第4話『俺と彼女と刹那の火花』
「お前はなにをやっているんだ!! それでは幾ら寒気を凌げたとしても、ガス中毒で死ぬぞ!!」
おーおー、可愛いね。金切り声を上げちってよぉ~。
まぁ、気持ちは分かる。どの道死ぬなら、楽に死のうとしているとか、ガスを抜けば冷気がなくなるとか、どうせ、思い付きで俺が安易に行動した、とでも思っているんだろう。
んなに、バカじゃねぇよ。こう見えても結構思慮深いんだせぇ? 俺はよぉ……。
「そう思うんだったら息を止めろ!!」
俺は防火シートを広げると、八重垣に駆け寄って覆い被さった。
「バカ! なんのつもりだ!!」
「うるせぇ! 黙ってろ!
いいか? しばらく息をするんじゃねぇぞ……」
間にもごわついた厚手のシートがあるとは言っても、男の俺に力づくで押さえつけられるのに恐怖を覚えたのか、八重垣は俺の下で必死で抵抗をしてくる。
俺は低く言い放つと、八重垣の口をシート越しに塞ぐと、全体重を掛けて組み敷いた。
八重垣は諦めたのか、この場じゃあ俺に逆らってもどうにもならねぇと悟ったのか大人しくなった。
ああ、このシートがなけりゃ、いいシチュエーションなんだけどな……。
あっ、いや、そんじゃあ、俺はただの強姦魔か……。
やっぱ、このシートは大切だな。色んな意味でな……。
ガスが部屋を満たすまで何分くらい掛かるんだろうな……。
いや、ただ満たすだけじゃだめだな。充満させねぇと。
俺はガス中毒にならねぇように息を止めると、八重垣が抵抗しても払いのけられないように体重を掛けて押さえつけながら、その時を待った。
八重垣は、俺に捩じ伏せられたままでなにかを言っているが、シートのせいで何を言っているのかまでは把握はできねぇけど、取り敢えず抵抗するのは止めたみてぇだ。
ガスが冷蔵庫の中を満たしていくのが分かる。
それを証拠に寒さは感じなくなって行き、代わりに俺の意識が朦朧となって行く。
いや、凍死寸前でも、同じような感覚になるんかも知れねぇけどな……。
まっ、凍死した事なんかねぇから、その辺はなんとも言えねぇが……。
まぁ、そろそろ頃合いだ。
俺は薄れ行く意識の中で、手に持っていたスパナを出来るだけ遠くへ行くように、放り投げた。
スパナが宙を舞って、床に落ちた。
その刹那、火花が散った……。
ガスで満たされた部屋に、突然発生した火花。
その結果、当たり前のように爆発が起きた。
爆発は俺の想像以上に激しく、強烈な衝撃が壁を叩いて変形させて、天井を撃ち抜き、蝶番いを弾き飛ばす勢いで扉を破壊させた。
爆発は俺の体を焼いて、押し潰し、打ちのめして、八重垣を必死で押さえつけるのを嘲笑うかのように、紙切れの如く弾き飛ばした。
もう、なにがなんだか分からねぇ。どうなったのかも分からねぇ。
ただ、痛みもなく、苦しくもなく、どんどんなにも考えられなくなって行く。
ああ、死ぬかもな、と頭の片隅で思ったが、これで俺も八重垣も冷蔵庫から脱出できただろう、という達成感はあった。
「おい! おい!! 大丈夫か!? バカっ!! こんな無茶をして!!
今、救急車を呼んでくる!
だから、まだ死ぬな!!」
八重垣が、女にしてはハスキーな声で捲し立てている声を聞いていると、笑いが溢れた。
良かった……。元気そうだ……。
そこで、なにか暗くて冷たいなにかが脳みその中に広がっていき、俺の意識は閉ざされた。
あれから三ヶ月が経った。
俺はまだ病院にいる。
どうにも思ったより酷かったらしくてな……。人間、無理はするもんじゃねぇな……。
「おい、なにをぼーっとしてんだ?」
ありきたりだが、リンゴの皮を剥きながら昴が聞いてくる。
「ぼーっとなんてしてねぇよ。ちっと、考えごとしてただけよ」
全く失礼なやつだ。俺がぼーっとしてたことなんてないだろうがよ……。
あれから、俺と昴は付き合っている。
まぁ、災い転じてってやつだ。
俺があれからずっと入院してっから、まだデートもしてねぇけど、こうして毎日会いに来てくれるってのは、照れ臭くて擽ったいけど、嬉しいもんだ。
退院したら、お返ししねぇとな……。
「なにを考えていたんだ?」
可愛くリンゴでウサギさんを作って、輪を作るように皿に盛り付けると俺に勧めてくれながら、早くもウサギの一匹に頭からかぶり付きながら、昴が尋ねてきた。
「いや、幸せだなってよ」
俺が口許に笑みを浮かべて見つめると、昴はリンゴを口に含みながらも頬を赤らめて、上目使いで俺を見返してきた。
火花を刹那散らせ ふんわり塩風味 @peruse
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