第17話 日常に戻る

「クロエル、おはよう」


 教室の扉を開けるといつものように赤髪の少女が挨拶をしてくる。

 俺は「おはよう」と返してから椅子に座り、荷物を広げる。


「この教室に来るのも久しぶりだね」


 赤髪の少女、フレアはそう言って俺の横に座る。


「そうだね、あれからもう3ヶ月も経ったんだね」


 ヴァイスが学園を襲撃してからすでに3ヶ月が経った。

 あの一件から1ヶ月は授業がなく、それ以降は中等部が使っている西校舎の狭い(この世界の感覚で)空き部屋を使っていた。

 そしてようやく、半壊した校舎が修理され、小等部一年の教室が使えるようになったのだ。


「新しい担任の先生って誰になるのかな?」


 フレアが教卓に目線を向けながら尋ねて来る。


「誰になるんだろうね」


 学園が始まってからはフレアの護衛としてこの学園の教師をやっていたユーフラだが、ヴァイスの一件で王国騎士団団長のフォールンさんが死んだため、副団長であったユーフラが団長になった。

 ユーフラは学園の教師を辞め、フレアの護衛の仕事もなくなり、今は王国騎士団団長として騎士団の仕事をこなしている。


「クロエルは何の科目の先生が担任になってほしい?」


「うーん、ユーフラみたいに他の生徒達と同じように見てくれる先生だったら誰でもいいかな」


「大丈夫だよ、クロエルは頭がいいからどんな先生が担任になっても成績で黙らせれちゃうから」


「そうだといいんだけどね」


 高校生までの知識があるぶん魔法と歴史、地理の授業以外はノートを取っているだけでずっと他ごとを考えているからか、今みたいに成績のことを褒められるとズルしてる感がすごい。


「そういえば今日はセレナ遅いね」


「え、セレナちゃんならさっきからそこの席で寝てるよ」


 フレアは少し前の席で気持ち良さそうに寝ているセレナを指差す。


 ‥‥‥全く気づかなかった。


「相変わらず気持ち良さそうに寝てるね」


「そうだね、こんなにぐっすり眠っているセレナちゃんを見ていると日常に戻った感じがするよ」


 フレアは最高の笑顔で微笑む。


 先週までフレアとセレナは警備が厳重な部屋から一歩も出られない生活を送っていた。

 理由はヴァイスが襲って来る可能性があったかららしい。


 これは俺が目覚めてから知ったことだが、半壊していた東校舎にはヴァイスの遺体はなっかたらしい。

 おそらく、眠りにつく前に聞こえた声の主が連れて行ったのだろう。

 一応ユーフラにそのことは伝えて「わかった、こちらでも探してみよう」とユーフラは言っていたが、あまり探索は進んでいないだろう。


「そういえば聞いた? ヴァイスが姿を現したことで中止されてた剣術テスト、今日やるんだって」


「え、そうなの?」


「うん、だから頑張ってね」


 フレアはそう言って微笑む。


「フレアこそ頑張りなよ、魔法は得意でも剣術は苦手なんだから」


「うう、そんなにはっきり言わなくても」


 そんなことを言うフレアに俺は思わず笑ってしまう。

 フレアもそんな俺を見てか楽しそうに笑う。


 ヴァイスはどうなったのかとか、眠りにつく前に聞いた声の主は誰なのかとか、ヴァイスと戦った時に使った魔法はなんなのかなど、色々ときになることはあるけど、やっといつもの日常が戻ってきたんだな。


 俺はそう実感した。

 そして俺はこの後の剣術テストに向けて教えてもらった剣術を少しだけ復習した。


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 時間は少し遡り、ヴァイスとクロエルが戦った少し後。

 街中の路地裏では、


「おいテミス、どう言うことだ!」


 エルージェ伯爵が顔立ちの整った見た目20代そこらの深紅色の髪の男に向かって怒鳴っていた。

 怒鳴っているエルージェ伯爵に対し、テミスと呼ばれている深紅色の髪の男はニヤリと気味の悪い笑みを口元に浮かべる。


「いやいや、こちらとしても想定外なんですよ。まさかヴァイスさんがやられるなんて思いませんでしたし、まぁでも王国騎士団団長を殺すと言うあなたの目的は果たせたじゃないですか」


「それはそうだが、今回の目的はそれだけではなかった」


「はいはい、そうでしたね。今回ヴァイスさんにロイル学園を襲撃してもらった目的は王国騎士団団長フォールンを殺すことだけではなく、リュミラ王の一人娘フェイリ王女をさらうことでしたね」


「そうだ、それなのに貴様と言う奴は」


「それについてはさっきから謝っているじゃないですか。それに、まだ始まったばかりじゃないですか、大丈夫です、まだ時間はあるんですから」


「‥‥‥わかった。だが、必ず成功させろ」


「わかりましたよ。とは言っても、もう少し時間はかかりますが」


「そうか。見ていろリュミラ王、もうすぐ貴様はあの世行きだ」


 エルージェ伯爵は甲高い声で笑う。


「まぁせいぜい頑張ってくださいね。私は悲劇に染まる人々の顔が見れたらそれでいいので」


 テミスはエルージェ伯爵に聞こえない声でそう呟いた。


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