8
調理器具をポケットから取り出す。
旅では野宿もあったので、外で食事が作ることが出来るように大きなお鍋や、フライパン、調味料なども入れていた。
生肉や野菜などの素材も入れてある。
ポケット内は時間が止まるので、珍しい食材や美味しそうなものを、手あたり次第ポイポイ入れていたのが役に立った。
調理台代わりのテーブルも取り出す。
みんなが作った家屋は、寝泊まりができるだけの空間で台所がない。
だから、屋内を汚さないように、屋外での青空キッチンだ。
さっそく料理を始めようとしたのだが……すごく見られています!
みんなが私の周りをぐるりと取り囲んでいる。
こんなに注目されると緊張するよ~!
「あの、すぐにはできませんから、時間を潰してきてくださってかまいませんよ?」
「あ、おれはお手伝いします!」
「プ!」
「リュシアンは水を出す、と言っています」
「それは助かります!」
「ギ!」
「クレール先輩は『切るのは任せろ』だそうです」
「ヒュー」
「グルルッ」
「冷やすのは副団長、焼くのは団長がするそうです」
「ふふふ、ありがとうございます!」
皆さん、手伝ってくださる気満々ですね!
「じゃあ、みんなでやりましょうか!」
リュシアンさんに出して貰った水で、素材を洗う。
綺麗な状態でポケットに入れていたけれど、念のためだ。
トマトや果物など、すぐに食べることができるものを、チラチラとだがみんなが熱い目で見ている。
つまみぐいはいけないけれど、みんなの境遇を思えば仕方ないことだ。
「食べてもかまいませんが、お腹いっぱい食べてはいけませんよ?」
苦笑いでそう伝えると、みんなが焦り始めた。
「いえ! 今はまだ頂きません! ね、ねえ!?」
セドリックさんが同意を求めると、みんなが頷いた。
「我慢しなくてもいいのに……」と思い、トマトを入れた箱を一つ差し出す。
「これならすべてなくなっても大丈夫ですから。つまみながら手伝ってくださいね」
私が見ていると手に取りづらいかなと思い、自分の作業に入って背を向ける。
すると、みんなは少し戸惑っていたが、セドリックさんの「では、ありがたく頂戴します」という声が聞こえたあと、仲良く食べ始めていた。
「はあ……美味え……柔らかい……。トマトってこんなに美味かったか?」
セドリックさんの心からの呟きに、みんな同意している。
私は思わずクスクス笑ってしまった。
喜んで貰えてよかったけれど、料理でも喜んで貰わないと!
調理する手にも力が入る。
「あ、そうだ。お願いがあるのですが、私のことは『聖女様』ではなく『コハネ』と呼んで欲しいです。あと、堅苦しい話し方もなしにしませんか?」
聖女様と呼ばれるのは距離を感じて寂しい。
私も仲間に入れて欲しい……。
「え? でも……」
口にぽいぽいとトマトを投げ入れて貰い、もぐもぐしていたエドヴィンさんに、視線を送るセドリックさん。
あ、上司の確認が必要な感じですか?
聖女は国で高い地位にあるけれど、どうか立場的なことを考えず仲良くして欲しい。
もちろん、騎士たちの上下関係に口出しをするつもりはない。
あくまでも、私に対しては友達のように接して欲しい、というだけなのだ。
それを伝えると、エドヴィンさんはセドリックさんに向けて頷いた。
「分かりました! じゃあ、コハネと呼ばせて頂きますね」
「頂きます、とかも言わなくていいよ?」
「そうですか? あ、いや……そうか? じゃあ、コハネ。よろしくな! おれのことはリックって呼んでくれ。仲がいい奴はそう呼ぶから」
「うん。わかった! よろしくね、リック!」
距離が一気に縮まったようで嬉しい。
この世界に来て、友人だと思ったのがダイアナくらいだったからか、余計にジーンときてしまう。感激だ。
信頼出来る友情、万歳!
「いやー、よかった。おれ、実は丁寧な対応とか苦手なんだよ」
「ギッ!」
「うお、痛っ!? なんですか、先輩! え? 『馴れ馴れしくしすぎだ』? コハネがいいって言っているんだからいいじゃないですか……って痛い!」
真面目なクレールさんが、リックの背中にパンチを入れて叱っている。
なかなかいい右ストレートが入っている。
「クレールさん、いいんですよ。私がお願いしたことなので!」
笑顔で二人の間に割って入ると、クレールさんは拳を下ろしてくれた。
「ギ……ギギギッ」
ぼそりとクレールさんが呟く。
あ、今のはリックの解説がなくても分かった。
「『それならいいけれど……』って感じのことを言ったのかな?」
「お、コハネもクレール先輩の思考が読めてきたな! 大体合っていたよ。『でも、調子に乗りすぎるなよ』っていう釘さしも読めていたら完璧だった」
「あははっ、釘刺しがあったのかあ。もう、クレールさんは真面目だなあ! でも、気遣ってくださってありがとうございます。『親しき仲にも礼儀あり』は大事ですよね」
少し屈み、クレールさんと目線を合わせてお礼を言った。
「ギィ、ギギッ」
「『オレのこともクレールでいい。さんはいらない』だ、そうですよ」
「本当? ありがとう! よろしくね、クレール!」
「ピィ、ププッ!」
リュシアンさんが私の前でぴょんぴょん飛び跳ねる。
「『僕はリュシーって呼ばれているから、そう呼べばいいよ』って……おい! おれがリュシーって言ったら怒るじゃないか!」
「ピ! ププッ!」
「ふふっ。今のは『リックはだめ!』かな?」
「コハネ、そんな可愛い言い方じゃなかったぞ。『あんたはまだ許可できないね』だって。お前な、おれの方が年上だぞ! まあ、お前の方が強いけどさ!」
「ププ!」
そういえばリックは、『リュシーは年下だけど騎士としては先輩』って言っていた。
みんなの中にも色んな上下関係がるみたいだ。
でも、仲がいいから嫌な感じは全くない。
「ヒュルー」
「グルッ」
「お二人も呼び捨てで構わないそうですよ」
「嬉しい! ありがとう。えっと……パトリスとエドヴィン!」
二人は副団長と団長で、他の三人よりも貫禄があるし落ち着いている。
だから、呼び捨てにすると少し緊張してしまうけれど、皆のことを親しげに呼ぶことができて本当に嬉しい!
