13

 エドの元まで、クレールが案内してくれることになった。

 小さな背中を見ながら歩いていたけれど、ぴょんと一歩前に出て、クレールの横を歩き始めた。


「ねえ、クレールと二人きりになるのって初めてだよね?」

「! ギッ、ギ……」

「ク、クレール?」


 私の言葉を聞いて、クレールはそわそわと落ち着かない様子になってしまった。

 クレールは社交的なタイプではないようだし、緊張させることを言ってしまって申し訳ない。

 でも、せっかくなので、これを機にクレールともっと仲良くなりたい。


 まだ呪いが解けず、ゴブリンの姿でいるクレールの言葉が分からないから、どうやって会話をするか考えなければいけないが…………あっ!


「ねえ、クレール。『イエス』『ノー』ゲームしよう!」


 私が考えた質問の答えを、クレールに考えて貰う。

 そして、私はその答えが何か予想して質問していくので、クレールには「はい」か「いいえ」で教えて貰う。

 これなら話せないクレールと意思疎通ができるし、楽しいはずだ。


「ギギッ?」

「あのね、私の質問に答えて欲しいの。私はその答えを予想してして質問していくから、『はい』なら一回返事、『いいえ』なら二回返事をしてくれる?」


 突然の私の提案にきょとんとしていたクレールだったが、すぐに頷いてくれた。


「『ギ』」


 どうやら了承ついでに、『一回返事』を実践してくれたようだ。

 さすがクレール、飲み込みが早い!


「では早速……。クレールがこの森で一番好きなのは何? 思い浮かべて」

「『ギ』」

「じゃあ、質問していくね! それは食べ物ですか?」

「…………。『ギ』『ギ』」


 二回返事だったから『いいえ』だ。

 でも、一瞬返事に迷ったような間があったから、食べ物に近いもの?

 普通は食べないけれど、食べることもできるもの、とか?


「それはお花ですか?」

「『ギ』『ギ』」

「む。違ったかあ! じゃあ……草?」

「『ギ』『ギ』」

「木?」

「『ギ』『ギ』」

「きのこ?」

「『ギ』『ギ』」


 似たようなものをあげて、次々と間違っていく私に、クレールが少し笑っている。


「うーん……植物じゃないの?」

「…………。『ギ』『ギ』」


 また間が空いた。惜しいのだろうか。


「森の中にある、食べ物と植物に近いもの? えー……何だろう!?」


 そのようなものは本当に存在している?

 森……森……と呟きながら周囲を見ていると、木の枝にリスがいるのを発見した。


「……あ、動物だ!!!!」


「『ギ』『ギ』」


「ええええ、違う!? 嘘だー!」


 絶対にそうだ! と思ったのに、不正解だった。


「……ギギギッ」


 ショックで項垂れていると、隣から楽しそうな声が聞こえた。

 思わず顔を向けると、クレールが楽しそうに笑っていた。

 自信満々で外れた私が面白かったのだろうか。

 それにしても、シャイなクレールが、私と二人の時にこんな笑顔を見せてくれるなんて……。

 意外驚いたが、とても嬉しい。


「クレール、まだまだ始めたばかりなんだからね! 当ててみせるから!」

「ギーギギギー」


 頑張れ、と言ってくれたのかなあ?

 雰囲気しか分からないけれど、クレールがとても楽しそうだから万事良し。

 さあ、張り切って当てるぞ! と意気込んだ。

 一度食べ物に近いという発想から離れよう。

 この森にあるもので、好きなもの…………あっ!!


「それは『人』ですか?」

「『ギ』『ギ』」

「え、違うの? みんなのことだと思ったよ。今度こそ当たったと思ったのになあ」


 クレールの答え、難易度が高すぎませんか?

「クレールの好きなものが知りたい」と思って、何気なく聞いた問題だったけれど、初めは『好きな色』とか、分かりやすいものにすればよかった。

 そんなことを考えていると、クレールが声を漏らした。


「『ギ』」

「?」


 視線を向けると、思いきりそらされてしまった。

 その様子は、照れているように見えて……もしかして?


