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「ちょっと、何をするの! 離してよ!」
私を俵のように担いだ騎士が、スタスタと歩き始めた。
他の騎士はそのあとをついてくる。
ここは王城内で、人の目がある。
すれ違うメイドや騎士、貴族達が足を止めてこちらを訝しんでいる。
これでは私はすぐに笑い者になるだろう。
……配慮なんてしてくれないのね。
「……見損ないました」
「?」
間近から声がすると思ったら、私を抱えている騎士のものだった。
聞いたことがある声…………あ。
「あなた、ウエストリーで警護をしてくれた騎士さん?」
「そうです」
浄化のために立ち寄った町では、警護のために地元の騎士がついてくれることがある。
彼は『ウエストリー』という町で守ってくれた騎士だった。
騎士としてここにいるということは、出世したのかな。
「王城に配属になったの?」
「そうです。聖女様の力になりたくて」
「……そう」
あの時の聖女は私だったけれど、これからこの騎士が守るのはダイアナだろう。
「どうしてダイアナ様に使命を押しつけるようなことをなさったのですか。ウエストリーを救ってくれたあなたは――」
「さっきのやり取りを見ていたでしょう? 私、信じてくれない人とは話したくないの」
「…………」
黒の塔に着くと、騎士は担いでいた私を下ろした。
担ぎ上げたと時よりは扱いが丁寧だったが、冷たい目はそのままだ。
騎士達は何も言わず、塔に鍵をかけて姿を消した。
扉は分厚く、遠ざかっている足音も聞こえなかった。
「……静かね」
音がなさ過ぎて、今までとは違う世界にいるようだ。
塔は円柱で何階建てかは分からないが、恐らく五階くらいだろう。
フロアを区切る壁はなく、広くて丸い空間が広がっているが、中心に螺旋階段があった。
「あそこから上に行くのね」
この階には何もないが、上には最低限生活出来る設備や家具があると聞いたことがある。
側妃を亡き者にしようとした王妃を生涯閉じ込めていた、と言う話だった。
私も長期的に放り込んでおくつもりなのだろうか。
「どうしようかなあ」
なんとか疑惑を解きたいという気持ちもあるけれど、アーロン様やダイアナ、国との関わりを断ちたいと思う気持ちの方が強い。
「ここから出て逃げる。絶対逃げる! 誰の指図も受けず、静かに暮らすんだから!」
「逃げられると思ったのか? 相変わらず勢いだけで浅はかだな」
「ぎゃああああああ!」
ここには誰もいないはずなのに、真後ろから声がした。
「もしかして、王妃の亡霊!?」
「誰が亡霊だ」
「え……セイン?」
ふり向くと立っていたのは、浄化の旅を共にした魔法使いのセインだった。
長身で長い黒髪、目の下にはいつもクマ。
上から下まで黒の不気味なセインが薄暗い塔の中にいると亡霊にしか見えない。
王妃ではなかったけれど、「亡霊」というのはほぼ正解でいいと思う。
「コハネ、またくだらないことを考えていたな? それほど余裕があるならよかったが……」
「何もよくないわよ! こんなところに閉じ込められて! 絶対に逃げてやるけど! こんな国とはおさらばよ!」
「そう簡単に国外まで逃げることは出来ると思うが? すぐに連れ戻されるぞ」
「そんなの、やってみないと分からないじゃない!」
確かに、国に指名手配にされてしまうと、逃げきるのは難しいと思う。
でも、こんなところでジッとしているなんてできない!
というか、セインがここにいるのは……。
「セインは私のことを信じてくれるの? 心配して来てくれたの!?」
「いや、そうではない」
「…………」
喜んだところに即否定。ひどくない?
「こちらの世界に来たばかりのお前は、すぐに反抗ばかりしていた。だが、腹を括ってからのお前は……よくやってくれていた」
「セイン……?」
信じていないくせに褒める、ってどういうこと?
喜んでいいのか、落とされる前兆だと構えた方がいいのか分からないよ。
「お前と第二王子のやりとりを聞いていたが……」
「え!? 聞いていたなら、どうして話に入ってきてくれなかったのよ! セインが仲裁してくれたら、せめてまともに話し合えたかもしれないのに!」
「傍観者という立ち位置が最も状況把握に適している」
思わず口を尖らせる。
そうようね、セインってそういう人よね!
「聖女であるお前を眠らせた方法が分からない。お前には状態変化の魔法や薬は効かないはずだ」
「え?」
「ダイアナは信用ならないが……お前の主張に確証が持てない限り、お前も信じない」
ああ、そっか。
セインはダイアナと私を公平に疑って、公正な判断をしようとしているのだ。
ちゃんと事実を知ろうとしてくれている。
「うん。無条件で信じてくれなくていい。セインが正しいよ」
真実が明らかになったら、セインは私の力になってくれるだろう。……たぶん。
それに、口では「確証がないと信用しない」と言っているけれど、セインはそれ程、私のことを疑っていないように感じる。
「……お前の婚約者だった、あの脳筋は無条件で信じるべきなのだがな」
「うん?」
「何でもない。ここを出たいなら、逃がしてやる」
「え、いいの!? お願い! あ、でも、どこに行けば……」
「お前の『誰にも利用されず、ひっそりと暮らしたい』という願いを叶えられる場所があるだろう。お前以外には入ることができない場所が」
「私だけ? そんな都合の良い場所…………あ! 聖域!」
王都の近くには、聖女だけが入ることができるという森――聖域がある。
そこなら指名手配されても、誰も捕まえに来ることができない。
伝説が本当なら、だけれど。
「でも、ダイアナが来たら……」
「あれが入ってくることができたなら、返り討ちにすればいい」
――入ってくることができたなら?
浄化を行えた聖女なのだから、入ることはできるでしょう?
セインの言い回しに少し引っかかったが、確かに追いかけてきても返り討ちにすればいいと納得した。
聖女の力は浄化だけじゃない。
旅の中、危険なこともたくさんあったし、ダイアナには負ける気がしない!
「行け。しばらくお前の姿が見えなくなるように魔法をかけてやる」
「送ってくれないの?」
「…………」
「出発させていただきまーす!」
ジロリとこちらを見るセインの目から「図々しいことを言うなら助けないぞ」という心の声が聞こえたので、大人しく出発することにする。
「……時折連絡をとる。困ったことがあれば言え」
「セイン……」
見た目も中身も怖いと思っていたセインが、困ったときに一番優しくしてくれるなんて……。
アーロン様のことといい、私って見る目がなかったんだなあ。
「ありがとう! ツンデレセイン! いつかきっと恩返しするから!」
「さっさと行け!」
こうして私は王都を抜け出し、聖域に逃げ込んだのだ。
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