11

 リュシーの呪いはクレールよりも深刻度が高い。

 リックの解呪でギリギリだったことを思えば、不安が大きい。

 私にできるかな……。

 いや、やると決めたのだからやる! やり遂げてみせる!

 地面に座り、リュシーを膝に乗せて抱きかかえる。


「始めるね」

「…………ピ」


 冷たくて肌触りのよいリュシーを撫でる。

 気持ちいいこの触り心地も最後にしなきゃね。

 魔力で繋がると、リュシーの状態がより見えてくる――。


(リックよりも真っ黒だわ)


 リュシーの体を蝕むこの黒を白に変えていかなければいけない。

 呪いを解いていくとき、リックの時と同様に痛みがあると思うが……あ、そうか。

 リュシーに痛覚はないから、それは大丈夫か。

 最初で最後の、リュシーがスライムでよかったことだな。


「…………っ」


 魔力を注ぎ続けていると、くらりと目眩がした。まずい。

 やはりリックの解呪をした疲れがとれていない。

 魔力も完全に回復していない。

 今回も気合で乗り切るしかない。

 やればできる、やればできる……自分に言い聞かす。


 解呪中は私の体にも負担がある。

 重力が増して、押しつぶされるような感覚がいつもある。

 今回、かつて感じたことがないほど体が重い。

 内臓が潰れそう……。

 もし、失敗したらどうしよう。

 一瞬不安に襲われた。その時――。


「グルルゥ」

「? え……エド?」


 解呪を続ける私の前にエドが座った。

 頭をこちらに向け、魔力を放出して私に干渉してきた。

 え? 何をするつもり?

 解呪を止めるわけにはいかず、混乱しながらも続けていると……。


(あれ……私の体、軽くなった?)


 どうして?

 戸惑ったが、呪いも一気に解け始めたので気を引き締めた。

 よく分からないけれど、このまま一気にいけば解呪ができる!

 魔力をふりしぼり、畳みかけるように呪いを解いていく――。


(黒を白く……白く……よし、もう少し…………あっ)


 もう一歩、というところで、私は解呪が進んだ理由に気づいた。

 いや、これは解呪が進んだんじゃない。

 リュシーの呪いの一部がエドに流れている。

 エドは私が解ききれない分のリュシーの呪いを、その身に引き受けてくれているんだ……!


 でも、そんなことをしたらエドの呪いが悪化してしまう。

 思わずエドを見ると、目が合った。

 エドの蒼い目が「これでいい。リュシアンの呪いを最後まで解け」と言っている。

 たしかに、このまま解呪を止めても失敗するだけだ。


 ……不甲斐ない。

 解呪してみせる! なんて大見得を切ったのに、エドに負担をかけてしまった。


「グル……」


 エドが「大丈夫だ」と言っている気がする。

 優しい目がそれを物語っている。

 余計に申し訳なくなったけれど、解呪に失敗したらエドの助けも無駄にしてしまう。

 必ず成功させなきゃ……!

 限界まで魔力を出し切り、残りの呪いを一気に消し去る!


「…………あ」


 膝の上にいたリュシーが、変形しながら離れた。


 白い光に包まれていたまるいシルエットが、人の形になっていく――。


「……僕、の…………手……だ……」


 光が消えると現れたのは、倒れる前に見た白銀の騎士たちの一人。

 水色の髪に灰色の目の美少年だった。

 高校生くらい、少し年下かな? という印象だ。

 自分の手をみつめ、長いまつ毛が縁取る瞼をぱちぱちさせている。

 透明感のある綺麗な子だな……と思っていると、その子が近づいて来て、私に抱きついた。


「え……リュシー!?」

「感じる。温かい」


 そう呟くと、リュシーの私を抱きしめる腕に力が入った。

 ああ、そうか。

 リュシーは久しぶりの『感覚』を確認しているんだ。


「グルルッ」


 そばにいたエドが嬉しそうな声を出した。

 エドのおかげで成功したよ。

 見つめあって微笑む。

 リュシーのことは安心したけれど、一部の呪いを引き受けてくれたエドのことが心配だから、魔力が戻ったら一度体を見せてもらおう。


「いい匂いがする」


 リュシーはそう言うと、子犬のように顔をすりすりと寄せてきた。

 わ、私、必死だったから、汗をかいて臭くないかな……。

 それに綺麗だけれど男の子だし、くっつかれると緊張してしまう。


「ありがとう。コハネ」

「う、うん」


 分かったから、もう離れようね?


 そもそも、リックの時と同様に……リュシーもまた『ありのままの姿』だしね!

 空気を読んで叫ばずにいたけれど!

 肌色一色ですからー!!


「おい! いつまでくっついているんだ!」

「やめろよ。叩かれると馬鹿になるじゃん。……あんたみたいに」

「はああああ!? お前、戻ってすぐにそれかよ!」

「ふふっ」


 二人のやり取りがちゃんと分かる。

 リュシー、結構毒舌なんだね?


「あ」


 リックとリュシーのやり取りを見て和んでいたら、ぐにゃりと視界が歪んだ。


「「コハネ!」」

「ギ!」

「ヒュー!」

「グル!」


 ああ、また倒れてしまう……。

 意識が遠のいていくが、気絶する前に大事なことが!


「ふ、服……リュシー……着て……」


 ポケットからリックに渡した服と同じものを取り出して差し出す。


「いや、そんなことはいいから! 大丈夫か!? 早く横になれ!」

「よくないよー」



 体を支えてくれたリックに言い返す。

 全裸の美少年なんて問題しかないよ!

 犯罪の匂いしかしないよ!


