第二王子の私室――。


 つい最近まで、豪華なソファに腰を下ろすアーロン様の隣にいるのは、聖なる力を持った黒髪の女だった。

 でも今は私の場所。


『聖女ダイアナ』


 そう呼ばれるようになった私が、この場所を勝ち取ったのだ。


 受けていた命令の報告するためにやって来た騎士が、アーロン様の隣に座る私をチラリと見た。

 私の前で話していいのか躊躇したのだろう。

 でも、アーロン様が止めなかったので、問題ないと判断した騎士は報告を始めた。

 さあ、聞かせて?

 私にすべてを奪われた敗者がどうなったのかを――。


「コハネ・アマカワは聖域に逃げ込んだようです。追跡を試みましたが、見えない壁のようなものに阻まれ、我々は聖域に入ることができませんでした」


 聖域! 厄介なところに逃げられたわね……。

「チッ」と舌打ちしたくなったのを我慢する。

 危ない……今の私は『心優しく見目麗しい聖女様』なのだ。

 もう『貧しくてみすぼらしい小娘』ではない。


 私は孤児で、今まで苦労が多かった。

 身分が高いものには散々馬鹿にされてきた。

 必死に生きてきたのだから、これからちやほやされても許されるはず!

 コハネは元の世界では生活に困らない裕福な暮らしをしてきたようだし、譲って貰ってもいいでしょう?


「コハネは聖域に入ったか……。やはり、聖女であることは間違いないようだな」

「アーロン様……」


 やはりコハネをそばに置こう、などと言われては困る。

 アーロン様の庇護欲をくすぐるよう、「私を捨てないで」という表情を見せて体を寄せた。


「心配するな。ダイアナはコハネを越える聖女となるだろう」

「そうなれるよう、努力いたします」


 思惑が上手くいったようだ。

 殊勝な態度を取りつつ、心の中ではほくそ笑んだ。

 そんな私にアーロン様は満足したようで大きく頷き、騎士との会話を再開させた。


「聖域は森が広がるばかりで何もない。そのうち、別の場所に移ろうとするはずだ。聖域の周囲を監視し、出てきたところを捕まえろ」

「承知しました」


 礼をして、騎士が退出する。

 扉が閉まると、アーロン様はソファの背もたれに背を倒し、大きく息を吐いた。

 アーロン様の肩に寄りかかり、怯えたフリをする。


「コハネ様が逃亡するなんて……。私のことを恨んで、何か企んだりしないかしら」


 アーロン様にはもっと私に入れ込んで、協力して貰わないといけない。

 思い通りに動かすため、色々と話を吹き込もうとした、その時――。


「恨まれるようなことをしたのか?」


 扉の方から声が聞こえた。誰?

 驚いて顔を向けると、そこには女性よりも綺麗な男性と、魔法使いのセインがいた。


「兄上!?」


 アーロン様が声を荒げて立ち上がった。

 兄上? ということは、この美しい男性は……第一王子で王太子のメレディス様!?


「あ、兄上……お身体の具合が悪いのでは!? 動いて大丈夫なのですか!?」


 メレディス様は病弱で、ベッドから起き上がることもできないと聞いていた。

 だから私もお目にかかったのは初めてだ。

 金の髪に紫の目はアーロン様と同じだが、印象が全く違う。

 アーロン様は粗野なところがあるが、第一王子様はお姿から佇まいまで全てが洗練されている。素敵……!

 取り入るなら、アーロン様より第一王子様の方がよかったかもしれない。

 そんなことを考えながら見惚れていると、メレディス様と目が合った。

 胸が躍ってドキリとしたが、それは一瞬で……。


「…………」

「…………っ!」


 優しい目をしているのに、心の内をすべて見透かされるような目に恐怖を感じた。

 この方に取り入るのは不可能だ、アーロン様にして正解だったと直感で悟った。

 メレディス様の視線がアーロン様に移ったので、私の極度の緊張は解けたが……まだまだ気を抜かない方がよさそうだ。


「やあ。アーロン。この通り、私は元気だよ」

「そ、そうですか……」

「おや? 喜んでくれないのかい? 私が元気だと困ることでもあるのかな?」

「い、いえ、そのようなことは……」


 …………困るわ。

 現国王は聖樹の浄化が終わったら、王位を譲るお考えだと聞いている。

 今はメレディス様が王太子だけれど、病弱だから王位を継ぐのは無理だということも聞いていた。

 だから、浄化の旅を成功させたアーロン様の妃になれば、私が王妃様になれると思っていたのに!


「それより、兄上はどのようなご用件でこちらにお越しになったのですか?」

「用があるのは私ではないのだよ。暇だったからセインについて来ただけなんだ」

「セイン?」


 アーロン様の視線を受けたセイン様が私を見た。


「あの……私に何か?」

「君に頼みたいことがある。君の固有魔法を解析させてくれ」

「! こ、固有魔法ですか?」


 魔法は大きく分けて三つある。

 学べば使うことが出来るようになる『一般魔法』。

 そして魔力が高い者が稀に持つ、個人特有の『固有魔法』。

 最後は聖女が使う魔法の『聖魔法』だ。


 聖魔法は浄化だけではない。

 聖女が使う魔法は、たとえ火を灯したり水を出したりする一般魔法のようなことでも、鑑定すればすべて聖魔法と出るらしい。

 だから、聖女の私には固有魔法はあるはずがない。

 持っているはずのない固有魔法を調べたいだなんて、どういうこと?