「今のは、『好きなものはみんな』って言った私の言葉に『はい』って言ったの?」


 改めて聞くと、クレールは更にプイッとそっぽを向いてしまった。

 ははーん、これは……。


「なるほど。答えとして考えていたものとは違うけれど、みんなのことも好きってことね?」

「…………っ」


 隣を歩いているクレールの足が早くなる。

 私よりも歩幅が小さいから、早く進むのは大変なはずなのにずんずん先に行ってしまう。

 とても照れているようだ。


「みんなもクレールのことが好きだと思うよ! 私もとっても気が利く優しいクレールが好きだよ!」

「!」


 そう言うと、クレールの歩く速度はもっと速くなってしまった。

 クレールって、シャイですごく可愛い。

 でも、私を置いていかないで~!


 必死に追いかけていると、クレールは急に立ち止まり、こちらに振り返った。


「ギ」


 そして恥ずかしそうに顔をそらしながら、私を指差した。


「私? 私が何……あ。もしかして、『みんな』の中に私も含まれてるってこと?」

「『ギ』!」


 確認すると、ちょっと投げやりな感じで肯定してくれた。

 この素っ気なさは「照れ」だと分かっているので、余計にクレールのことが可愛く思えた。


「ありがとう! クレール!」

「ギッ!?」


 感激して、ついクレールの頭をなでなでしまった。

 今のクレールは小柄だからついこんなことをしてしまったけれど、小さい子扱いしたら失礼だよね。

 それにクレールって……。


 森に入って倒れる前に見た姿――本当の姿では、赤い髪にキリッとした目のかっこいい美形……きっとあの人だ。

 あんな鋭い感じのイケメンをなでなでしてしまってごめんなさい。



 それからもゲームを続けながら歩いた。

 私は正解できないまま、どんどん進む。


「ギ」


 クレールが足を止め、茂みの方を指差した。


「あ、あれは……」


 そちらに目を向けると、緑の合間からエドの金色の毛並みが見えた。

 エドは休んでいるのか、動く気配はない。


「クレール、案内してくれてありがとう。エドと二人で話してきていいかな?」


 リュシーの呪いを引き受けてくれたことを話したいから、ひとまず二人で会いたい。


 頷いて了承してくれたクレールが引き返して行くのを見送った。


「あとで答え、教えてね!」

「ギ!」


 去って行く背中に声をかけると、手を上げて応えてくれた。

 できればリックやリュシーに通訳して貰わずに知りたいなあ。


「さて」


 素敵な時間をくれたクレールと別れ、エドの元へ歩き出す。


「あれ、ここって……」


 周りの景色をよく見てみると、リュシーの呪いを解く場となった、あの池の近くだった。


「いた」


 池のほとりに伏せているエドを見つけた。

 背景の水面と同じくらい、金のフェンリルは輝いている。


「エド!」


 声を掛けて歩み寄りって行くが、エドが動く様子がない。

 体がゆっくりと上下し、呼吸をしているのは分かる。

 眠っているのかも?

