第5話 猟犬ハウンズ

『おや、これは人形かな?』

『だが何故ミトンがこんなものを?』

『分からないな……』


どこかから声が聞こえる。

どことなく安心する声だ……。


『……生きているぞ、この人形さん』

『おい、起きるんだ人形さん』

『聴きたい事があるんだ、頼む起きてくれ』


ペチペチ、と指で叩かれて私は気がついた。

私を不思議そうに見つめる、コーギーの顔があった。

私の数十倍はあろう、コーギーの顔が。


「やっと起きたね。私はハウンズ巡査だ。

まぁこっちはコードネームの様なものさ。本当の名前は少し長いぞ。

ウェルシュディ・ハウンズウェイ巡査だ」

「どうも、私は森出鈴羅です」

「すずら、と言うのか。宜しく頼むよ」


何を宜しく頼まれるのやら。


「君はあの豚……ミトンの手に握られていた。何があったのか、詳しく話してもらえないかな?」

「……はい。実は――――」




事情を話すと、ハウンズは自分のあごでながら言う。


「だが何故あの三兄弟が、あの日家に帰ったんだ……?

確かアイツら昨日、『しばらくツアーに出る』って言ってたはずだが……」

「ツアー?」

「あぁ、君は迷子だから知らないのか。アイツら、有名なのは本当だよ。

スリーポークス。へヴィーメタルバンドとしては多分、こっちの世界で一番有名なんじゃないかな。まぁ、ヘヴィメタのバンド自体そんなに多くないけどね」


へぇ、そうだったのか。

あながち正直者だった事に驚きを隠せない。

実は私は彼らの『有名だ』という言葉すら信用していなかったのだ。


「……で、昨日からツアーに?」

「うん。なんでも全土一周するみたいでね。

結構なが動いたらしい」


そう言い、ハウンズは短い親指と人差し指で器用に丸をつくった。


「しかも根強いファンも多くて、前売りチケットはほとんど完売したっていう。

まさかライブをドタキャンまではしないだろう?」


……いや、奴らならやりかねない。

そう思ったが、論点はそこじゃない気がしたから言わない事にした。


「……あなた、仕事まだ終わらないの?」

「あぁ待ってくれジョシュア!紹介したい人がいるんだ」

「珍しい事もあるのねぇ」


ハウンズには奥さんがいるらしい。

お盆にマグカップを三つ持ってきた所を見ると、私にも飲み物を入れてくれるみたいだ。


「あら?お客さんはどこ?」

「ほらここだよジョシュア。机の上」

「――――あらあら!なんて可愛いお客さんなのかしら!」


目をキラキラさせて、ジョシュアは期限良くマグカップにコーヒーを淹れ始めた。


「で、どちらから?」

「それが、……分からないんです」

「あらまぁ!」


ビックリして目を見開くジョシュア。

その顔にこちらが『あらまぁ!』と言いたいほどのオーバーリアクションである。

だが大袈裟なだけで、ジョシュアはどうやら悪い人ではなさそうだ。内心ホッとした。


「コーヒーはミルク入れる?砂糖は何個?

豆は何にしようかしら。あぁもう、知りたい事聞きたい事が一杯で、何から手を付けていいのやら……」

「ごめんね、ジョシュアはせっかちなんだ」


ハウンズはそう謝るが、別にそれを嫌とは思わない。むしろ観ていて楽しいくらいだ。


「君もそうなのか。もし君が大人だったら、晩酌が楽しくなりそうだが」


残念ながらまだ未成年だからなぁ。

そういうのはまたいつかの機会に。


「まぁ仕方ない、とりあえず今日はこの家で過ごしても構わないよ。

ただ気を付けてな、ウチにも化物がいる」


一瞬『マジか』とも思ったが、くよくよ考えても仕方ない、と切り替える。

いるなら出くわさない様にすれば良いだけの話じゃないか。


「食べられないようにな?それじゃあ今日はもう遅いから、おやすみ」

「おやすみなさい」


言われて見れば眠くなってきた様な。

あくびをして、私は眠る事にした。

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