第9話 街案内

「天空、今日から私たち高校生だね」


 俺の隣を歩く衣天が不意に話しかけて来る。


 衣天の言った通り、俺と衣天は今日から高校生だ。

 今日は高校の入学式が終わり、近くのショッピングモールに夕ご飯を食べに来ている。


「そうだね」


「天空はさぁ、高校で何がしたい?」


「俺か? 俺は‥‥‥」


 特にやりたいことはなかった。

 あるとすれば、衣天と高校生活を無事に過ごすことだ。


「俺は衣天と一緒に高校生活を無事に送られればそれでいいかな」


「‥‥‥え」


 衣天の顔が急激に赤く染まる。


 あ、今めっちゃ恥ずかしいこと言ってしまった。

 は、早く話をそらそう。


「お、俺の事より、衣天はどうなの?」


「わ、私‥‥‥私は‥‥‥」


 最後の方が聞き取れなかった。

 だが、衣天の顔はさらに赤くなっているように見えた。

 なんだろう、無性に気になる。


「ごめん、最後の方聞き取れなかった。もう一回言ってくれる?」


「だ、だから‥‥‥」


「お前ら、動くな」


 いきなり背後から銃を突きつけられた。


「喋るな、二人ともそのまま両手を上げてショッピングモール中央の広場まで歩け。抵抗した瞬間撃ち殺す」


 銃を持っているのはフードを被った男だった。

 銃にはすでに血がついて、男の腰には今手に持っている銃の他に拳銃が装備されていた。


「おい、早く両手をあげろ。撃ち殺されたいのか?」


 黙って両手をあげる。

 衣天は俺に目で助けを求めるが、俺が首を横に振ると、衣天は黙って両手をあげる。


 この距離なら白水流格闘術しみずりゅうかくとうじゅつでどうにでもなる。

 だが、こいつに仲間がいるとしたら、俺だけじゃなく衣天にまで害が及ぶ可能性があった。

 もしそうならここは従っておいて方がいい。


「よし、じゃあ早く中央まで歩け」


 俺と衣天は男の指示に従い、ショッピングモール内中央まで歩く。


 中央に着くと、そこには同じように連れてこられたと思われる人たちがたくさんいた。

 中には抵抗でもして銃で撃たれたのか、腕や足から血を流す人もいた。


「衣天、大丈夫か?」


「‥‥‥う、うん」


「安心しろ、すぐに警察が来てくれるって」


「そうだね」


 俺は衣天の手を握る。

 衣天は一瞬驚いていたが、握り返してくれる。


「おい、お前たち。こんなことをして許されるとでも思っているのか!」


 俺と衣天を連れて来た男がスーツに身を包んだ、どこかで見たことがある男を連れて来た。


 ‥‥‥ああ、思い出した。

 この前テレビでやたらと国民は守るべき宝だと熱く語っていた羽島国会議員だ。


 羽島国会議員から少し離れたところでは、二人のがたいのいい黒人がフードを被った二人の男に銃を突きつけられていた。

 多分、羽島国会議員のボディーガードだろう。

 にしてもボディーガードなのに使えないな。


 そんなことを考えていると、羽島国会議員に銃口を向けている男が口を開く。


「『こんなことをして許されると思っているのか!』だってさ、笑えるね。お前のせいでこのショッピングモールの客がこんな状況になっているんだろ?

 お前の守るべき国の住民が困ってるぜ、助けなくていいのか羽島国会議員さんよ」


 羽島国会議員はこの広場にいる人たちを見ても動かない。

 まぁ、普通は赤の他人に自分の命なんかかけはしないよな。


「俺たちの要件はお前が殺せと命じた俺たち仲間の持っていたデータだ。今も持っているんだろ? 

 何せ、お前が裏で働いた悪事が全て詰まっているデータだもんな? 

 不用意に捨ててデータが拡散でもすればお前は裁判をするまでもなく処刑だもんな?」


 羽島国会議員の額から汗が一滴流れ落ちる。


「はぁ、もういい。おいお前ら、この中から数人殺せ。

 ほらお前が守ると言った国民が死んじまうぞ、いいのか?」


 羽島国会議員は何も喋らない。

 やっぱり、所詮は口だけの男だったようだ。


「お前ら、やれ」


 直後、羽島国会議員から少し離れたところにいた黒人の男二人に銃口を向けていた男たちは黒人の両足に向けて発砲し、歩けないようにしてから近くにいる人たちに銃口を向ける。