 ゆっくり顔を覗くと、やはり目を閉じていた。


「グ……ググゥ……」

「エド?」


 苦しそうなうめき声だ。

 瞼は下りたままだが、眉間には深い皺が刻まれている。

 呪いの影響で悪夢を見ているのかもしれない。

 起こしてあげた方がよさそうだ。


「エド……ねえ、エド…….」

「グル……グルルルァッ!!!!」

「きゃあ!」


 エドの体を揺すろうと手を伸ばした、その瞬間——。

 飛び起きたエドに押し倒され、前足で地面に押さえつけられた。

 胸を押さえられていて苦しい。

 息ができない。


「エ、ド……」

「…………っ!! グォ!?」


 青い目と視線が合った瞬間、エドは私に気づいたようだ。

 慌てて手を放し、後ろに飛びのいた。


 エド、夢と現実が分からなくなっていたんだね。


「グ、グルゥゥゥゥ……」


 しっぽも頭も地面にめり込んでしまいそうなほど下がっている。

 声もとても申し訳なさそうだ。

「大丈夫」と言ってあげたいが、ごほごほと咽てしまって声にならない。

 その間もエドはオロオロしながら私を見ている。

 大きく息を吸い込み、呼吸を整えるとようやく話すことができた。


「こほっ……もう、大丈夫よ。いやな夢を見たのね?」

「グゥ……」

「そんなに落ち込まないで。エドは無意識だったし、私が不用意に近づいたのがいけなかったのよ」

「……グォ」


 気にしなくていいのに、かわいそうなほど耳を下げてしょんぼりしている。


「気にしないで。本当に大丈夫だから」


 慰めるように、金の長い毛に覆われた背中を撫でた。

 すると、エドがこちらをジーっと見て来たのでハッとした。

 本当は人間だから、こんな風に撫でられるのは嫌だったかな?