 まさか……気づかれた?

 私が『固有魔法を使って聖女のフリをしている』ということに……!


 私の固有能力は『能力複製』だ。

 他人が持っている魔法を複製し、自分のものとすることができるのだ。


 複製する方法は、欲しい能力のことを考えながら握手をするだけ。

 あの女が聖女として旅を始めてすぐのころ、私は普通の町娘として聖女に握手を求め、浄化の能力を複製したのだ。


 複製した能力はいくつかストックすることができる。

 以前複製していた『固有能力秘匿』を使って私の『能力複製』を隠し、コハネから複製した聖魔法の浄化のみ使えることにして、私は国に聖女だと名乗り出た。

 真の聖女かどうか国に調べられたが、浄化を使えたので認めてもらうことができた。


 作戦は上手くいったが、『私の浄化は効果があるのか』という不安はあった。

 小さな聖樹での浄化が成功したため、王都であの女の功績を全て奪う計画を実行した。

 ちやほやされる聖女は私一人でいいもの。


 計画通りにことが運び、私は聖女になれた。

 私ってやっぱり天才だわ……。

 アーロン様に進言し、黒の塔に閉じ込めておくように言ったのも私。

 複製した魔法に支障が出たときに、改めて複製しやすいから。

 すべて上手くいっていたのに……あの女が脱走したことで雲行きが怪しくなってきた。


「当たり前のことですが、私は聖魔法しか使えません。セイン様は私が聖女ではないと、お疑いなのですか?」


 目に涙を貯めて、セイン様を見つめる。

 これをすると、大抵の男は私に味方するのだが……。


「俺は自分の目で見たことしか信じないんだ」


セイン様には効かなかった。

メレディス様にも効果はないようで、私を助けるつもりはないようだ。


「ダイアナを疑うなど!」

「コハネの聖魔法は浄化だけではなかった。聖なる力を使い、色々なことができた。元の世界の知識を使って、ユニークな魔法も作り出していたな」


「え?」


 セイン様の言葉に、私は驚いた。

 そんな馬鹿な……!

 過去の聖女には病気を治したり、身体の欠損を治す聖魔法を使った方もいたそうだが、あの女は浄化だけだと思っていた……。


「セイン、それは本当か? コハネがそんな魔法を使っているところを見たことないぞ!」

「他の魔法を使うことで浄化に影響が出ないよう、控えていたのです。浄化は激しく魔力や体力を消耗しますから。手助けしてやることができる俺の前では、何度か使っていましたよ。それにお忘れですか? たくさんの荷物を持ち運べたのもコハネのおかげですよ」

「そ、それは……」


 私の味方をしようとしてくれたアーロン様だったが、コハネの聖魔法について思い当たることがあったようだ。

 私は旅の終盤で参加したから、知らないことがあったのかもしれない。

 焦り始めた私に、セイン様の鋭い視線が突き刺さる。


「ダイアナ、君は浄化しかできないのか? 浄化をしても全く疲れないほど、コハネより聖女としては優秀なのに?」


 メレディス様も興味深そうに私を見つめている。

 まずいわ、なんとか言い逃れないと……。


「ダ、ダイアナは一点集中型なのだ!」


 アーロン様が私を庇ってくれた。

 役に立つじゃない!

 でも、対峙している二人よりは頼りなく感じてしまう……。


 この場をどう治めようか悩んでいると、騎士から連絡が入った。

 メレディス様とセイン様は退出する様子を見せないので、四人で報告を聞く。


「アーロン様。リノ村が、魔物に襲われたそうで……」

「リノ村だと!?」


 アーロン様が声を荒げた。私も思わず目を見開く。

 だが、動揺する私たちとは違い、セイン様とメレディス様は落ち着いた様子で話しかけてきた。


「ダイアナ、君が浄化した小さな聖樹の近くだ」

「浄化してすぐなのに、魔物が出るなんておかしいね」

「…………っ」


 どういうことなの……能力の複製ができていなかったの!?

 でも、ちゃんと浄化の能力はあると国に確認してもらっている。

 効果が薄かった?


「では、私たちは失礼するよ。これから忙しくなりそうだからね。私たちも、君達も――」

「…………!」


 私が混乱している間にセイン様と第一王子様は退出していた。


「ダ、ダイアナ……どうなっているのだ?」

「分かりません。…………あ」


 どう切り抜けるか考えていた私は、最良の答えを思いついた。


「もしかしたら、コハネ様が何か企んでいるのかも!」

「……なるほど。コハネの能力があれば、ダイアナがした浄化の妨害も可能か。コハネはひどい女だったのだな……」

「アーロン様! 私、怖い……」

「大丈夫だ、ダイアナ。オレが必ずお前を守る」


 単純なアーロン様のことはだまし続けることができそうだけれど、メレディス様とセイン様にもこれ以上疑われないようになんとしなければいけない。


 浄化が完全に成功しなかったのは、複製してから日が経っていたからだろうか。

 聖女ではない私は聖域に入ることができないから、なんとかあぶり出して、再び能力を複製しなければ……。

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