「ねえ、リック。リュシーの様子がおかしいよ?」


 出会って間もない私だと、何か気になることがあっても言えないかもしれない。

 だからリックを呼び、声を潜めて相談してみた。

 リックはリュシーを見ながら「そうか?」と首を傾げている。


「リュシアン、どうかしたか?」

「! プッ……ピピッ!」

「そうか? なんかあるなら言えよ? ……コハネ、『なんでもない』って言ってるよ?」


 リックはリュシーに確認すると、小声で報告してくれた。


「それならいんだけれど。ありがとうね、リック」

「お安いご用さ!」


 ……私の気のせいだったのかな?

 スライムだから表情がなくて分からないけれど、なんだか急に元気がなくなったように見えた。


「ププ!」

「なんだとー? ぷよんぷよんさせるぞ、こいつ!」

「プッピッピー!」


 今はリックと楽しそうに戯れながら話している。

 大丈夫そうなので、もう少し様子をみよう。


「さあ、食事の前に乾杯をしましょうか!」

「待ってました!」


 リックが拍手をすると、みんなもそれに続いた。


 旅の途中にアーロン様が飲むから、ポケットにはいつも酒樽を入れていた。

 私はいらないからみんなに全部飲んでもらおう。

 アーロン様のためのものが、まだポケットに残っているのも腹が立つしね!

 とりあえず二つ取り出し、みんなの前にドン! と置く。


「麦酒と葡萄酒です! まだまだありますから、お好きなだけ飲んでくださいね!」

「やったぜー!」

「ギギギッ!」

「ヒュー!」

「グルォォ!」


 ……あれ? やっぱりリュシーの声だけ聞こえない。

 ちらりと見ると、声は出ていないけど、小さくぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 楽しそう……ではあるのかな?


 声、と言えば……リュシーの声って、どこから出ているんだろう?

 念のようなもの?

 口はないから…………あ。

 そういえば、口から食べないリュシーに味覚ってあるのだろうか?


「コハネ! もう樽を開けていいか!?」

「あ、うん! リックとクレールとパトリスはジョッキでいいかな?」


 この世界ではガラスのジョッキがなかったから、私が頼んで作ってもらった木製ジョッキを取り出す。


「おおっ! これ、いっぱい入っていいな! リュシアンは……」

「ピ!」

「リュシアンもおれたちと同じこれがいいってさ」

「了解!」


 もう一つジョッキを取り出し、リュシーに渡す。


「ピ!」

「どういたしまして!」


 嬉しそうな声は元気だけれど……やっぱりリュシーの様子が気になって仕方ない。

 でも、何でもないと言っているのにしつこく聞くのはなあ。

 悩む私の背後では、みんなが樽を囲んで興奮している。


「団長はどうします? バケツでいいですか?」

「え!? バケツ!?」


 聞こえてきた案が信じられないものだったので、思わずふり向いた。


「むしろそのまま樽で飲みます?」

「そ、それはちょっとやめた方がよくない?」

「グルルゥ」

「コハネ、団長は『それはいいな』って言っているよ?」

「ええええ」


 たしかに、フェンリルのエドは体が大きいから、樽で飲むとちょうどいいのかもしれないけれど……。


「じゃあ、樽一つをエド用で出そうか?」

「グルル!」


 ああっ、しっぽのふりふりが激しい! 喜んで提供いたします!


「麦酒と葡萄酒、どっちがいい?」

「グルゥ」


 エドがすでに取り出していた葡萄酒の方に頭を向けた。

 葡萄酒ね、了解……ってもう、もうみんなジョッキに注いで準備万端だ!


 エドに酒樽を渡し、自分も急いでジョッキを持つ。

 お酒を初めて飲んでみようかなと思ったけれど、体調が悪くなって、解呪予定に支障がでたら嫌だ。

 私は葡萄ジュースにしよう。


「コハネ、乾杯の挨拶してくれよ」

「え!?」


 ちょっと待って、この世界でも乾杯の前に挨拶の文化があったの?

 緊張しちゃうから回避したいのですが!


「私がするの?」

「ギ」

「プ」

「ヒュルー」

「ええー……」

「難しく考えなくていいよ。一言でいいからさ!」

「でも……」


 エドにお願いしたくて目で訴えてみたけれど、綺麗な蒼い目で見つめ返されただけだった。

「がんばれ」って言われている気がする。


 というか、もうみんなお酒や料理に気がいっているよね!?

 待ってくれているけれど、私の挨拶、必要かな!?

 これ以上みんなを待たせるのが可哀想なので、半ばやけくそになりながら頑張って声を張り上げた。


「みなさんと出会えて嬉しいです! かんぱーい!」

「あはは! シンプル!」

「だ、だって……!」

「いいよ、最高! おれもコハネに会えて嬉しい! 呪いを解いてくれて本当にありがとう! この奇跡に……乾杯!」

「ギギ! グギギー!」

「ヒュルルー!」

「グルルッ! グォォ!」


 みんなが声を上げ、それぞれのお酒を一気に飲み干す。

 わあ……いい飲みっぷりだ……。

 お酒が一瞬で消えた。


「うっ……美味え……」

「ギギギ……」

「ヒュルー……」

「グルル……」


 また雄叫びのような声を上げて喜ぶのかと思ったら、みんなはお酒の美味しさを噛みしめるように飲んでいる。

 感動で泣き出しそうなくらいだ。


 …………あ。


「…………」


 リュシーはジョッキを傾け、自分の体に流すように葡萄酒を飲んでいたが、とても静かだった。

 その様子を見て、「もしかして……」とさっき考えていたことが蘇ってきた。

 他のみんなは動物というか、味覚や触覚、聴覚があると想像できるけれど、全身ジェル状のリュシーはどうなのだろう……。


「ねえ、リュシー」

「ピ! ププ?」

「味が分からない?」

「!」

「その、見ていて様子がおかしい気がするから……。もしかして、スライムになってから味覚がないのかな?」

「…………っ」


 リュシーからはなんの反応もない。

 でも、私の問いかけにとても動揺しているのが分かる。


「ええええ!? リュシアン! そ、そうなのか!?」

「ギ、ギギ……?」

「ヒュ……」

「グルッ……」


 私たちのやり取りを見ていたみんなも動揺し始めた。

 驚いているから、知らなかったのだろう。

 とても心配そうにリュシーを見ている。


 味覚ってとても大事だと思う。

 他のみんなも魔物になって、決して美味しいとは言えない食事をしてきた。

 でも、不味くても味わえるということは、人の時と同じ感覚を持ち続けていられたということでもある。

 リュシーは姿だけではなく、感覚の一つまで失っていたとしたら……。


「プ! プピピ!」


 みんなの視線を受けて、気まずそうにしていたリュシーが動き始めた。


「『散歩してくるから食べていて!』って、おい!」


 リュシーがピョンピョン跳ねながら、森の奥へ行ってしまった。

 一人にしてあげた方がいいのか迷ったけれど……今はそうじゃない気がした。

 今はきっと一人にしちゃいけない時だ。

 見失わないよう、すぐに追いかけなければ……!


「ごめん、リック。リュシーと話がしたいから、ついて来てくれる?」

「もちろん!」

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