「ごめんね、馴れ馴れしく触って!」


 慌てて手を避けると、エドは首を横に振った。


「グルッ」

「……触ってもよかったの?」

「グォ」

「じゃあ……まだ撫でていい?」

「グォ」


 お言葉に甘え、遠慮なくなでなでさせて貰う。

 金色の綺麗な毛なのに、自然の中で暮らしているから、汚れていてサラサラではないのが残念だ。

 撫でる手は止めることなく呟く。


「夢と現実の境が分からなくなるような悪夢を見たのは、呪いが悪化しているからね。私が一人で解呪できなかったから……ごめんなさい」

「グルッ」


 エドは頭を横に振っている。

 謝らなくていい、ということだろう。


「ねえ、エド。エドがリュシーの呪いの一部を引き受けてくれたこと、みんなに話してもいいの?」

「グルゥ」


 再びゆっくりと頭を横に振る。


「リュシーが気にしちゃうといけないから?」

「グルッ」

「うん。そう言うと思った。……みんな優しいよね」

「グゥ?」

「私にしばらく解呪はしなくていいって言うのよ。エドもでしょう?」

「グル!」

「……私、呪いを解くこと以外に役に立てないのになあ」


 聖女であることしか私には価値はない。

 行くところがないから、ここでお世話になるつもりでいるけれど、役に立てないのに置いてもらうのは心苦しい。

 どうすればみんなの力になれるだろうか。


「グオオッ」


 エドが首を横に振っている。


「そんなことない、って言ってくれてる?」

「グゥ!」


 今度は首を大きく縦に振ってくれた。

 力強く頷いて、私を肯定してくれるエドの気持ちが嬉しい。


「ありがとう」

「グオ! グルッ! グオオッ!」

「……うん?」


 エドが何かを必死に伝えようとしてくれている。


「?」

「グオ! グオ! グルルルッ! グオッ!」

「????」

「グオーーン!」

「……ふふ。ごめん、全然分からないっ」


 こんなに迫力があってかっこいいフェンリルが、一生懸命何かを言っている姿が微笑ましい。


「笑ってごめんね! でも、エドが可愛くてっ」

「…………」

「ふふっ」


 エドが複雑そうな顔をしているが、我慢しても笑いが込み上げてくる。


「グオ!」

「うん?」


 エドが口をパクパクして、何かを伝えようとしている。


「あ、ごはん? もしかして、私の作ったごはんが美味しかったって言ってくれているの?」

「グオオオ!」


 嬉しそうにこくこくと頷いてくれているので、正解したようだ。

 私が「何も役に立てない」と言ったから、ごはんが美味しかったと言ってくれたんだね。

 そっかあ。よかった……。


 みんなのためになることは何もできないと思っていたけれど、ごはんを作ったり、生活の手伝いならできる。

 だから――。


「……私、ここにいてもいいかな?」


 ここに来てからずっと、ちゃんと面と向かって「ここに置いてください!」とお願いをしなければいけないと思っていた。

 でも、断られるのが怖くて、明言せずに居座ってきてしまった。


 恐る恐るエドを見ると、隣に腰を下ろしたエドが、しっぽでぐるりと私を包んでくれた。

 ……これ、とても安心するなあ。


 いてもいい、そう言ってくれているのが分かる。

 エドの大きなしっぽに、もたれさせてもらう。


「早くエドと話がしたいよ」


 こうやってフェンリルのエドと一緒にいるのも素敵だけれど、エドの声が聞きたい。

 言葉を交わして、エドがどんなことを考えているのか、感じているのか聞いてみたい。


「元の姿に戻ったら、エドの話をいっぱい聞かせてね」

「グオッ」

「ふふっ、今のはどっち? いいよって言ったの? ダメって言った?」

「グオッ」

「だからどっち〜」


 こういう魔物の姿だからできる楽しいやり取りは、今のうちに存分に楽しんじゃおう!

 魔物の姿であっても、エドはエドだしね!


「ねえ、エド。言いづらいんだけれど……私、思い切って伝えたいことがあるの……」

「グ、グオ?」


 エドが動揺している。

 緊張しているのか、行儀よく座り直した。

 私、これは伝えないといけないの。


「エド、臭い」

「…………。…………グオ!?」

「体、洗おう? ちょうど目の前が池だし!」


 金の毛は綺麗だけれど、やっぱり野性味があるの!

 今はエドの毛をふわモフにするのが、私の使命だと思うの!




 ◆




「聖女様!」

「ダイアナ様!」


 リノ村近くの聖樹の元に着くと、私を待ち受けている村人たち姿があった。

 どうして村から出て、ここにいるの?


「聖樹の近くが一番安全だろうということで、避難してきたようです」


 私の疑問が顔に出ていたのか、そばにいた騎士が教えてくれた。

 思わず顔をしかめそうになったが我慢をした。


 村人たちの縋るような視線が鬱陶しいが、聖女らしく振舞わなければいけない。

 笑顔をはりつけ、村人たちの視線の中を歩いた。


 怪我人もいるようで、包帯を巻いている人の姿がちらほらと目に入る。

 魔物は村にも入り込んだのだろうか。


「ダイアナ! 来てくれたか!」

「アーロン様」


 聖樹の前に着くと、アーロン様と数人の騎士がいた。

 周辺の魔物の討伐は済ませ、私を待っていたようだ。


「あ……セイン様」


 見たくなかった姿も見つけ、思わず顔を歪めそうになった。

 そんな私を見て、セイン様は微笑んだように見えた。

 ……まずい。慌てて取り繕い、セイン様に笑顔を向ける。


「セイン様も来てくださっていたのですね。心強いです」

「聖樹の状態が見たかったからな。……あのような有様だ」

「…………あ」


 セイン様の視線の先にある聖樹を見て、思わず固まった。


 浄化され、本来の力を取り戻した聖樹は生命に満ちている。

 力強く伸びた枝、みずみずしい青い葉——。

 聖樹全体が淡い光を放ち、神々しい光景を見せる。

 私が浄化した直後はそうだった。

 でも、今目の前に広がっているのは……。


「聖樹が……枯れそう?」


 青かった葉はみずみずしさを失い、茶色くなっている。

 まとっていた光もない。


「急に……一気にこのような状態になってしまったのです! そして魔物が現れ始め……! 村には怪我人がいます! 毒にやられたような状態になり、体調を崩した者もいて……」