 そう言いたかったけれど、言葉にできないまま私は完全に意識を失った。





 ◆





「まったく、忌々しいわ」


 本来なら浄化の旅が終わった今、悠々自適に豪華な生活を始められていたはずなのに……。

 コハネが聖域に篭ったせいで、余計な気苦労をさせられている。


 リノ村に魔物が出たため、以前私が浄化した聖樹の様子を見に行かなくてはいけなくなった。

 出発の時にメレディス様が見送りに来てくれたが、「よろしく頼む」と微笑む顔を見て、この人は私を試そうとしているのはないかと思った。

 私の浄化に問題があったと疑っているのだろう。

 かなりまずい状況だ。

 もう一度浄化をしてみて、それでも魔物が出るようだったら一層疑われることになる。

 詳しく私のことを調べられると、ボロが出てしまうかも……。


 浄化の複製に問題があったかもしれないから、できれば複製をやり直したい。

 そのためにはこっそりコハネに会わなければならない。


 アーロン様には先にリノ村へ行き、魔物を倒しておいて欲しいと頼んだ。

「魔物がいると怖い!」と怯えたふりとすると、張り切って行ってくれた。

 扱いやすくて本当に助かる。

 この隙に聖域に寄ってコハネと会い、浄化の複製をしたい。


 王都の外れにある聖域から少し離れたところに馬車を止める。

 護衛の騎士たちについて来られると困るから、「一人でコハネを説得してくる」と言いくるめ、馬車で待機させた。




 聖域の前に立ち、入ることができるか試してみる。



「……無理か」


 見えない壁のようなものに阻まれて進めない。

 浄化の能力を持っていたら入ることができるかもしれないと思ったけれど……だめだった。


「チッ」


「お前は偽物だ」と言われているようで胸糞が悪くなり、思わず舌打ちをしてしまった。

 誰もいないからいいけれど……。

 そう思った時、背後で気配がした。


「聖女様……?」

「誰!?」


 驚いて振り向くと、そこには護衛騎士の一人が立っていた。

 彼はたしか、ウエストリー出身の田舎騎士だったと思う。

 舌打ちを聞かれたかと焦ったけれど、驚いている様子もないし、大丈夫そうだ。


 だが、私の言いつけを守れないなんて使えない奴だ。

 そこそこ顔がいいから気に入っていたけれど、所詮は田舎騎士ということか。

 こんな奴相手にも取り繕わなければいけないなんて苛々するが、悠々自適な暮らしを手に入れるためだ。

 我慢して聖女らしく振舞うことにした。


「どうしました? 馬車で待っていてくださいと頼みましたが……」

「やはり聖女様をお一人にするわけにはいかないので……。あの、聖域には入らないのですか?」


 心の中で「入ることができたら苦労してないわよ!」と毒づく。

 この男には私を苛立たせる才能があるようだ。

 なんとかクビに追い込もうか。

 今はまだ騎士だから、この場はなんとかするしかないけれど……。


「え、ええ。今はリノ村に行かなければいけませんから、あまり時間がないでしょう? ここでお話ができないか考えていたところよ」


 邪魔な騎士がいては上手くことを運べないし、「出直すしかないか」と考えていると、森の茂みから人が現れた。

 それは水色の髪の綺麗な男の子だった。


「…………っ!」


 ただの綺麗な子、ではない。

 思わず息を呑んだほどの、メレディス様級の美少年だ。

 どこかでみたようなシンプルな服だが、それがこの少年の美しさを際立たせている。

 どうして聖域の中にこんな子が!?


「あ、あなたは……?」

「あんた誰」


 動揺しながらもにこやかに話しかけたの、無表情でそっけなく質問をされた。


「わ、私はダイアナと申します」

「ここで何をしている」

「い、いえ……」


 こうして綺麗な女の子が微笑みかけているのに、どうしてそんなに愛想がないのよ。

 そんなことより、あなたは誰なの。


「あの、ここは聖域なのでは? 中にいるあなたはもしや……聖なる使い?」

「はあ?」


 無表情のままだが、私を馬鹿にするような声色にムッとしてしまいそうになる。

 ……騎士がいるから我慢だ。


「この聖域に入ることができるのは、聖女と聖女の騎士だけだから」

「え? 聖女の騎士?」


 聞いたことがないが、言葉通りだと「聖女を守る専属の騎士」ということ?

 この森にはそんなものがいるの?

 まさか、この子はコハネを守っているの!?


「聖女様、この者はどういう……」

「聖女?」


 私に話しかけてきた田舎騎士を見て、美少年は首を傾げている。

 そしてちらりと私を見ると、「フッ」と笑った。

 それはどういう笑み!?


「おい! 解けたからって黙って森を出るなよ!」

「!?」


 森の方から更に一人やって来た。

 しかも、またいい男!

 美形だけれど、よくある茶色の髪だから親しみを持てる。

 まさか、この男も聖女の――コハネの騎士だというの?


「僕は近くをうろつく不審者がいるから見に来たんだ」


 不審者? この私のことを言っているの?


「そんなもん、放っておけばいいだろう。戻るぞ」


 あとから来た男は、私には見向きもせず去っていく。


「あ、あの!」


 何か情報を聞き出したい。

 慌てて呼び止めると、水色の髪の美少年が振り返った。


「用があるなら、入ってくれば? 『聖女様』?」


 それだけ言うと、更に引き留めようとする私の制止もきかず森に消えた。

 どうなっているの……!

 わけが分からず、むしゃくしゃする。

 木でも蹴とばしてやりたいところだが、邪魔な騎士がいるからそれさえできない。

 とにかく、コハネから浄化を再複製することはできなかったが、今はリノ村に行くしかないだろう。


「……馬車に戻ります」

「は、はい……」


 どうして私のそばにいるのはこんな田舎騎士で、コハネのそばにはあんなにとびきりいい男が二人もいるのよ!

 ……面白くないわ。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る