第6話 醜い***の子
「……」
眠る事にしたはずなのだが、その日は何故か眠れず、ずっと妙な高揚感が漂っていた。
最初は眠かったのに、いざ寝袋(ハウンズに貸して貰った)に入るや否や、それまでが嘘の様に目が冴えてしまったのだった。
(なんでだろう、さっきの話のせいかな?)
(全然眠くならないどころか目が冴えた)
(化物……。どんな姿なんだろう)
眠くなるまで、化物の姿を想像してみる事にした。
あるいはもっと眠気が遠ざかる可能性もあったが、何もしないで夜明けまでの数時間を過ごすよりは、よっぽど有益な気がした。
まず大体の輪郭だ。
六本足とかかな?それとも足は無いとか?
目は複眼だろうか、それともやはり無い?
歯はやはり、ギラギラしているの一択だ。
とすれば、体毛は濃い方が怖いだろうな。
「例えばこんな感じかな?」
「そうそう!」
鏡に映されたのは目が覆われ車椅子を自ら漕ぎ、口だけでニコニコしているのが分かる少女だった。
「……誰?」
「それは私も聞きたい事だよお姉さん。あなたはだぁれ?」
聞き方が凄く可愛い。見えていないから私の姿も誰なのかも分からないみたいだが、私を『お姉さん』と呼んだ辺り、少しひっかかる。
「私は森出鈴羅」
「嘘よ、あなたはアリスじゃないの?」
「違うよ。服が似てるからそう思うだけ」
この娘――――やはり視ている?
何故私を【アリス】と認識したんだ?
「おかしぃなぁ、【気】はアリスなのに。
……でも、あなたはスズラっていうのね?」
「そうだけど。ところで【気】って何?」
「あなたは信じてくれるの?皆、【気】の事を信じてくれなかったのに」
何故だろう。この娘が視えているだろうそれを、私も知らなければならない気がした。
「……うん、信じるわ。私は実は、ここの外から来たの」
「あぁそっか!変だなぁ、とは思ってたけどそういう事だったのね!
あなたは偶然、アリスと同じ【気】を持ってるんだわ。だから似ているし、それが解る生き物には勘違いされる」
「何かそれを防ぐ方法は分かる?」
「無いよそんなの」
即答だった。恐らくは全く無いのだろう。
「今まで外から誰かが来たの、今日以外は、たった一回しか無いもの」
「え、私だけじゃなかったの?」
「うん。でもその人、【気】が無かった。まるで死人が歩いているみたいで怖かったわ」
それは一体誰なのだろう。
この娘の証言を信じるならば、【気】とは多分、住人に埋め込まれた識別信号の様なものなのだろう。
それぞれダブりが無い様に、完璧に分類分けされた波長なのかも知れない。
で、死んだらその波長は消える。
【気】が無い=死人、という事だ。
「あの人、名前は何て言ってたかなぁ。
確か……ナンチャラふととかって言ってた」
ううむ、それじゃ誰か分からん。
「『いつか世界を驚きで満たすんだ』とか言ってたけど。その割に自信が無さそうだったなぁ……」
自信欠如か?『驚きで満たす』……何の事だろう。
「……そろそろ時間切れだね」
「え?」
「私は部屋に戻るわ。ほら、空が白み始めている。朝になったらパパとママが起きてくるから、私はここにいちゃいけないの」
どうやら、それは暗黙の了解らしい。
彼女は寂しそうに、笑顔を曇らせる。
「あなたとのお話し、楽しかった。
誰かとお喋りするの何年振りだったかな。
ありがとう、スズラ――――」
「姉様?シルヴィア姉様なの?」
「……ロシャーナ――――!?」
ハウンズと同じコーギーの顔。
彼女……シルヴィアとは違う、犬の顔。
驚いた顔はジョシュアと瓜二つだった。
シルヴィアの顔が歪む。
それは醜く、まるで悪魔の様に……。
ぺでぃぐりむ 青色の序章 アーモンド @armond-tree
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