 俺はこの人数で衣天が狙われるわけないとそう思っていた。

 だが、それはあくまで俺の希望でしかなかった。

 そして、現実はそんな甘い考えなど聞き入れてはくれなかった。

 なぜなら、銃口は衣天にも向けられていたからだ。


「殺せ」


 銃の引き金が引かれ、銃口を向けられた人たちの頭に銃弾が命中する。


 幸い、衣天だけは髪の毛を少しかすっただけで済んでいた。

 だけど、もう怒りが抑えられる気がしない。


「あれ、お前何外してんのさ」


「知らねえよ、まぁ、もう一回撃てばいいだけだろ」


 男たちのそんな会話を聞き、心の中で何かが切れる音がした。

 そして、気づいたら衣天を撃った男を殴り飛ばしていた。


 その男の腰から拳銃を抜き取り、男の両足に発砲し男が持っていた銃を奪う。

 多分、男を殺さなかったのは衣天に見られていたからだと思う。


 そこからはいやに冷静だった。


 銃口を向けて来たもう一人の男に向かって走る。

 初めて使うはずの銃がいやに手に馴染む。

 俺は男に向かって腕、足を狙い銃を引く。

 男は手から銃を離し、地面に倒れる。


 もちろん俺も何発かは銃弾が当たった。

 だけど、そんなことは気にならなかった。


「おい、止まれ。お前、羽島の仲間か! こいつを撃ち殺されたくなければ止まれ」


 最後に残っていた男が羽島国会議員の頭に銃口を向けている。

 だが、こいつは何を言っているのだろう?

 殺すなら、殺せばいい、どうせ国民より自分の命の方が大切な男だろ。


 俺は銃を握ったまま羽島国会議員に銃口を向けている男に向かって走る。


 男は羽島国会議員を殺さず、俺に向かって発砲して来た。


 一発だけ、心臓に銃弾を食らう。

 俺は最後の力を振り絞り、男の両肩に発砲する。


 男に発砲した直後、俺は体のバランス感覚を失い、地面に倒れる。


「天空!」


 衣天が走ってくる。

 見た感じ、長くて綺麗な銀色の髪が短くなっただけで、怪我とかはなさそうだった。

 

 よかった無事で‥‥‥


____________________________________



「クロエル、クロエルってば起きて」


 誰かに呼ばれている気がして目がさめる。


 目を開けるとそこには、見慣れない天井があった。


「あ、やっと起きた。それと大丈夫? だいぶ魘されてるみたいだったけど」


 フレアの声が聞こえる。

 どうやら、死ぬ少し前の夢を見ていたようだ。


 全く、自分が死んだ時の夢を見るなんて、目覚めが悪いな。

 まぁでも、夢でも衣天の声が聞けただけいいか。


 横を見るとフレアの心配そうな顔が見えた。


「ああ、大丈夫だよ。それよりなんでここに?」


「なんでってクロエルが時間になっても私の部屋の前に来ないからでしょ? 

 何かあったんじゃないかと心配でユーフラと一緒に走って来たんだよ。

 しかも鍵が開いてて、ベッドの上ではクロエルが魘されてるし、もの凄く心配だしたんだよ」


 部屋に置いてある時計を見る。

 時計の針は10時30分を示していた。

 完全に寝坊していた。


「ごめん、完全に寝坊した」


「もう、寝坊したことはいいから早く制服に着替えて準備して。

 制服はリュミラ王からもらってきたから」


 ユーフラから上下セットの服を渡される。

 でも、なんで制服に着替える必要があるのだろうか?


「なんで制服に着替える必要があるの? この服でも十分いいと思うんだけど」


 今着ているのは牢屋で捕まっていた時に着ていた小汚い服ではなく、昨日ユーフラに渡された普通の平民が着る服だ。

 別に他人から見ても、ただの平民にしか見えないだろう。


「今着てる服でもいいけど、学校の制服の方が騎士の隣と歩いていても不思議じゃないでしょ? 