 聞いてもいないのに、村人の老人が話しかけてきた。

 ぐいぐいと迫ってくる小汚い老人に顔を顰めたくなる。

 あまり近寄らないで欲しい。


「ダイアナ、すぐに浄化を頼めるか」


 悪態をつきそうになるのを我慢している中、アーロン様に話しかけられて慌てた。

 いけない、気を抜いちゃだめだわ。


「え、ええ……もちろんですわ」

「ああっ、聖女様。我らをお救いください! 聖樹があんな状態では、我々は村で暮らしていけないのです!」


 知らない老人たちの暮らしなんてどうでもいいことだ。

 でも、私の地位と名誉を守るためには、がんばらなければならない。

 そのためには、触りたくない手も我慢して握る。


「ご安心ください。どうぞ私にお任せください」


 老人の手を取って微笑み、安心させる。


「聖女様……なんと慈悲深い……」


 村人たちが手を合わせ、私に感謝の意を示す。

 こんなことで心酔してくれるのだから安いものだ。


「では、聖樹を浄化いたしましょう。みなさんも祈ってください」


 聖女らしく振舞いつつ、思考を巡らす。

 コハネから浄化を再複製できなかったが、最初に複製していた浄化の能力が消えてしまったわけではない。

 以前の『浄化』でもう一度やってみるしかない。


 やる必要のない祈りのポーズを取りながら、複製能力を使う。

 すると、眩しい光が聖樹を包んだ。

 急速に聖樹がみずみずしさを取り戻していく――。


「さすが聖女様!」

「ありがとう、ダイアナ」


 村人たちから歓声が上がる。

 ……よかった。うまくいったわ。


 でも、前回はどうして失敗したのだろう。

 たまたま上手くいかなかっただけだろうか。


「ああっ」

「そんな……!」


 そんなことを考えていると、村人たちから悲鳴が上がった。何?

 村人たちの視線の先、聖樹を見て愕然とした。


「ど、どうして……」


 みずみずしさを取り戻していたはずの聖樹が、また枯れ始めたのだ。


「ダ、ダイアナ……これはどういうことだ?」

「アーロン様っ、私も何が起きているのか……」

「とにかく、もう一度頼めるか」

「も、もちろん」


 再び浄化をすると、またみずみずしさを取り戻し始めた。


「よかった…………あ」


 また村人たちから悲鳴が上がる。

 聖樹の葉の青が、また茶色に――。


「聖女様! どうか聖樹をお清めください……!」

「我々をお救いください!」


 うるさい! と怒鳴りたいのを我慢し、浄化を繰り返すがすぐに戻ってしまう。


「ああ……なんてことだ……」

「聖樹はもう戻らないのか?」


 繰り返すたびに、村人たちの不安の声が増していく――。


「村人たちをもっと安全な場所に移動させろ。……ダイアナ、大丈夫か?」


 私を気づかい、アーロン様が村人たちを遠ざけてくれた。

 村人たちは顔を曇らせたまま、騎士達に誘導されて離れていく。

 私を見張るような目がなくなり、少し余裕ができたが、悪い状況であることは変わらない。

 どうすれば乗り切れるだろう。


「アーロン様……」


 こうなったらもう、都合の悪いことは全てあの女のせいにするしかない。


「こんなことはおかしいです。誰かが意図的に、浄化を妨害しているとしか……」

「妨害?」

「はい。私はしっかりと浄化をしております。でも、効果がすぐに消えてしまう……。私の浄化を打ち消す、何かの力が働いているとしか思えないのです。そんなことができるのは……」


