12

 目を開けると木製の天井が見えた。

 壁も木製で所々隙間があいているのか、外からの光が差し込んでいる。

 何かチクチクするなと思ったら、体の下には藁のような枯れ草が敷いてあった。

 世界の名作アニメで出てきそうな藁のベッドだ。


 ここはどこだろう、私は何をしていたっけ?

 頭がボーっとしてしばらく考えが回らなかったが、ここは聖域に入って最初に見たあの山小屋のような建物の中だろうと思い至った。


「よく寝たあ」


 頭はとてもすっきりしているが、体がだるい。

 これは寝すぎた時の感覚だな。

 でも、体が重いから二度寝しようかなと思っていると、真横から声がした。


「おはよう、コハネ」

「!」


 誰もいないと思っていたから、とてもびっくりした!


「!!」


 そして更に、その人の容姿で驚いた。

 こんな山小屋のような場所に、天使がいるよー……。


「おはよう、リュシー」


 水色の髪だから、水を司る天使かな。

 寝ぼけている今のようなときに見ると「ここは天界か?」と錯覚してしまう美しさだ。


「コハネ。僕の呪い、解いてくれてありがとうね」

「は、はい。お役に立てて光栄です……」


 思わず敬語になってしまう。ああっ、笑顔が眩しいっ!

 近いと心臓に悪いので、思わず距離をとったらすぐに詰められた。

 この輝きを近距離で浴びると心臓に負担がかかるので、一定距離を開けて頂きたいです!


 リックといい、やはり元の姿のみんなは美形すぎる。

 同じ空気を吸わせて頂くことに恐縮しちゃうよ。


 倒れる直前に渡した服を着てくれているけれど、アーロン様のものなのでリュシーには大きかったようだ。

 ブカブカに萌える――これぞ彼シャツ効果! と思ったけれど、この場合の『彼』はアーロン様になるので全否定しておきたい! ……あ。


 ――ぐうううう


 心の中でヒートアップしそうになっていると、お腹が鳴った。

 可愛い「ぐぅ」ではなく、しっかりと空腹を主張する強い「ぐう!」だった。

 恥ずかし過ぎて、照れることもできずに真顔になる。

 アーロン様のことを考えていたから、これはアーロン様の呪いに違いない!


「よかった。お腹が空くぐらい元気みたいだね。これ、どうぞ」


 からかわずに軽く流してくれた水の天使様の慈悲に感謝だ。

 リュシーが渡してくれたのは、真っ赤に熟した美味しそうなリンゴだった。

 凄く美味しそう!


「あ、ごめん。皮をむいた方がいいよね」

「ううん、大丈夫よ。そのままかじっちゃう! いただきまーす。……わあ、おいしいっ」


 大きいリンゴなのに繊細な美味しさだ。

 程よく酸味があって、しっかりと甘みがある。

 今までこんなおいしいリンゴを食べたことがない。

 あっという間に食べてしまった。

 なくなった……もっと食べたかった……。


「まだあるよ?」

「いいの!? ありがとう!」


 二個目にすぐかぶりつく。

 リンゴ二個一気食いは乙女としてどうかと思うけれど、空腹には勝てない。


「もしゃもしゃ食べてるコハネ、可愛いね。リスみたい」

「ぐふっ!」

「コハネ!?」


 リュシーにびっくりするようなことを言われ、リンゴをのどに詰まらせてしまった。

 可愛いのはあなたです!


「ご、ごめん。大丈夫……」

「ふふっ。いい食べっぷりだね。まあ、三日も寝ていたからね」

「そう、三日も…………え、三日!?」

「うん。もう一つどうぞ」

「頂戴いたします」


 三個目を渡してくれたのでありがたく受け取る。

 どうしよう……これ、無限に食べることができる。


 それにしても、三日も寝ていたのか。

 どおりですっきりしているわけだ。

 起きた直後に感じていた体の重さも、意識がはっきりするときれいさっぱりなくなった。

 魔力も戻っているし、絶好調!

