コボルトとゴブリンは驚きで目を見開いている。


「解呪してもいいかな? 私、これでも聖女なのよ?」

「「!!!!」」


 今度は二人の頭の上に、たくさんのビックリマークが見えた気がした。

 でも、驚いたというより「ですよね!」という感じだ。

 もしかして……さっき訴えたかったことって、私に「聖女?」と確認したかったのだろうか。


 二匹は魔物だが、この聖域に入ることができるのは聖女だけだと知っているようだ。

 そもそも、魔物なのにどうして聖域の中にいるのか気になったが、今は呪いを解いてあげることにした。

 魔物なのに呪われているのも不思議だけれど……。


「バ、バーウ……?」

「本当に解呪できるの? って、聞いているのかな? がんばってみるから、ちょっと見せて? 動かないでね」


 私がそう言うと、二匹がビシッと直立した。


「ふふっ、そんなに硬くならなくて大丈夫だよ」


 緊張している様子が可愛いくて、思わず笑ってしまった。

 先生に注意され、廊下に立たされている生徒みたい。

 思わず和んでしまったが、気を引き締め直して二体を注意深く観察する。


「これは……」


 呪いの全容が見えた瞬間、笑えなくなった。


「かなり質の悪い呪いね」


 その呪いは、今まで見たことがないほど強力なものだった。

 見ているとゾッとするくらい陰湿で悪質だ。


「どんな症状が出ているのか予想もつかないわ。でも、こんな呪いを受けて、大変だったでしょう? 悪夢を見たりしない?」

「バウ」

「ギ」


 二匹は「平気だ」と言っているように見えるが、これほどの呪いなら、かなりの苦痛があったはずだ。


「どうしてこんな呪いを受けたの?」

「バウッ……!」

「ギィ……!」


 ……うん、分からなかった! 聞いてごめんなさい。

 複雑な事情がありそうだが、なんだか誇らしげにしていることは分かった。

 名誉の勲章のようなものなのだろうか。

 縄張り争いに勝ったけど呪われた、みたいな?


「とにかく、解呪を試みてみるわね。うーん、全体的に抑圧しているような……全能力を封じているとか? あなたたちを同時に解呪するのは無理ね」


 一匹の呪いを解いたら、しばらく休息が必要だろう。

 その旨も伝えた上で、一匹を指名した。


「まず、あなたからやってみましょう!」


 わずかだが、まだ解呪しやすいと感じたコボルトの正面に立ち、両手を出した。


「呪いを解くから、私の手を握ってくれる?」

「バ、バウッ。バウ?」

「ギッ」


 コボルトが自分を指差し、ゴブリンに何か聞いている。

「呪いを解いてもらうのは自分からでいいのか?」と確認しているようだ。

 コボルトの質問に、ゴブリンは快く頷いている。

 自分が先! と争うのではなく、お互いを思いやれる二体に好感が増す。


「待っていてね。次にあなたの呪いも解くからね」

「ギ、ギギッ……」


 頬笑みかけると、ゴブリンは頷きつつも、照れくさそうに顔を逸らした。

 ゴブリンはシャイな性格のようだ。

 暮らしぶりといい、性格といい……人間みたいだ。


「バゥッ」


 おずおずと差し出されたコボルトの手を握る。あ、肉球だ!

 ぷにぷにしているのかと思いきや硬いけれど、これはこれで触り心地がいい。


「バッ、バウー!」

「あ、ごめんね」


 無心でもみもみする私に、コボルトが戸惑っている。

 魅惑の肉球をつい楽しんでしまった。


「じゃあ、始めるわね。これだけ厄介な呪いだと、痛みがあるかもしれないけれど、我慢してね?」

「バウ!」


 繋いだ手から魔力を送り、コボルトに巣くう呪いに繋ぐ。


 コボルトの体が白の光に包まれていく――。


「うーん……これ程根深い呪いだとは……」

「……バウッ」

「やっぱり痛いと思うけど、がんばってね」

「バウ……!」


 質の悪い呪いだと分かっていたが、思っていたよりも更に悪いものだった。

 呪いでコボルトの体を作り変えているような……?

 こんな状態だと、精神まで蝕んでいたはずだ。

 自我を失っていても不思議ではない。

 でも、コボルトは凶暴になっている様子もなく、愛嬌があったくらいだから、とても精神力が高いのだろう。


 とはいえ、今は平気でもいつまで続くか分からない。

 身体を真っ黒に染めているこの呪い――私が消してみせる!


(白く……白く……黒を白に染めるように……)


 魔力を注ぎ、呪いを浄化していく――。

 言葉を封じる程度の呪いならすでに解けているはずだが、この呪いはまだ残っている。

 魔力を注ぎ込み、どんどん浄化を進めていくが、一向に消える気配がない。

 ゴブリンよりも軽いと思ったのに……こんなにつらいなんて!


 でも、私は聖樹を浄化した聖女よ、必ず解いてみせる!

 ダイアナの顔がフッと浮かび、負けるものか! と力がみなぎった。


「……呪いよ、消えて!」


 底が見えてきた私の魔力を一気に注ぎ込むと、コボルトに張り付いていた呪いが溶け始めた。

 よし…………いける!

 ここからはもう、気合よ!


「消え去れ!!!!」


 魔力を振り絞った瞬間、コボルトを蝕んでいた呪いの全てが消え去った。

 本当にギリギリだったが、何とかなったようだ。

 聖樹を浄化すると同じくらい大変だった……!


「はあ……はあ……どう? なにか変わっ………………た?」


 荒くなった息を整えながらコボルトに話しかけたが、繋いでいた手の感触が変わっていることに気がつき、固まった。

 何が起こった? 肉球が消えている!

 それに硬い毛で覆われていてゴワゴワしていた手が、温かさを感じる人間のものに……。


「お、おれ……に、にんげ……もどっ……」

「????」


 目の前にいるのは、どこかで見た気がする、茶色の髪に緑の目の快活そうなイケメンだった。

 コボルト…………どこに行った!!!?


 それに、目の前の人の腰にまいていた布がヒラリと落ちて……肌色一色なのですが……。


「人間に戻ったああああ!!!! 聖女様、ありがとう!!!!」

「きゃああああっ!! 顔のいい変態だああああっ!!」

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