ぺでぃぐりむ 青色の序章

アーモンド

【ヘンドリクシア】編

第1話 不思議の部屋の

この物語にプロローグは無い。

突然、何の前触れもなく、この物語は始まった。始められた。否、始まってしまった?

かくとして、私が目を覚ますと、何故か見知らぬ場所にいた。

床全面が木で出来たそこは、一面を覗いて崖っぷちだった。

その一面――巨大な壁が延々と続いている――には、これまた巨大な額縁がかけられていた。中には、何十人もの人が集まって踊る、少し暗い色調の油絵が飾られていた。

私が木の床をしばらく歩いていると、一枚の鏡があった。ちょうど私の身長と同じくらいだ。

見ると、私の姿が写し出された。

青と白のロリータドレスに身を包んだ、金髪の癖っ毛がそこにはいた。

透き通ったパッチリ二重の蒼い目が二つ、鏡からこちらを見つめている。

・・・そう、これが私。

名前は【森出もりいで鈴羅すずら】。

が好きな高校生である。

だがまさか、よりによってこの服だとは思わなんだ。なんてったってこれ、アリスだ。

金髪は地毛だが、この服装は何かこう、高校生にもなって恥ずかしいというか。

まぁいいや。私はこの格好以外の服が無いのを理由に、しばらくそのままで過ごす事にした。


……だがしっかし、広いなぁ。

空間を見渡し、思う。

どこまでも広いが、しかし限りはある様で。

崖っぷちから中空を眺めていると、しばらくして空間のすみっこが見えた。


ここはどうやら、巨大な部屋の一角らしい。

私はもっと、ここの正体を暴く手掛かりが欲しくなった。

するとどこからともなく、声が聞こえた。


――――力が、欲しいか?

――――或いは知恵が、欲しいか?

――――また或いは、干しイカが欲しいか?


知恵でお願いします。

或いは、ここが何なのかを解くヒントとか。

寒いダジャレはガン無視を決め込む。


――――では教えよう。ここはお前も既に知っているはずの場所。

――――これから知るは、お前の過去。

――――覚悟と勇気、双方が必要なのだ。


……何だか分からないけれど。

とりあえず『分かった』と言って、私は声に知恵を貰おうと思った。


――――二つ返事とは恐れ入った。

――――お前には相応の【知恵】をやろう。

――――たとえば、ここにはがいる、とかな。


刹那、急に背後に気配を感じた。

そして首や脇腹に刺さるような、硬い感触。

振り向くと、巨大な猫が私の体を掴んでいたのだった。


――――さあ、知恵ワタシを使え。

「……じゃあ――――」


私はの名を呼んだ。

呼ばれたは応じ現れ、その姿を見せてくれた。

全身が毒々しい紫とショッキングピンクのしま模様になった、ライオンみたいな姿である。私は少し怯えてしまって、彼を前にして声が出なくなる。


――――さあ願え。ワタシに何を望む?

「……っあ……」

声が出ない。通じるか分からないが、心の中で強く思う事にした。

(私を掴んでいるこの【化物】を)

(私から引き離して欲しい)

(じゃないと私、死んじゃうから)

――――分かった。【化物】をひっがす。


そう言うとワタシは突然、私の首根っこを掴んで引っ張る。


(痛い痛痛痛痛痛痛痛痛いッッ!!)

――――ワタシが動く為に必要な痛みだ。

(……は?)


首からすっと手を離し、ワタシは【化物】もとい巨大ネコに向き直る。


――――痛みを対価に、ワタシは私を守る。

――――痛みは強さだ。耐え忍ぶ心の、な。


言い残したワタシは、【化物】に一蹴。

鉤爪かぎづめで鼻を引っ掻かれた【化物】は『ヌ゛ァ゛ン゛』と野太い鳴き声を挙げ、その場に突っ伏した。


――――ではサラバだ、私。

――――私の願いとあらばワタシは。

――――いつであれ現れよう。


そう言うと、私の質問にも答える事ないまま消えてしまった。

まるでそれは幻だったかのように、だ。


私はそして、また独りになった。

ここの正体も分からぬまま、どうやら夜になってしまったらしい、少しずつ空間が暗くなっていく。

これからどうすれば良いんだろう。

私はこのまま、独りのままなんだろうか。

不安で仕方なかったが、眠気はいつも誰でも平等らしい。

考え込むうち、いつの間にか私は眠っていたのだった。

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