「グルル」
「団長は『エド』でいいそうですよ」
「ほんと!? エド、ありがとう!」
エドの大きな金色のしっぽがゆらゆら揺れている。
はあー……モフモフに癒やされる。
「早くみなさんにも声で『コハネ』って呼んでもらいたいなあ。私、解呪をがんばりますね」
みんなでニコニコ笑い合う。
今、ここには日本の保育所と同じくらい平和で優しい時間が流れている。
聖女として働いた三年分の疲れが急速に回復していく。
仲良く雑談し始めたみんなの姿を眺める。
この雰囲気、心地よいなあ。
最初からみんなのような優しい人たちと過ごすことができていたら、この世界のことも好きになれたのに……。
「ん? コハネ? どうかしたか?」
「ううん、なんでもないよ!」
せっかく楽しい時間なのに、暗い気持ちにはなりたくない。
調理をどんどん進めよう。
汚れた調理器具を洗おうとしたら、リュシーが綺麗にしてくれた。
リュシーの体に一度入れて取り出すと、一瞬で洗浄完了だ。便利……!
一家に一人、リュシーがいたら素敵だ。
そしてクレールも包丁捌きがすごい!
タマネギのみじん切りが目に見えない早さだ。漫画みたい!
私はいつも目が痛くて泣いてしまうから、タマネギのみじん切りが苦手だ。
クレールも一家に一人いていただきたい。
パトリスは氷の魔法が得意なようで、冷やしたいときや氷が欲しいときに活躍してくれる。
氷が瞬時にできるって便利すぎる。ブラボー!
パトリスも一家に一人いて欲しい。
エドは炎の魔法が得意で、丁度よい火加減で焼いてくれるので最高だ。
火加減に失敗しないなんて、料理は成功したようなものじゃない!
エドも一家にぜひ一人いて貰いたい。
リックも細かいところに気がついて色々助けてくれるし、ほどよく会話をして楽しませてくれるから一家に一人……あれ? みんな一家に一人欲しいぞ?
そんな人たちがそろっている、この環境はやはり最高なのでは?
なんということだ。
幸せにするつもりが、私が幸せにしてもらっている!
私は世界一恵まれた環境で、幸せを噛みしめながら調理を進めたのだった。
約二時間後――。
「これで全部終わり。できました!」
「やったぜ!」
「ギギッ!」
「プピプー!」
「ヒュー!」
「グルルルルッ!」
魔法で調理時間をカットできたが、それでも作っている間にお腹が減るくらい時間がたってしまった。
みんなにとっては久しぶりのまともな食事だし、私たちの出会いを祝したお食事会にしたいので張り切ってしまった。
体の大きさがそれぞれ違うけれど、一緒に料理を囲んで食べたい。
だから、テーブルではなく地面に大きな布を敷いて、ピクニックスタイルで食べることにした。
メニューは、リクエストに応えつつ、たくさん食べられて楽しいものを用意した。
野菜をいっぱい食べて貰いたいので、大皿に盛ったシーザーサラダとポテトサラダ。
そして、スープでも野菜たっぷりのミネストローネ。
作るのが簡単でたくさん食べられるメニューの王道、スパゲッティは三種類。
ミートソース、カルボナーラ、そして辛いものが好きなリュシーのためのアラビアータ。
リックの肉料理というリクエストに応え、煮込みハンバーグとローストチキン、あと私が食べたくなったからあげは山盛りに揚げた。
スパイシーな味付けと塩からあげ、二種類用意したので好きな方を食べてもらいたい。
あと即席で作った釜で焼いたピザは、マルゲリータ、シーフード、照り焼きチキンだ。
子供が好きそうなメニューが多くなってしまったけれど、騎士達の食欲を満たせて、わいわい楽しく食べられる美味しいものを考えた結果、こうなってしまった。
ちょっと作りすぎたかも……。
エドは体が大きいからたくさん食べると思うし、大丈夫だよね?
クレールのために作ったデザートはパンナコッタとカップケーキ、フルーツポンチだ。
フルーツもたくさん使ったし、色んな甘さを楽しんで食べてもらえるはずだ。
この世界の食文化は元の世界と似ていたので、味覚も大きな違いはないと思う。
旅をしていた間も味覚の違いがあまり考えなかったけれど、まだ魔物のままの四人はどうだろう。
気に入って貰えるといいのだが……。
「わあ、すごい……色がたくさんある……」
敷布に並べた料理を見て言ったリックの言葉を聞いて、思わず笑ってしまった。
今までは生肉の色ばかりだったものね。
「いい匂いだー! 腹減った! 早く食べよう!」
「ギギッ!」
「ヒュルー!」
「グルッ!」
そしてみんながお待ちかねの、お酒を出そうとしたときに気がついた。
あれ、リュシーの声がしなかったような……?
「…………」
リュシーは騒ぐみんなの中で、静かにしていた。
「リュシー?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます