解呪をした疲れと、突然現れた顔のイイ変態と対面した精神ダメージで、私はまた倒れてしまった。


「う、うーん……」


 ゆっくりと覚醒してきたが、さっきのような気持ちよさがない。

 頭が痛いし……周囲が騒々しい。


「ギギギ!」

「そうなんですよ! おれ、もう感動しちゃって!」

「プ! プッ、ピッ!」

「ヒュルーンヒュウー」

「ギギッギー!」

「そうですよね、先輩。たしかに今までの聖女様とも違うと思いますよ!」

「プププ! プッ、ピッー!」

「ヒュルーンヒュウー」

「グルルルルッ」


 え…………魔物の声がたくさんする!?


「あ、聖女様が起きた」


 びっくりして飛び起きると、イケメンと目が合った。

 瞳の色と、人懐っこい雰囲気がコボルトと同じ――。

 変化を目の当たりにしていたから分かっていたけれど、やはりこのイケメンは元コボルトのようだ。

 呪いで魔物の姿に変えられていたのだろう。

 あれ? どこかで似たような話を……。


 今はそれより、肌色が多いのはまずい……って、あれ?


「先程は失礼しました。見苦しい姿を晒してしまってすみません。この通り、もう服を着たので大丈夫です!」


 元コボルトさんは私の前に立つと、丁寧に頭を下げた。


「ふ、服……?」


 確かに服らしきものを着ているが、ボロボロの布を巻いているだけなので、原始人っぽいというか……。

 また違うタイプの変態にも見えてしまう。

 今まで魔物だったので、ちゃんとした服は持っていないのだろう。


「あの、よかったらこれをどうぞ」


 『ポケット』から男性のシャツとズボンを取り出し、渡した。

 さすがに男物の下着はないけれど……。

 これはアーロン様から預かっていたり、私がプレゼントするために買っていたものだが、捨てずにいてよかった。

 服に罪はないし、使ってくれる人がいるならありがたい。


「こ、こんな上等な服を……い、い、いいんですか!?」

「ど、どうぞ」


 元コボルトさんがすごい勢いで受け取りに来たので、思わず後ずさった。

 感激しているのか、震える手で服を受け取った元コボルトさんは、その場で着始めてしまった。

 え、待ってよ!

 慌てて背中を向け、見ないようにする。


「ふ、服だ……ちゃんとした服だああああ! 汚れがない! 皺がない! 破れてない! ああっ最高だっ!」 


 とても感動してくれているようでよかった。

 子供のようにはしゃいでいるので、思わず笑ってしまう。

 でも、服でこんなに喜ぶほど、今まで苦労してくたんだろうなあと思うとせつない。


「ギギッ!」

「え? あ! 聖女様、騒がしくてすみません! この服、着心地が抜群にいいです! あの、どうですか? おれ、変じゃないですか? 似合ってます?」


 ちゃんと服を着た元コボルトさんは、笑顔が眩しいイケメンだった。

 まだ顔が少し汚れていたり髪が乱れているが、整えるともっと魅力的になるだろう。

 アーロン様も顔立ちはよかったが、同じレベルの格好をしたら、アーロン様より目を惹きそうだ。


「うん、とても素敵! でも、シャツのボタンがずれているわよ」


 嬉しくて急いで着たからか、ボタンを掛け違えている。

 直してあげると、ニコニコと微笑んでくれた。


「へへっ」


 恐らく年上だと思うが、頭をかいて照れる様子は可愛く見えた。

 癒やされるな。


「ほら、皆さん! 見てくださいよ!」


 元コボルトさんが両手を広げ、魔物たちに服を着た姿を見せている。

 魔物たちはそれを温かい目で見て…………って魔物がいたんだった!


 ドキリとしたが、さっきもいたゴブリンを見て冷静になれた。

 たぶんここにいるのは、元コボルトさんのように呪いで魔物に変えられている人達だ。


 プルプルと震える水色のスライム、翼の腕を持つピンクの羽毛のハーピー、そして金色の大きな獣――フェンリルだ。


「…………っ!」


 フェンリルの澄んだ青空のような蒼い目に、吸い込まれそうになる。

 体が大きくて迫力のある魔物なのに、全く邪なものを感じない。

 真っ直ぐな目が、彼の中にある『正義』を物語っていた。


 私の視線を受けた彼らは、揃って凜とした綺麗な礼をしてくれた。

 慌てて私もお辞儀を返す。


「あの……みなさんも本当は人間なんですよね? この聖域には『王都を守りきったけれど呪われてしまった騎士達が眠っている』という伝説があるのですが、みなさんのことですか?」


 もしかして……と思ったことを質問してみると、元コボルトさんが答えてくれた。


「伝説、ですか。そんな風に言われるほど月日が流れたんですね。外でどう言われているかは知らなかったですが、おれたちのことでしょうね。おれたちは魔獣を倒して呪われた騎士団、『テレーゼ騎士団』です」


 やっぱり!

 私が倒れる前に見た白銀の鎧の騎士たちは、彼らの本当の姿なのだろう。

 元コボルトさんも、確かにあの中の一人だった。

 聖域が見せたのか、私の聖女としての力が働いたのかは分からないが、一時的に正体を見ることができたのだと思う。


「テレーゼ……たしか、初代聖女様のお名前よね?」


 この国に来て、半ば強制的に教えられた歴史の中で耳にした名前だ。


「ええ。おれ達は聖女テレーゼ様により結成された特殊な騎士団なのです。そして、おれたちにここを――居場所を与えてくれたのもテレーゼ様です」

「居場所?」

「はい。えーと……話してもいいんですよね? 団長」


 そう言って元コボルトさんはフェンリルを見た。


「団長、というと、騎士団長?」

「そうです。あ、自己紹介がまだでしたね! おれはこの中で一番下っ端のセドリックといいます」

「セドリックさん」

「はい! ああー……名前を呼んで貰えるのも久しぶりだあ」


 セドリックさんが感動して泣きそうになっている。

 彼らの中で意思疎通はできていたようだけれど、人の言葉で名前を呼ばれることはなかった。

 だから、名前で呼ばれることはとても嬉しいのだろう。


「あっ、変なところで感極まっちゃって……すみません! 仲間を紹介しますね! ゴブリンが先輩のクレールさん。スライムが年下なんですけど、騎士としては先輩のリュシアン。ハーピーが副団長のパトリスさん。そしてフェンリルが騎士団長エドヴィンさんです!」

「クレールさん、リュシアンさん、パトリスさん、エドヴィンさんですね。私はコハネ・アマカワです!」


 一人ずつ目を合わせながら挨拶すると、それぞれ丁寧に頭を下げてくれた。

 名前を呼んだときに、みんな照れているような仕草をしたのが可愛かった。

 クレールさんはまだ顔を逸らしたままだし、リュシアンさんはちょっと溶けたようになっているし、パトリスさんは翼の手入れを始めちゃったし、エドヴィンさんは大きなしっぽをバタバタ振っている。

 とても幸せな空間だ。和む……。


「あ、紹介が済んだところで話の続きをしますね。魔物の姿になったおれたちを、家族も民も受け入れてはくれませんでした。誰からも嫌われ、怖がられ……。おれたちには居場所はありませんでした」

「え……?」


 居心地がよくて、ほわあっと気を緩めてしまっていたが、聞かされた内容に思わず言葉を失う。

 国を救ってくれた英雄たちが、そんな辛い目にあったなんて……。


「魔獣の呪いはテレーゼ様にも影響していたのか、強い力を持っていたテレーゼ様の解呪でも、おれたちは元の姿に戻ることはできませんでした。でも、テレーゼ様はどこに行っても疎まれるおれたちが心穏やかに暮らせるようにと、この聖域を作ってくれたのです。だから、ここに入ることができるのは、聖女様とおれたち騎士団だけなのです」

