第2話 リトルフード

アオーン。

何か生き物の遠吠えで目が覚めた。

辺りはまだ暗く、どこに何があるのかさえよく分からない。

不安に駆られた――といってもずっと不安ではあるのだが――私は。


「人形さん、ごめんなさい」


ブリキ製の人形が持っていたブリキのやりを拝借して、少しばかりの戦力アップを心の支えにして、この不安をやり過ごそうとした。

と、黄金色の光が二つ、しばらく離れた所で明滅した。

先刻吠えた生き物だ――――。

私は直感でそう確信して、鎗を構える。


「……ぐるるるるる」

「えっ――――」


闇の中、かすかに見えるその輪郭は明らかに人の形をしていた。

だが何故、獣の様な遠吠えをしたのだ?

そして何故、四足歩行でこちらへ来るのか?


「ぐるるるるるるるるるる」

「……私の言葉、分かる?」

「…………」


どうやら、言葉は理解出来るみたいだ。

うめき声の高さから察するに、その人間は小さな子供、恐らくは男の子である。


「……私、食べても美味しくないよ。私は君の味方だから、どうか食べないで」

「――――臭うぞ、鼻が曲がりそうだ」

「えっ」


思わずわきやら髪やらをいでみてしまうが、その次の言葉で私はハッとする。


「これは嘘の臭いだ。しかもかなりの、な。

お前、なに隠した?」

「何も?」


……何も隠しちゃいないが、嘘なら吐いたかも知れない。心当たりはないが、その時私はふとそう思ってしまった。


「……まぁいいや、信用はしてないし。

臭うものは喰わないから安心しろ」

「臭う臭う言うな!流石に傷つくわ!!」

「気にしてるならドロワーズ穿かなきゃ良いんじゃないのか?蒸れるだろうに」

非道ヒドいっ!!ロリータドレスにドロワーズは不可欠なのに!!てかいつ見たのヘンタイ!」

「な、なにを言う!?ボクはヘンタイじゃないからな――――」




お互いに偏見があったが、とりあえず言い合った事で共に危険でない事が分かり、一応和解するにいたった。


「ボクはロロ。ロロ=ヴァーミリオンだ」


そう言うとロロは、背負っていたマスケット銃を取り出し地面に発砲した。

すると火がき、ロロの姿が明らかになった。

ロロはぼさついた茶髪を隠す様に、くすんだ色の頭巾を被っていた。頭巾の破けた所からはみ出た髪が、犬の耳みたいに見える。


「私は森出鈴羅。よろしく」

「森出……いや、鈴羅って呼ぼう。ボクの事はロロとでも。

……鈴羅、何故君はここにいる?」

「それが……覚えていないの」


ロロは不思議そうに私の顔を見てくる。


「覚えていない?本当ならそれは、……ううむ、マズイ事になったかも知れないなぁ」

「うん?それってどういう事??」

「ここから帰るのに、どこから来たのか覚えてなきゃ無理だろう」

「あっ」


言われてみれば確かに。

ここに来て、大変な事に気付くと同時に、1つ思い出した事があった。


「……そう言えば私、ここに来る前何してたんだっけ」


そう。私はそれさえ覚えていなかった。

一時的に忘れているだけなら良いのだが、それさえ分からない恐ろしさといったら無い。


再三、不安が私を襲った。


「……それも覚えていないのか?こりゃもう本格的にマズイな……。

とりあえず【女王】の所まで行こう。話はそれからだ。ここだと誰がいるか分からないからな」


こうして私は、ロロに連れられ【女王】なる人物のいる所へ行く事になった。

歩いて最低でも1週間はかかるという、割と遠い場所だという。


「ボクが番をしてるから、鈴羅は寝ていろ。

明日は早いからな」

「……ありがとう、ロロ」

「――――別に」


頭巾を深くかぶり直し、『さっさと寝ろ』と強気に言うロロ。顔が赤くなっているのは黙っておく事にして、私は火の近くにいって横になる。

これから、旅をするんだ。

明日に少し希望を見出だし、安心からかいつの間にか深く眠ってしまった。

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