3
チチチ、と鳥のさえずりが聞こえた。
心地よい風が頬をなでていく。
ゆっくりと目を開けると、木の葉の間から優しい陽の光が降り注いでいるのが見えた。
周囲を見渡すと、生き生きとした木々や花がある。
「とても綺麗なところね」
どうやら私は木陰で横になっていたようだ。
聖域の奥へと向かっている途中で行き倒れたはずだが……誰かが運んでくれたのだろうか。
そういえば、薄れていく意識の中で、恐ろしいほどの美形集団を見た気がしたけれど、彼らが助けてくれたのかもしれない。
でも、ここは聖女のみが入ることのできる聖域では?
追っ手が近くにいる様子はないが、状況を確認した方がよさそうだ。
立ち上がり、草木が少なく歩きやすいところを進む。
「あ! あれは……」
歩き出してすぐに、粗末な造りの住居らしきものを見つけた。
木だけで作った山小屋のようで建物で、ボロボロだが趣があっていい。
「隠れ家って感じで素敵!」
建物の中に勝手に入るのは気が引けたので、周囲をぐるりと回ってみる。
すると、裏手で木々の間に張られたロープを見つけた。
ロープには服のような布がたくさんかけられている。
「洗濯物、だよね?」
どう見ても洗濯物を干しているように見えるのだが、布のサイズも形もバラバラだ。
服なのか、ただのぼろきれなのか、はっきり分からない。
誰かが生活していることは確かだと思うが、どういう人がいるだろう。
絶対にあの美形集団のものではないことは確かだ。
数からすると複数人。
家族で生活しているのかもしれない。
――カサッ
洗濯物を眺めて考察していると、近くの茂みから音がした。
ここの住人が帰って来たのだろうか。
顔を向けるとそこにいたのは――。
「バウ!」
私と同じくらいの背丈の人……だと思ったら、二本の足で立っている犬がいた。
普通の犬とは違い、牙が鋭く凶暴な顔――魔物のコボルトだ!
「ひいっ!」
短い悲鳴を零してしまったため、慌てて口を押さえた。
声をだすと刺激してしまうかもしれない。
後退り、距離を取りながら逃げるタイミングを計ったが……。
「?」
まったく襲ってくる気配がない。
コボルトをよく見てみると、顔は怖いが凶暴な感じもしないし、むしろ私にどう接すればいいのか戸惑っているように見えた。
そういえばコボルトが腰に巻いている布が、干している洗濯物の一つと似ている。
ここで暮らしているのは、この子?
どう見てもコボルトにしか見えないが、魔物にはない理性があるように感じる。
だから話しかけてみることにした。
「あの……もしかして、あなたが私を助けてくれたの?」
「!! バウバーウッ!」
まさかと思いつつも尋ねて見ると、コボルトは嬉しそうに吠えた。
尻尾も忙しなくふりふりしている。可愛い!
私の言ったことを理解しているようだ。
「ふふっ。ありがとう!」
「バフッ!?」
笑いかけるとコボルトは驚いた様子で固まった。
尻尾もピタリと止まっていたが、すぐに動き出し「バオオオオオオン!」と遠吠えをした。
「え? な、何?」
「バウ! バウバウバウ!」
良く分からないけれど、なんだかテンションが高い。
尻尾のふりふりも激しくなっている。
悪意はなさそうなので可愛いなと眺めていると、コボルトが私の背後に視線を向けた。
つられてそちらに目を向けると――。
「ギギギッ」
「え……? こ、今度はゴブリン!?」
小柄だからふり向いてもすぐに気づけなかったが、私の背後には赤黒い肌に鋭い目のゴブリンが立っていた。
新たな魔物の出現に私は再び固まった。
「バウバウ! バウバウバウバウ! バーウ!」
「ギ。ギギッギギギギィ、ギィギギィ」
「バーウ」
「ギギ?」
「バオーン! バウッ、バウバウバウウウバウッ」
「ギ? ギギッ……」
えっと…………魔物同士で会話をしている?