「そうだったの……」


 聖域の伝説にはこんな悲しい真実があったなんて……。

 騎士たち気持ちを考えると胸が締めつけられる。

 助けてもらった恩を仇で返す国や民に怒りが湧いてきて――。


「せ、聖女様!?」


 込み上げて来た涙を我慢することが出来なかった。

 悲しくて、悔しくて、やるせない。


 たしかに魔物の姿になったら驚くと思う。

 でも、少し冷静になって向き合えば、騎士たちが危険な存在ではないことが分かるはずだ。

 出会ったばかりの私でも分かったのだから――。


「ひどい……あんまりです……。命をかけて戦い、守ってくれた騎士様に感謝せず、魔物の姿になっただけで嫌うなんて……!」


 自分の境遇とも重なり、感情移入してしまう。

 こんな理不尽なことがあっていいのか!

 どうして報われるべき人が報われないの!?


 悲しみと怒りが込み上げ、涙が溢れてきた。

 オロオロと戸惑う騎士たちが見える。

 急に泣き出されると困るよね、ごめんなさい……。


 必死に泣き止もうとしていると、フワリと私の周りを温かなものが包んだ。

 それは金色の大きな尻尾だった。


「エドヴィンさん……?」

「グルルゥ……」

「団長はおれたちのために涙を流してくれてありがとう、と仰ってます。……おれからも、ありがとうございます」


 セドリックさんの言葉に続くように、クレールさん、リュシアンさん、パトリスさんも礼をしてくれた。


「そんな! 私の涙にお礼など……!」


 私の涙にお礼を言ってもらえるほどの価値はない。

 半分は自分のために流したようなものだ。

 こんなものでは騎士達の献身は報われない。

 お礼を言われるべきなのはこの騎士達だ。

 国中の人に感謝されて――、讃えられて――、幸せな人生を歩むべきなのに……!


「いえ、言わせてください。おれたち、本当に嬉しいんです。聖女様は『魔物の姿になっただけ』言ってくれたけれど、多くの人はそうは思いません。魔物の姿になってからのおれたちは、人として生きた全てを否定され、魔物として見られてきました」

「そんな……! 家族や友人、恋人は……?」

「おれたちに寄り添おうとしてくれた人も、僅かですがいましたよ? でも、周囲がそれを許さなかったですね。だから、おれたちは誰にも迷惑をかけたくなくて、自分達だけで生きていくことにしたんです」


 こんなひどい目に遭っているのに、それでも他の誰かを思いやれるなんて、悲しいほど優しい。

 優しすぎて……私は腹が立ってきた!

 あなたたち、貧乏くじばかり引いていないで、幸せにならないとだめでしょう!


「私、みなさんの呪いを解きます! 私の力不足で、今すぐみなさん全員の呪いを解くことはできないのですが……必ず解いて見せます!」


 そう意気込んでみせると、騎士達は私の勢いに気圧されたのか狼狽えた。


「せ、聖女様。それはぜひ、おれたちの方からお願いしたいですが……。聖女様のお身体に負担はありませんか? おれの呪いを解いてくださったあと、倒れてしまいましたよね?」


 もう、本当に優しすぎだから!

 少しは自分達のことを優先して欲しい。


 思い起こせば、私は浄化の旅でも、こんなに心配してもらえることはなかったなあ。

 やっぱり、騎士たちに幸せになってもらいたいよ!


「大丈夫です。私にお任せください! 絶対に、絶対にみなさんの呪いを解いてみせます! そしてみなさんのことを幸せにします!」

「幸せ、ですか?」

「そうです! こんなにご苦労をされて、呪いが解けただけでは割に合いません! みんなで国一番の幸せ者になりましょう!」


 これからは私が全力で彼らを喜ばせていく!

 そして私も幸せになる!

『裏切られた時の最大の復讐は幸せになることだ』というのは本当だと思う。


 そのためには、まずは人間らしい暮らしを取り戻そう。


「それでは早速……みんなでご飯を食べませんか?」

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