チチチ、と鳥のさえずりが聞こえた。

 心地よい風が頬をなでていく。

 ゆっくりと目を開けると、木の葉の間から優しい陽の光が降り注いでいるのが見えた。

 周囲を見渡すと、生き生きとした木々や花がある。


「とても綺麗なところね」


 どうやら私は木陰で横になっていたようだ。

 聖域の奥へと向かっている途中で行き倒れたはずだが……誰かが運んでくれたのだろうか。

 そういえば、薄れていく意識の中で、恐ろしいほどの美形集団を見た気がしたけれど、彼らが助けてくれたのかもしれない。


 でも、ここは聖女のみが入ることのできる聖域では?

 追っ手が近くにいる様子はないが、状況を確認した方がよさそうだ。

 立ち上がり、草木が少なく歩きやすいところを進む。


「あ! あれは……」


 歩き出してすぐに、粗末な造りの住居らしきものを見つけた。

 木だけで作った山小屋のようで建物で、ボロボロだが趣があっていい。


「隠れ家って感じで素敵!」


 建物の中に勝手に入るのは気が引けたので、周囲をぐるりと回ってみる。

 すると、裏手で木々の間に張られたロープを見つけた。

 ロープには服のような布がたくさんかけられている。


「洗濯物、だよね?」


 どう見ても洗濯物を干しているように見えるのだが、布のサイズも形もバラバラだ。

 服なのか、ただのぼろきれなのか、はっきり分からない。

 誰かが生活していることは確かだと思うが、どういう人がいるだろう。

 絶対にあの美形集団のものではないことは確かだ。

 数からすると複数人。

 家族で生活しているのかもしれない。


 ――カサッ


 洗濯物を眺めて考察していると、近くの茂みから音がした。

 ここの住人が帰って来たのだろうか。

 顔を向けるとそこにいたのは――。


「バウ!」


 私と同じくらいの背丈の人……だと思ったら、二本の足で立っている犬がいた。

 普通の犬とは違い、牙が鋭く凶暴な顔――魔物のコボルトだ!


「ひいっ!」


 短い悲鳴を零してしまったため、慌てて口を押さえた。

 声をだすと刺激してしまうかもしれない。

 後退り、距離を取りながら逃げるタイミングを計ったが……。


「?」


 まったく襲ってくる気配がない。


 コボルトをよく見てみると、顔は怖いが凶暴な感じもしないし、むしろ私にどう接すればいいのか戸惑っているように見えた。


 そういえばコボルトが腰に巻いている布が、干している洗濯物の一つと似ている。

 ここで暮らしているのは、この子?

 どう見てもコボルトにしか見えないが、魔物にはない理性があるように感じる。

 だから話しかけてみることにした。


「あの……もしかして、あなたが私を助けてくれたの?」

「!! バウバーウッ!」


 まさかと思いつつも尋ねて見ると、コボルトは嬉しそうに吠えた。

 尻尾も忙しなくふりふりしている。可愛い!

 私の言ったことを理解しているようだ。


「ふふっ。ありがとう!」

「バフッ!?」


 笑いかけるとコボルトは驚いた様子で固まった。

 尻尾もピタリと止まっていたが、すぐに動き出し「バオオオオオオン!」と遠吠えをした。


「え? な、何?」

「バウ! バウバウバウ!」


 良く分からないけれど、なんだかテンションが高い。

 尻尾のふりふりも激しくなっている。

 悪意はなさそうなので可愛いなと眺めていると、コボルトが私の背後に視線を向けた。

 つられてそちらに目を向けると――。


「ギギギッ」

「え……? こ、今度はゴブリン!?」


 小柄だからふり向いてもすぐに気づけなかったが、私の背後には赤黒い肌に鋭い目のゴブリンが立っていた。

 新たな魔物の出現に私は再び固まった。


「バウバウ! バウバウバウバウ! バーウ!」

「ギ。ギギッギギギギィ、ギィギギィ」

「バーウ」

「ギギ?」

「バオーン! バウッ、バウバウバウウウバウッ」

「ギ? ギギッ……」


 えっと…………魔物同士で会話をしている?

