第11話 魔力操作術
今この教室内で試合をしているのは俺とガルド=エルージェだけだ。
他の生徒達はこの試合を観戦している。
「それでは、初め!」
ユーフラのはじめの合図とともに、ガルドは木の棒を横に薙ぎ払う。
俺はほんのすこし後ろに下がり、ガルドの攻撃を避ける。
そして、木の棒を振ったことにより隙ができた左脇腹に木の棒を突き出す。
だが、ガルドはそれをギリギリで避け、盾を前に出し防御の体勢をとる。
6歳にしては素晴らしい判断力だと思う。
だが、まだ少し甘い。
俺は後ろに3歩下がり、木の棒を二本とも上にあげ、同時に振り下ろし盾にぶつける。
そして、木の棒と盾がぶつかる反動を使いガルドの頭の上を飛び越え、体を右に回し、ガルドの左腕に木の棒を叩きつける。
これが真剣だったのなら、ガルドはもうすでに左腕を切り落とされているだろう。
まぁ、左腕を折った感覚があったからこの試合では使えないだろう。
「グッ」
ガルドが呻き声を出し、床に膝をつける。
だが、それを見ても俺の殺意は収まらなかった。
今度は右腕を折った。
当然ガルドも抵抗したが、右腕一本で長い間抵抗できるはずもなく、すぐに右腕を折ることができた。
「ま、待て。こうさ」
ガルドは何か言おうとするが、俺は左手で握っている木の棒をガルドの口の中に突っ込み、口をふさぐ。
「ガハッ! あて、ごおさ」
右手で握っている木の棒をガルドの顔に軽く当てる。
それだけでガルドの顔が恐怖に染まる。
「どう? 自分がやられる気持ちは。
二つ選択肢をあげる。
フレアに土下座をして謝って、一生危害を加えないと約束するか、ここで俺に魔法を使っても完治しない傷を負わされるか。
どちらかを選べ」
俺はガルドの口から木の棒を抜く。
ガルドは咳き込むが、床に膝をつけたまま俺を見上げ、
「ふ、フレア様に謝らせていただきます」
「わかった。だが、次にフレアに関わったら躊躇なく殺す」
「勝負あり!」
ユーフラの声で試合が終了する。
この試合を見ていた生徒達は信じられないものを見たような顔で先生に回復魔法をかけてもらっているガルドを見ている。
「ねぇ」
セレナに声をかけられた。
セレナは朝見た時と違って、面白いものを見つけた子供のような目をしていた。
「何?」
「私と試合して」
周りの生徒達がざわつく。
なんでだろう?
「いいよ」
「やった。じゃあ、早くやろ」
正直、少女を攻撃するのは気がひけるが、この体だと遠心力を使わないと骨を折るような攻撃はできないから、それさえ気をつければ大丈夫だろう。
「おいおい、ちょっと待て。勝手に話を進めるな。
それとセレナ様、今日は試合しないと言っていたじゃないですか」
「気が変わった。クロエルと早く試合したい」
「で、ですが‥‥‥」
ユーフラはなんでこんなにも必死にセレナが試合するのを止めようとしているのだろうか?
