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倒れた私は、夢で聖域の森へと逃げ込むに至った経緯をみていた。
あの時見たこと、聞いたこと、感情までリアルに蘇ってきて――。
◆
私は日本の平凡な女子高生だったが、異世界のサリスウィードという国に聖女として召喚された。
聖女の役割は『聖樹』の浄化。
サリスウィードでは、『瘴気』という魔物を生み出す負のエネルギーを、聖樹と呼ばれる聖木が中和し、魔物の脅威を抑えてきた。
だが、聖樹の中に処理しきれなかった瘴気が蓄積されたことにより、機能が落ちはじめ、魔物が増加し始めたため私が喚ばれたのだ。
聖樹は七つあり、全てを浄化するには国中を移動しなければならない。
飛行機のような便利な交通手段はなく、馬車で巡った三年に渡る辛く苦しい旅も、最終の地となるここ王都での儀式をもって終えようとしていた。
そして今日は、最後の大舞台となる儀式の日だったのだが……。
「コハネ・アマカワ! どうしてダイアナに儀式を押しつけた!」
「……はい?」
顔を見合わせた瞬間に怒声を浴びせられ、私は固まった。
与えられていた王城の一室で私が目覚めた時には、すでに儀式が終了している時間だったのだ。
寝過ごすなんてありえないし、そもそも私には就寝しようとした記憶もなかった。
何が起こったのか分からなかったが、とにかく儀式の場に向かおうと、部屋を飛び出したところで待ち構えていたのが先程の怒声だ。
声の主は、旅を共にしたこの国の第二王子アーロン様、私の婚約者だ。
つらい旅の中ではケンカもしたが、苦労や困難を共に乗り越えて、お互いがかけがえのない存在になった……と私は思っていた。
でも、この怒りと蔑みに満ちた目は、どう考えても恋人に向けるものではない。
「旅の終わり、総仕上げとなる王都での儀式――。それも民衆の前で浄化するのは確かに大変なことだろう。だからと言って、聖女として目覚めて間もないダイアナに責務を押しつけて自分は逃げるなど恥を知れ! 見損なった!」
「…………え? え? 落ち着いてよ。私、そんなことしていない!」
私が最後の儀式を押しつけた? そんな馬鹿な!
ダイアナは私達が浄化の旅をしている途中に聖女として目覚めた、この国の少女だ。
聖女は異世界の者のみとされていたから、力は本物かどうかの確認が必要だったし、政治的にも色んな判断がされたらしい。
そのため、ダイアナが聖女に認定されて私達と合流したのは、七つある聖樹の浄化が残り二つとなってからだった。
二つと言っても、一つは小さな聖樹だったから、ほぼ終わっていたと言ってもいいくらいだ。
今までの浄化でくたくたになっていた私は、小さな聖樹の浄化は彼女に任せた。
だが、大きな王都の聖樹を任せるには不安があったし、最後は自分で勤め上げたかった。
だから押しつけるなんて絶対にあり得ない!
「じゃあ、コハネはどうして部屋に閉じこもった! わざわざ封印を施して、誰も開けられないようにして!」
……確かに私の部屋は封印されていた。
出ようとしたときに気がついて驚いた。
もちろん、やっていたのは私じゃない!
「どうしてかは分からない……。でも、本当に逃げたりしていない! 旅の途中だって必死に頑張ってきたのに、最後に逃げたりしない! 一緒に頑張ってきたのに、どうして私がそんなことするって思うの!? 信じてくれないの!? ひどいよ!」
私の努力を一番分かってくれる人だと思っていた。
生まれ育った世界ではない、私には何の繋がりもない人たちを助けるために、私がどれほど苦労したか一番近くで見ていたはずなのに……!
そう思うと、悔しくて涙が溢れてきた。
泣きたくなんてないのに、今まで泣くのを我慢してきたのに……こんなことで泣いてしまうなんて……。
初めて私の涙を見たアーロン様は一瞬戸惑ったように見えたが、すぐに厳しい視線に戻った。
「だ、だが……逃げたのではないなら、どうして出て来なかったのだ!」
「だから、分からないの! 昨日ダイアナとお茶を飲んでいたところまでは覚えているんだけれど、それから記憶がなくて……気づいたら儀式が終わっている時間だったの。ねえ、ダイアナに話を聞きたいわ!」
「……私はここにいます」
声の元を辿ると、ダイアナはアーロン様の背中に隠れるようにして立っていた。
いやに近い二人の距離感が気になる。
でも、今はとにかく誤解を解かなければ。
「あなたが部屋に来てくれた後、私はどうなった? ダイアナはいつ帰ったの?」
「…………っ」
ダイナを見ながら質問をすると、怯えているような態度を取られた。
こんな腹立たしい疑惑をかけられているから、にこにこしてなんていられないけれど、私は普通に質問をしただけだ。
それなのに……どうしてそんなに怯えるの?