 これなら解呪にも取り掛かれそうだ。


 ――コンコン


「はい」


 扉をノックする音にリュシーが返事をすると、クレールが中に入ってきた。


「ギ!」

「クレール! おは…………うん?」


 挨拶をしようと思ったら、クレールが綺麗なお辞儀をした。

 腰を九十度に曲げて深々と頭を下げるこの礼は、お礼というより謝罪のようだ。


「どうしたの?」

「ギー……」

「僕も謝らなきゃ。ごめんね、コハネ。作ってくれたごはん、みんなでももう食べちゃったんだ。一日目はコハネが起きるのを待っていたんだけれど、いつ起きるか分からないし、せっかく作ってくれたものが食べられなくなったらだめだから」


 二人して深刻な顔をしているから何を言われるのだとドキドキしたが、悪いどころか有難い話だった。


「うんうん、待っていてだめにしちゃうより、食べてくれた方が嬉しいよ! ありがとう! どう? おいしかった?」


 元の世界とこの世界の食文化にはそれほど違いはなく、食材や調味料も大体同じだ。

 味覚に大きな違いはないと思うけれど、私の料理がみんなの口に合ったのか気になる。


「ギ! ギギギッ!」

「あんなにおいしいごはんを食べたの、初めてだったよ。クレールさんも美味しかったって言ってる」

「本当? よかった!」


 ホッと胸をなで下ろしていると扉が開き、リックが入ってきた。


「お、起きたか」

「ギ!」

「そうそう。コハネがいるんだからノックしなよ」

「え? ああ! ごめん」

「ふふ。大丈夫よ」


 リックは二人に叱られてしまったが、リュシーが元の姿に戻り、こうして『会話』を聞けるようになったことが嬉しい。

 あ、そうだ。


「私、体調がいいの! 今からクレールの解呪をしよう!」

「ギ」

「「だめ」」

「え? なんで?」


 三人揃って、まさかの否定。


「あのな、コハネ。お前、ここに来てそんなに経っていないのにポコポコ倒れているんだぞ?」

「そんな、おきあがりこぼしじゃないんだから。ポコポコは倒れて……るかな?」

「倒れている! とにかく、みんなで相談して、コハネに無理はさせないって決めたんだ。もう元に戻して貰っているおれが言うのもなんだけど……。これからお願いするクレール先輩たちもそう言っているし」

「ギ!」

「え、でも……本当に大丈夫なんだよ?」

「ギ」

「「だめ」」


 再度拒否をすると、クレールは外に行ってしまった。

 逃げられた……!


「さすが先輩! コハネの気持ちはありがたいけどさ、しばらくゆっくり休んでくれよ」

「むむ……」


 本当に大丈夫なのに、みんなは心配性だ。

 今こそ聖女として本領を発揮する時だ! と意気込んでいたので残念だ。

 あ、でも……エドに迷惑をかけてしまったので、自分の力を過信するのはやめるべきだろう。

 反省と感謝をするため、しばらくはおとなしくすることにした。


「ねえ、リック。エドとパトリスは?」

「外にいるよ」

「そっか。……エドの体調はどう?」

「いつも通りだけど? 何かあったのか?」

「もしかして、僕の解呪のときに何かあったの? 団長がそばにいてくれた気がするけど……」


 私の解呪が未熟で、リュシーの呪いの一部をエドが引き受けたてくれたことを、みんなは気づいていないようだ。

 私としては、力足らずだったことを伝えて謝りたいけれど、エドなら「リュシーが気にするから言わなくていい」と言いそう。

 話すにしても、一度エドに相談してからの方がいいと思った。


「なんでもないよ」


 そう言って笑うと、みんなは不思議そうな顔をしていたけれど、問い詰めてくることはなかった。

 私はやはりエドの体調が気になる。

 心配だから様子を見に行こう。

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