 そこで言葉を止め、悲しげに俯く。

 すると、アーロン様が望んでいた答えを口にしてくれた。


「……聖女であるコハネなら可能か」


 狙った通りになった、と緩みかけた頬を引き締め、更に顔を悲しげに曇らせる。

 もっと私には非がないと思われる方向にもっていきたい。


「コハネ様は私を恨んでいるのでしょう……。儀式を私に押しつけたのも、私がアーロン様のことを好きになってしまったことに気がついて……」

「…………っ! 俺がダイアナを選んだことは、ダイアナのせいではない」


 アーロン様は、コハネから私に乗り換えたことに罪悪感がある。

 だから、それを刺激すれば、私に向けられる非もアーロン様が引き受けてくれるのだ。


 私が加わるまでの聖女一行は、コハネを中心として動いていた。

 アーロン様もコハネを守り、支えていた。

 でも、コハネは一人でも聖女の役割をこなしていたため、アーロン様はもっと国やコハネの力になりたいという歯がゆさを感じていたようだった。

 私はそれにつけこんだ。


 コハネのように支えを必要としない者ではなく、アーロン様の支えがなくてはならないか弱い女を演じたのだ。

 コハネの目がないところで、私は必死に努力をするフリをしながらアーロン様を頼り続けた。

 その結果、アーロン様の心はコハネから離れ、私に傾いた。


 そして、コハネが私に儀式を押しつけるという悪女になったことで、アーロン様と私は『女を乗り換えた男と略奪女』から『悪女の被害者たち』となり、関係を公にしても批難を受けない立場になれたのだ。


「アーロン様、私……どうしたらいいの……」


 ここで仕上げにアーロン様の腕に縋れば、それで解決だ。


「やはり多少強引な手を使っても、コハネとは話し合わねばならないな」


 あとはアーロン様に任せて泣いていればいいかと考えていると――。


「根拠は?」

「…………え?」


 セイン様が私に詰め寄ってきた。


「ダイアナ。君に聞いている。コハネが妨害しているという根拠だ」

「それは……そうじゃないと……おかしいもの……」

「つまり、根拠はないのだな」

「…………」


 なんなのだろう、この人は……。

 我慢できずに顔を顰めてしまう。


「俺は事実だけを信用する。今ある事実は、『コハネが浄化した聖樹は正常に機能しているが、君がしたところには問題がある』ということだけだ」

「…………!」


 それはまるで、私に問題があると言っているような言い方だ。

 言い返したいが、もっと効果的な手段を選ぶ。

 更にアーロン様に縋り、必死に涙を流す。


「そ、そのような言い方はあんまりです! 私、みんなのためにがんばったのに……」

「そうだぞ、セイン! 王都の浄化はしっかりとできているじゃないか!」


 ほら、アーロン様は思い通りに動いてくれる。

 なんと頼もしいのだろう。


「王都の浄化はできている……ははっ」

「? セイン、何がおかしい」

「いや、コハネの言葉を思い出したのです。コハネの故郷では、そういうセリフを『フラグ』と言うらしい」

「ふらぐ?」

「とにかく――。村人たちには、もう村には戻らず避難してもらった方がよいかと思います」


 聖樹が浄化できなかったので、このままでは村は魔物の脅威にさらされ続けることになる。


「……たしかに、これ以上彼らを危険な目に合わせるわけにはいかない。原因の調査が済み、解決できるまでは王都に避難してもらおう」


 アーロン様が騎士達に村人保護の指示を出す。

 セイン様の視線を感じた私は、慌ててアーロン様にくっついた。

 するとセイン様がアーロン様を呼び止めた。


「セイン? まだあるのか?」

「浄化の旅に出ることを渋るコハネを説得し、責任を持って守ると仰っていたときのお前は、正しく民の上に立つ者だった。だからこそ……残念だ」


 そう話すと、セイン様は私達から離れて行った。

 お前? 王族であるアーロン様に、いくらセイン様でも呼び捨ては無礼だ。


「アーロン様に対して、なんてことを……!」

「…………」


 アーロン様を見ると、険しい顔で去って行くセイン様の背中を見送っていた。

 あんなことを言われたのに、どうして怒らないのだろう。

 立場を分からせないとなめられてしまうし、アーロン様の妃となる私の価値も下がってしまう。


「アーロン様、大変です!」

「! ……どうした?」


 セイン様の言葉を聞いて、何故か神妙な顔をしていたアーロン様の元に騎士が駆けてきた。


「王都から緊急連絡が……!」

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