「俺は大丈夫ですよ」
「ほら、クロエルもいいって言ってるから」
「‥‥‥わかりましたよ。
ただし、二人とも殺しはダメですからね。
どこかの骨を一箇所折っただけで試合は終了にします」
「「了解」」
俺は木の棒を構える。
セレナは盾は持たず木の棒一本を両手で握り構える。
その構えは剣道の中段の構えに似ていた。
「それでは、初め」
ユーフラの開始の一言で、セレナの目つきが変わる。
「じゃあ、行くよ」
「こい」
セレナは縦に木の棒を振り下ろす。
俺はそれを右手で握っている木の棒で受け流し、もう一本の木の棒でセレナの脇腹向けて突き出す。
セレナは高く跳躍することによってそれを回避する。
この世界にはこんなに身体能力が優れている人もいるのか。
セレナは着地すると同時に体を半回転し、突きを放つ。
俺はそれを避け、右手に持つ棒を横に薙ぎ払う。
セレナは今度は下にしゃがみ、攻撃をかわす。
そして、セレナは木の棒を俺の顔めがけて突きを放つ。
俺はそれを左手で持つ木の棒で受け止め、もう片方で右肩を狙う。
だが、それも避けられる。
数分間は同じようなパターンの繰り返しだった。
だが、同じようなパターンの繰り返しでも、繰り返すたびに攻撃の速度は上がっていた。
まだ6歳の体だからか、数分で体に激痛が走る。
セレナもすでに息が上がっていて、攻撃速度も下がっていた。
これ以上続くと俺の方が不利になるな。
しかも、俺が握っているどちらの木の棒にも目立つ罅が入っている。
多分、もう一回強く当てたら折れるだろう。
深く深呼吸をする。
そして、左手で握っていた木の棒をセレナに向けて投げる。
同時に俺はセレナに向かって走る。
セレナは俺が飛ばした木の棒を最低限の動きで避け、木の棒を俺に向けて真っ直ぐ振り下ろす。
俺は木の棒の先端部分でセレナの攻撃を弾く。
木の棒の先端部分は折れるが、セレナの攻撃の勢いを殺すことはできた。
あとは残っている部分でセレナの右腕を折るだけだ。
痛いとは思うが、少し我慢してもらおう。
俺はセレナの右腕に向けて振り下ろす。
「バキッ」
セレナの右手から木の棒が落ちる。
俺が握っている木の棒はセレナの右腕に当たっていた。
「そ、そこまで」
ユーフラが終了を告げると同時に俺は回復魔法を詠唱し、セレナの右腕を治す。
どうやら、勝てたみたいだ。
この試合を見ている他の生徒達を見ると、まだ未だに唖然としている子や、床にへたり込んで漏らしている子の姿がちらほら見える。
どれだけ衝撃的だったんだよ。
「クロエル、今日は楽しかった。ありがとう」
セレナは満足そうな顔をしている。
「俺も楽しめたよ」
「いや、あれは楽しめたの次元で済ましてはいけないと思うんだが」
ユーフラが呆れた声音で言う。
確かに下手すると大怪我を負っていたかもしれないけど、楽しかったのだから仕方ない。
「また、相手をしてくれると嬉しい」
「いいよ」
「やった」
ものすごく嬉しそうにするセレナ。
その表情は小さい子が欲しいものを買ってもらって嬉しそうにしている時のような表情だった。
なにこれ、ここにも一人天使がいる。
「そろそろ、この授業も終わりだな。
各自、自分が使った武器を片付けたら教室に戻れ!」
ユーフラの指示を聞き、唖然としていた子達は木の棒を片付け始め、地面にへたり込んで漏らしていた子達は木の棒を片付けた後、その子たちのメイドと思われる人たちが雑巾掛けをして床を綺麗にしていた。
「先生、木の棒に目立った罅が入っているんですけど、どうしたらいいですか?」
罅が入った木の棒をどうするべきかユーフラに尋ねる。
「わかった、私が片付けておこう。
クロエルは私の代わりにフレア様を保健室まで運んで行ってくれないか?」
「わかりました」
俺は使った木の棒をユーフラに渡し、フレアを背負う。
ガルドはすでに何処かへ行ったらしく、教室の中にはいなかった。
まぁ、後できちんと謝るだろう。
俺はそのまま東校舎の保健室までフレアを連れて行く。
なぜかは知らないがセレナも一緒についてきた。
「セレナも保健室に用事があるの?」
「特にない」
「じゃあ教室戻って帰る準備でもしてきたら?」
「え、なに言ってるの? 午後もまだ授業あるよ」
‥‥‥え、初日から午後まで授業なの?
貴族、王族が通うところだから別におかしくもないのか?
いやそれよりも、半日で終わると思ってたから弁当を持ってきてない。
どうしよう。
「もしかして、昼ご飯がないの?」
‥‥‥この世界の子は人が考えていることを読む能力でもあるのか?
「半日で終わると思ってたから」
「じゃあ、私の少し分けてあげようか? いつも量が多いから残しちゃうんだよね」
「いいの?」
「うん、久しぶりに楽しませてくれたお礼」
やばい、この娘も優しすぎる。
「今日だけ分けてください」
「了解、じゃあ保健室で食べようか。
食堂にいる貴族、王族たちにみられながら食べるのも嫌だし」
「ありがとうございます」
「別にいいよ」
セレナと昼飯の話をし終わると、ちょうどいいタイミングで保健室の前に着く。
保健室の扉を開けると、中には誰もいなかった。
「誰もいないね」
「まぁ、ベッドの上で寝かしてあげればいいか」
ベッドの上にフレアをそっと下ろす。
フレアは随分気持ちよさそうに眠っている。
いい夢でも見ているのだろうか?