 不思議な光景を見守っていたのだが、話が止まるとゴブリンが私に目を向けた。

 疑っているような、心細そうな目で私を見ていた。

 コボルトと同じように、このゴブリンも襲ってくるような気配は全くない。


 魔物達からはまったく敵意を感じないので、恐怖は治まったけれど……。

 彼らの言葉が分からないし、どうすればいいの?


 戸惑っていると、ゴブリンは胸に手をあて、私に丁寧な礼をした。

 持っていた木刀を背後に隠し、左手は胸に手をあてて頭を下げる。

 この礼……この国の古い礼の仕方だと聞いたことがある。

 魔物なのに凄く紳士っ!!


 丁寧な対応をしてもらい、私も思わず頭を下げて感謝を伝えた。


「あの、お邪魔しています! 助けて頂いてありがとうございました!」


 するとゴブリンは目を見開き、驚いた様子を見せたあと俯いた。

 どうしたのだろう?

 何か失礼なことをしてしまったのかと焦ったが、コボルトが尻尾をふりふりしながら私に向けて一鳴きした。

 大丈夫! と言っているようだ。


「……ギッ」

「バウ!」


 俯くゴブリンの背中をコボルトがバシバシと叩いた。

 慰めているのかなあ?

 ゴブリンはうっとうしそうにコボルトの手を払っているが、仲がいいことが分かるのでほほえましい。


 二匹を見ていると、ちゃんとお礼をしたくなった。

 そうだ。喜んでくれそうな、いいお礼方法を思いついた。


「あの、あなた達に服をプレゼントしてもいい? 私、布を持っているから作ってあげる!」


 コボルトもゴブリンも、体に布を巻いているのを見ると、服に興味があるのだろう。

 だから服をあげたら喜んでくれそうだ。


「バウ!?」

「ギッ!?」


 二匹は驚いた様子を見せたが、嫌がってはいない。

 むしろ目がキラキラと輝いている。

 予想が当たっていたようでよかった。


「じゃあ、早速作るね!」


 私は『ポケット』という、なんでも無限に収納できる魔法を持っている。

 持っているというか、作ったというか……。


 聖女が使える『聖魔法』というのは便利で、浄化や治癒といった分かりやすい聖女の魔法の他にも、オリジナルの魔法を作り出すことができるのだ。


 元の世界に帰る、という魔法は作ることができなかったので、何でもできるというわけではないが、生活を便利にするための魔法は大体つくることができた。


 ポケットには旅に必要だったものや、気になって買ったものなど、色々と詰め込んである。

 もちろん、布と裁縫道具も持っている。


 ゴブリンは子供服のように作ればいいだろう。

 コボルトはどうしようかな。

 古代ローマ人が着ていたような、体に巻き付ける感じの服だと着やすいだろうか。

 でも動きづらいかなあ。


 とにかく、生地を選んで貰おう。

 選んだもので好みが分かるかもしれないし、素材にあった形の服にするのもいいかもしれない。

 私はポケットからいくつか生地を取り出し、二匹の前に並べた。


「バウ!?」

「ギギギッ」


 何もないところから突然布が出てきたことに、二匹がとても驚いている。


「服の生地、どれがいいか選んで?」

「「…………」」


 笑顔で話しかけたのだが、二匹は顔を見合わせて黙っている。


「うん? どうしたの?」


 アイコンタクトでもとっているのだろうか。

 私の声は耳に入っていない様子だ。


「バウバウバウ!!」

「ギギ? ギギギ、ギギギ?」

「え? な、何!?」


 しばらく様子を見守っていると、二匹揃って私に何かを訴えてきた。

 必死な様子だが……ごめん、まったく分からない。

 私を指さし、手を合わせてお祈りのポーズをしては首を傾げているけれど……。


「あっと、『あなたは、おいのりができますか?』かな?」

「バーウ!」

「ギーギ!」


 思いきり首を横に振られてしまった。

 どうやら違うようだ。

 やっぱり分からないよ!


「……あれ?」


 何を言っているのか解読するため、二匹をジーっと見ていたら気がついた。


「あなた達……呪われている?」

「「!!!!」」

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