネ、この国のためにがんばってくれてありがとう」
「! …………うん」
嬉しい。
『ありがとう』
私はこの言葉が欲しかったんだ。
本当はこの国の人たちや、アーロン様からこの言葉を聞きたかった。
「おれからもお礼を言いたい。コハネ……いや、聖女様、国を守ってくださってありがとうございました」
みんなが姿勢を正し、丁寧に礼をしてくれた。
その瞬間、またブワッと涙が込み上げた。
「みんなこそ……。みんなが命がけで救ってくれたからこそ、今のこの国があるんだよ」
泣いていると話ができない。
気持ちを落ち着かせて次の言葉を紡ぐ。
「私は……正直に言うと、この国が嫌いです」
みんなが少し悲しそうな顔をした。
申し訳ないけれど、私の中に確かにある想いだ。
「でも、みんなが守ったこの国の平和を、私の力で維持することができたのだと思うと誇らしいよ」
だから、聖女として役に立つことができてよかったと思う。
がんばったことを後悔はしない。
みんなに笑顔を向ける。
すると、みんなも笑顔を返してくれた。
前を向こう、という私の思いを分かってくれたのだろう。
せっかくみんなとの楽しいスローライフが始まったんだもの。
楽しまなきゃね!
「……よし、この話はもう終わり! 貴重なお時間、ありがとうございました!」
みんなの優しさに甘えてすぐグスグスしちゃうけど、それはもう終わりだ。
しんみりするのは強制終了!
「ふはっ! なんだよ、それ」
深々と頭を下げると、リックが笑った。
何って、日本人のここぞ! というときの得意技、全力のお辞儀よ。
「明るい空気でいたい」という私の気持ちを察してか、みんなもこれ以上話を掘り下げることはしないでいてくれた。
笑顔で他愛のない話を始めてくれて、私もにこにこしながらそれを聞いている。
こういうところも、とても居心地がいい。
「あれ?」
ふと視界に入った蝶々が気になった。
まっすぐにこちらに向かってとんで来るあの蝶々、見覚えが……あ。
「セインの魔法だ」
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