「ねぇ、クロエルはどこで魔力操作術を習ったの?」
いきなりセレナが訪ねてくる。
だけど、質問の意味がよくわからない。
魔力操作術ってなんだ?
魔法とは違うのか?
めっちゃ気になる。
「魔力操作術ってなに? 魔法とは違うの?」
「え、もしかしてさっきの授業、剣術だけで私の相手をしてたの?」
「俺が無意識に使ってなければそういうことになるな」
「クロエルって一体何者なの?」
「元孤児のロイル学園生徒です。
そんなことより、魔力操作術について教えてください」
「そんなことって‥‥‥まぁ、いいか。
魔力操作術というのは名前の通り魔力を操作する技のことで。
魔力操作術を使って物に自分の魔力を流し込めば、流し込んだ魔力が切れるまでは物の強度を上げることができて、剣に使えば強度だけじゃなくて切れ味をよくすることもできる。
もちろん自分の体に流して身体能力を上げることもできるよ。
弓に使えば、初心者が使っても軽く100メートルは飛ばせる弓になるし、矢に使えば木の盾だったら簡単に貫ける矢になる。
魔法と違うのは、詠唱と魔法陣が不要で、魔力を持つ人の中でも相当魔力量が多くないと使えないぐらいかな」
今聞いた限りでは物凄く便利な技だ。
是非とも使えるようになっておきたい。
「それってどうやって使うの?」
「言葉で説明するのは簡単。でも、使えるかどうかは別。
それに、魔法と違って魔力消費量が多いから気をつけて使わないとすぐに頭痛が起きるよ」
セレナはそう言うが、フレアが魔力量想定不可能って言っていたから魔力量については問題ないだろう。
「とにかく教えて」
「わかった。じゃあ、まずは体から出てる魔力を意識して」
「どうやったら意識できるの?」
「え、魔法を使うときに体から出てる魔力を意識しないの?」
「しない」
「クロエルって本当に人間?」
そんなこと言われても、詠唱したら、詠唱通りに魔法が発動するのだから仕方がない。
「まぁいいや。
私が魔法で一定時間魔力が見えるようにしてあげるから、魔力が見えたらそれを拳に集めて。
集め方は拳に力を入れる時と同じような感覚だから多分できる」
「了解」
「じゃあ、始めるよ」
セレナは俺の目に手をかざして詠唱する。
直後、セレナの手の平に灰色の魔法陣が出現すると同時にセレナから青色のオーラのようなものが見える。
「セレナから青色のオーラのようなものが見えるんだけど、それが魔力?」
「そうだよ。見えたら自分の腕でも見てみて、魔力が見えるはずだから」
言われた通り腕を見ると、確かに青色の魔力が見えた。
これを拳に集めればいいのだろうか?
試しに魔力に向かって拳に集まれと念じて見る。
すると、体全体から右手に何かが集められて行く感じがする。
そして、本の一瞬で魔力が右手に固まる。
「できた」
「じゃあ試しに床に向けて軽く殴ってみて」
床を軽く殴る。
直後、ドゴォォンという音を立てて殴ったところが凹み、そこを中心に床に罅が入る。
「す、すげぇ」
思ったより破壊力があった。
それを知れたのは良かった。
だけど、壊してしまった床をどうするか。
「クロエル、どれだけ魔力を込めたらこんな威力が出せるの?
しかも、魔力切れで倒れていてもおかしくないのになんでまだ平然としてるの?」
「わからない。それより保健室の修理代のほうが怖い」
「はぁ、なんかもう次は勝てるかもと思ってた私が馬鹿みたいに思えてきた。
保健室の修理代は私がどうにかするから安心して。
私が床を殴ってみてなんて言わなければこんなことにはならなかったから」
非常にありがたい話だけど、さすがに全てを払ってもらうわけにもいかない。
何か俺にできることはあるだろうか?