不思議な光景を見守っていたのだが、話が止まるとゴブリンが私に目を向けた。
疑っているような、心細そうな目で私を見ていた。
コボルトと同じように、このゴブリンも襲ってくるような気配は全くない。
魔物達からはまったく敵意を感じないので、恐怖は治まったけれど……。
彼らの言葉が分からないし、どうすればいいの?
戸惑っていると、ゴブリンは胸に手をあて、私に丁寧な礼をした。
持っていた木刀を背後に隠し、左手は胸に手をあてて頭を下げる。
この礼……この国の古い礼の仕方だと聞いたことがある。
魔物なのに凄く紳士っ!!
丁寧な対応をしてもらい、私も思わず頭を下げて感謝を伝えた。
「あの、お邪魔しています! 助けて頂いてありがとうございました!」
するとゴブリンは目を見開き、驚いた様子を見せたあと俯いた。
どうしたのだろう?
何か失礼なことをしてしまったのかと焦ったが、コボルトが尻尾をふりふりしながら私に向けて一鳴きした。
大丈夫! と言っているようだ。
「……ギッ」
「バウ!」
俯くゴブリンの背中をコボルトがバシバシと叩いた。
慰めているのかなあ?
ゴブリンはうっとうしそうにコボルトの手を払っているが、仲がいいことが分かるのでほほえましい。
二匹を見ていると、ちゃんとお礼をしたくなった。
そうだ。喜んでくれそうな、いいお礼方法を思いついた。
「あの、あなた達に服をプレゼントしてもいい? 私、布を持っているから作ってあげる!」
コボルトもゴブリンも、体に布を巻いているのを見ると、服に興味があるのだろう。
だから服をあげたら喜んでくれそうだ。
「バウ!?」
「ギッ!?」
二匹は驚いた様子を見せたが、嫌がってはいない。
むしろ目がキラキラと輝いている。
予想が当たっていたようでよかった。
「じゃあ、早速作るね!」
私は『ポケット』という、なんでも無限に収納できる魔法を持っている。
持っているというか、作ったというか……。
聖女が使える『聖魔法』というのは便利で、浄化や治癒といった分かりやすい聖女の魔法の他にも、オリジナルの魔法を作り出すことができるのだ。
元の世界に帰る、という魔法は作ることができなかったので、何でもできるというわけではないが、生活を便利にするための魔法は大体つくることができた。
ポケットには旅に必要だったものや、気になって買ったものなど、色々と詰め込んである。
もちろん、布と裁縫道具も持っている。
ゴブリンは子供服のように作ればいいだろう。
コボルトはどうしようかな。
古代ローマ人が着ていたような、体に巻き付ける感じの服だと着やすいだろうか。
でも動きづらいかなあ。
とにかく、生地を選んで貰おう。
選んだもので好みが分かるかもしれないし、素材にあった形の服にするのもいいかもしれない。
私はポケットからいくつか生地を取り出し、二匹の前に並べた。
「バウ!?」
「ギギギッ」
何もないところから突然布が出てきたことに、二匹がとても驚いている。
「服の生地、どれがいいか選んで?」
「「…………」」
笑顔で話しかけたのだが、二匹は顔を見合わせて黙っている。
「うん? どうしたの?」
アイコンタクトでもとっているのだろうか。
私の声は耳に入っていない様子だ。
「バウバウバウ!!」
「ギギ? ギギギ、ギギギ?」
「え? な、何!?」
しばらく様子を見守っていると、二匹揃って私に何かを訴えてきた。
必死な様子だが……ごめん、まったく分からない。
私を指さし、手を合わせてお祈りのポーズをしては首を傾げているけれど……。
「あっと、『あなたは、おいのりができますか?』かな?」
「バーウ!」
「ギーギ!」
思いきり首を横に振られてしまった。
どうやら違うようだ。
やっぱり分からないよ!
「……あれ?」
何を言っているのか解読するため、二匹をジーっと見ていたら気がついた。
「あなた達……呪われている?」
「「!!!!」」
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