「い、一緒にお茶を飲んだあと、私は普通にコハネ様に挨拶をして帰らせて頂きました。コハネ様も部屋の扉まで見送ってくださったではありませんか……」
「え? そんなことはないわ。見送った覚えはないけれど?」
「まさかお前、ダイアナのせいにするつもりか?」
「そういうわけじゃ……」
アーロン様が私の視線から守るようにダイアナを背中に隠した。
どうして恋人の私を疑って、その子を守るの?
「最後の記憶がダイアナとの談笑。記憶は途切れ、気づけば儀式の時間が過ぎていた――。まるでダイアナに何かをされたような口ぶりではないか」
「そういうわけではないわ! 事実を言っただけよ! でも、見送った記憶なんて本当にないの。ダイアナ、あなたの言っていることは確かなの?」
「私がコハネ様を陥れたというのですか?」
「そういうことじゃない! でも、何か知っていることはない? 本当のことが知りたいの!」
私には聖女としての誇りがある。
「儀式を押しつけた」だなんて、不名誉な疑惑をかけられたままでは納得いかない。
絶対に真相を暴いてやる。
そう意気込んでいると、私と視線を合わせていたダイアナが涙を流し始めた。
「私、聖樹の浄化はまだ二回目だし……たくさんの人に見られているなんて怖かった……。それでもコハネ様の努力と功績によって培われた聖女様像を壊さぬよう、必死に頑張ってやりとげたのに……あんまりです!」
「ダイアナ!」
悲しみに満ちた叫びを残し、ダイアナは走り去った。
残された私達に流れる空気は……最悪だ。
アーロン様の後ろには騎士達が待機しているが、彼らの目も、アーロン様の目も私を責めている。
私はダイアナに儀式を押しつけた上、泣かせた悪党とでも言っているようだ。
「君は聖女として失格だ」
「…………え」
「これからはダイアナが全面的に聖女として民の前に立つだろう。今日の儀式で民も聖女とはダイアナのことだと認識している」
「今までの私の努力を全部明け渡せってこと? どれだけ頑張ったか近くで見てきたあなたが?」
「……君の努力には感謝している。要望があれば出来るだけ実現するよう手配するし、褒賞も与える。これからもその力をこの国のために、民のために使って欲しい。……ダイアナの補助として」
補助だなんて……馬鹿にしているの?
浄化の大半は私がしてきたのに!
私の旅は三年、彼女はたった三ヶ月――。
「褒賞なんていらない。私は自分の使命を人に押しつけたりしないわ。何があったかちゃんと調べて!」
「……所詮その程度か」
「?」
「聖女として崇められないのなら何もしないということだろう? 傲慢な」
「あなたは……何を言っているの?」
崇められたいんじゃない。
私の聖女としての三年間を認めて欲しい。
どうしてそれを分かってくれないの?
言葉にすることも馬鹿らしくなってきて、私は口を噤んだ。
「それにダイアナは聖女として認められたのが遅かっただけで、能力的には君よりも優れている。君は儀式の度に倒れていたが、ダイアナは前回も今回も体調不良を起こしていない」
「え?」
あのダイアナが? 思わず首を傾げる。
聖樹の浄化はどうすればいいか。
それは誰かに教えて貰うのではなく、聖樹の魔力を感じると自然に分かることだ。
だが、ダイアナは前回の小さな聖樹でも戸惑っていた。
何とかやり遂げていたけれど、妙に違和感があったのを覚えている。
今日の儀式は無事終わったというが、本当にちゃんと終わったの?
それに儀式で体調不良を起こしていないというのも信じられない。
儀式はとても体に負担がかかるのだ。
だから私は毎回倒れるし、最初の方は何日も寝込んだ。
信じられないのだが…………いいか。
もう私には関係ない。
「あなたのために……この国のために身を削ることなんてしない。さようなら」
もうこの国にいる必要はない。
お金も何もないけれど、聖女としての能力はあるからなんとか生きていけるだろう。
「どこへ行く」
歩き出した私の腕をアーロン様が掴んだ。
「どこでもいいわ。ここではない国」
「その力はこの国で生かすべきだ」
「全力でお断りします! いいように使われるだけの生活なんてまっぴらよ! それに、ダイアナがいるから私は不要のはずです」
「お前にはまだ出来ることがある。ダイアナに聖女としての力の使い方を……」
「断固お断りします! 聖女の力は、習わなくても使えるものよ!」
私は自分で学び、試し、改良して、倒れながらも何回も使って体に馴染ませ、聖女の力を引き出してきた。
口で説明するなんて出来ない。
私より優秀なら、ダイアナも自分で力を磨いていけばいいのだ。
アーロン様の腕を振りほどいて歩き始めたが――。
「黒の塔へ連れて行け」
「!」
指示を受けた騎士達が私を取り囲み、拘束した
黒の塔は「罪を犯した要人の牢」といえる場所だ。
内装は綺麗だが窓はなく、決して自分からは出られない。
「私は何もしていない!」
「君との婚約も破棄だ」
「…………! いいわ、信じてくれないあなたと婚約なんてしていたくないわ! でも、私は何も間違ったことをしていないから!」
騎士達に私を任せて去って行くアーロン様の背中に向かって叫んだが、彼が振り向くことはなかった。
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