「金は払えないけど、何か俺にできることある?」
「‥‥‥じゃあ、週に一度私と試合して」
「試合って今日授業でやったやつ?」
「そう。小等部卒業まで週一で私と試合して。
そこらへんの騎士達と試合してもつまらないから」
「わかった」
セレナは嬉しそうに微笑む。
フレアもそうだが、微笑んだ顔が似合う娘達だなぁ。
「‥‥‥ん」
フレアが目を覚ました。
「あ、フレアおはよう」
「クロエル‥‥‥とセレナちゃん? なんで二人がここにいるの? 授業は?」
「授業は終わったよ。フレアはガルドに気絶させられたんだよ、覚えてない?」
フレアは何か考えるような仕草をすると。
「あ、思い出した。私ガルドくんの攻撃をお腹に食らって気絶したんだった」
どうやら思い出せたみたいだ。
それにしても、自分を気絶させた相手のことをくんづけで呼ぶなんて、フレアはなんて心が広いんだ。
「でもお腹が痛くないってことはクロエルが治してくれたの?」
なんで最初に俺が出てくるのだろう?
「なんで俺だってわかったの?」
「え、だってあの先生に筋肉を治すほどの魔力はないから」
筋肉?
ガルドに何かされたのだろうか?
「筋肉を治す?」
「そういえばクロエルには教えてなかったね。
これからの授業でも習うかも知れないけど、貴族、王族達の中には代々受け継がれている特別な能力があるの。
エルージェ家は相手の筋肉を壊すと言う能力が受け継がれていて、壊された筋肉は自然回復しないから相当魔力量が多い人が回復魔法を使わないと治らないの。
しかも、私が壊されたのは腹筋だから治るまではベッドの上での生活になるはずだったんだけどね。
クロエルが治してくれたからもうなんともないや、ありがとね」
治ったのならいいことだ。
でも、次にガルドがフレアに危害を加えたら半殺しにしてやろう。
「フレアは優しすぎるんだよ。
いくらガルドがエルージェ家の人間でも
セレナはフレアにそう言う。
セレナの目からはガルドに対する憎悪が感じられる。
「セレナちゃんも知ってるでしょ、私にそんなことできるわけないって。
モンスターならまだしも、人間相手にはそんなことはしたくないな」
はぁ、この娘はなんでこんなに優しいのだろう。
少しぐらいやり返してもいいと思うのだが。
神はフレアに負の感情を渡し損ねたのか?
「フレアがそれでいいならいいけど」
「私は大丈夫だよ。‥‥‥え、なんで保健室の地面が割れてるの?!」
フレアが俺が殴った地面を指差して言う。
さすがに気づくよな。
「えーと、俺がセレナから魔力操作術を教わって、試しに地面を殴ってみたらこうなった」
フレアはなぜか何も喋らない。
さすがに信じないか?
「太く強い木の根は地盤の歪みを直す、ルーラント」
フレアはいきなり聞いたことがない魔法を詠唱する。
直後、地面が大きく揺れ、割れて凹んでいた床が浮き上がり、罅は木の根が防ぎ、若干不自然さは残るが、割れていた地面を直してしまう。
「これでどうかな?」
フレアがそう尋ねてくる。
「すごい、ほとんど直ってる。こんな魔法もあるんだ」
「よかった。これならお金を請求されなくて済むね」
フレアはにっこりと微笑む。
もうなんか、天使と会話している気分だ。
「そうだ、二人とも昼ご飯まだだよね? よかったらここで一緒に食べようよ」
フレアが保健室に置いてある時計をチラッとみてから提案する。
「そう思ってここに運んでもらえるよう手配しといたから、そろそろくると思うよ」
セレナはそう言うが、いつ手配したのか全くわからない。
通信魔法か何かで連絡でもしたのだろうか?
「セレナちゃん、もしかしてあの方法使った?」
「うん、そっちの方が手っ取り早いから」
あの方法とはなんだろう?
「セレナ様、フレア様、お食事をお持ちしました」
保健室の扉を開けて、メイドがワゴンを俺たちがいるところまで引いてくる。
「お食事は全てここに置いて起きますので、食べ終わったらワゴンに戻して置いてください。
それでは」
メイドはそう言って保健室から出て行く。
一回メイド睨まれたのは俺の気のせいだろうか?
「じゃあ、食べようか」
セレナはワゴンから料理を持ってきてフレアの膝の上と俺の膝の上に置く。
そして、俺とフレア、セレナは昼飯を一緒に保健室で食べた。
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