 それに、私のことを知っている人にあっても、学校の同級生と遊んでいるんですって言えば嫌な態度取られないでしょ?」


 そういうことか。

 でも、俺は別にそんなことでいちいち気にはしないんだけどなぁ。


「じゃあ、着替えるから外に出てもらってもいいかな?」


「わかった、外で待ってるね。‥‥‥あ、その前にリュミラ王からクロエルの生活費預かってるから渡しておくね」


 フレアから金貨が10枚入った袋を受け取り、フレアとユーフラが部屋から出たのを確認し、制服に着替える。


 この体の制服姿は意外に似合っていた。


 ‥‥‥この体というのはおかしいか。

 この体が今の俺の体なんだ。


「お待たせ」


 部屋の扉を開け、フレアとユーフラと一緒に街に行く。



____________________________________



 街に着くと、最初に目に入ってきたのは賑わう市場だった。

 魚を売っている店や、野菜を売っている店、雑貨を売っている店など色々な店があった。

 中でも、肉料理を売っている店は長い行列ができていた。


「まずは昼ごはんを食べに行こうよ」


 フレアがそう言った直後、フレアのお腹がグゥーと鳴る。

 前も思ったがフレアは結構食いしん坊なのかもしれない。


「あ、朝から何も食べてないだけだからね?!」


 フレアは顔を赤くして反論するが、反論している最中にもお腹が鳴っていてなんの説得力もない。


「今日はユーフラがオススメのお店に連れて行ってくれるんだって」


「はい、今日は私が普段よく行く肉料理が美味しい店に行きたいと思います」


 ちょうど肉を見て肉が食べたいなと思っていたんだ。


「では、ついてきてください」


 ユーフラはそう言って路地裏の方へと歩き出す。

 俺とフレアはユーフラについて行く。

 道中、路地だからか変な奴らに絡まれたりもしたが、ユーフラが容赦なく全員気絶させていた。

 この人やっぱ強い。


 数十分後には香ばしい匂いがする肉を焼いている店に到着した。

 直後、フレア、ユーフラのお腹がグゥーと鳴る。

 さすがに堪え切れなくなって笑った。


「ユーフラさん」


「フレア様からしか鳴っていません」


「いや、ユーフラさんからも」


「フレア様のお腹からあの音は出ました」


 うん、もう無表情が怖くて何も言えないや。

 でも、フレアが少しも批判しないのはおかしい、どこへ行ったんだろう。


「おっちゃん、この串刺し肉一本ちょうだい!」


 いた。

 肉を焼いている金髪のおじさんに注文をしていた。


「嬢ちゃん貴族様かな? 貴族様がこんなところ来るなんてな。

 まぁ、任せろ、なんたってここの肉はリュミラ王のお墨付きだからな!

 期待しててくれや」


 なんとも気のいいおじさんだこと。

 てか、リュミラ王もここにきたことあるのかよ。


「ほれ、貴族の坊主も食うか?」


 フレアの横に立った俺におじさんが串刺し肉を見せて来る。

 テカテカと光る肉汁に香ばしい匂い‥‥‥ああ、早く食べたい。


「俺もいただきます。それと、俺は貴族じゃなくて平民ですよ」


「え、その制服って貴族達が通うロイル学園の制服じゃないのか?」


「一応平民も通えるらしいですよ」


「そうなのか、まぁ、頑張れよ! これは同じ平民の入学祝いだ」


 おじさんは肉が刺さった串を3本皿に乗せ、俺に渡して来る。

 めちゃくちゃ美味しそう。


「いいんですか?」


「ああ、いいぜ」


「あ、クロエルだけずるい! おじちゃん私も無料で欲しい!」


「貴族なのに無料で欲しいのか? まぁいいや、嬢ちゃんにもやるよ!」


 おじさんはフレアにも肉が刺さった串を3本皿に乗せて渡す。

 このおじさんはなんて気前のいいんだ。


 まぁ、それは置いといて。

 この店の肉は口の中でとろける脂に、少し硬い肉、そして適度な塩胡椒で味付けされていて、ものすごく美味い!

 しかも、日本で食べた肉とは違った味がするから新鮮だ。


「お、騎士の嬢ちゃんもまたきてくれたんだな! どうだ、騎士の嬢ちゃんもいるか?」


「二本ください」


 ユーフラは財布の中から銅貨を二枚を取り出しておじさんに渡す。

 おじさんはそれを受け取ると、二本の串刺し肉をユーフラに渡す。


 ユーフラはそれを本当に美味しそうに食べる。

 なんでいつも無表情なのか不思議なくらいだ。


 それから俺は金貨一枚をユーフラに銀貨十枚に変えてもらう。

 そして、銀貨一枚で串刺し肉を十本購入した。


 平民にとっては銀貨一枚はそこそこ高いらしく、おじさんに渡した時は驚かれた。

 まだイマイチこの世界の金銭感覚がよくわからない。


 美味しい肉を食べ終えた後は、街の中を探索しながら必要なものを買い揃える。

 生活に必要な最低限の家具は寮の中にあったため、買うものは食材と飲み物、筆記用具だけでよかった。

 フレアが言うには紙は少し高価なものらしく、学園側が配布してくれるらしい。


 荷物は全てユーフラに持ってもらっている。

 本当は自分で持ちたかったのだが、筋肉のないやせ細った腕や足、さらには身長的な問題で持てなかったからだ。


「今日は楽しかった! 久しぶりに同学年の人とも遊べたし」


 フレアは本当に嬉しそうに笑う。


「俺も今日は楽しかったよ。後、色々必要なものとか教えてくれてありがとな」


「どういたしまして。それより、杖は買わなくてよかったの? 杖があれば魔力消費量を少なくできるのに」


 杖か‥‥‥買ってもよかったが、値段がね。

 普通の杖の値段が金貨十三枚で金貨三枚と安いのもあったが、ものすごくデザインがダサかった。

 あれだ、ゲームとかで出て来る初期装備の木の杖と同じデザインだった。


「杖はいいかな」


「そう? まぁ、クロエルがそれでいいならいいけど」


 フレアはなぜか少し残念そうにする。

 多分、杖のことで色々説明したかったんだろう。


「ユーフラさんもありがとう。ユーフラさんのおかげで色々助かりました」


「そんな、クロエルの役に立てたなら嬉しい限りです」


 なんか所々敬語が混ざってるが、名前が様づけじゃなくなったからよしとするか。


「じゃあ、途中まで一緒に帰ろうよ」


「そうだね」


 こうしてフレア、ユーフラと途中まで帰ることになった。

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